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9 夫婦なのだから

 意外なことに部屋の説明にはルシウス様も一緒だった。


 荷物を執事が運んでくれた所に、着替えたらしいルシウス様が合流した。

 血も落としてきたようで、すっかりぴかぴかだ。


 血まみれじゃない彼は、すこしラフな服装で鍛えられた体格がより感じられた。


 ルシウス様がドアを開けてくれ、部屋に入る。


「私の部屋……! こんなに可愛い部屋でいいんですか?」


 思わず大きな声が出る。


 部屋の一面に大きな窓があり、そこから温かな光が差し込んできている。

 明るく空気がいい、とても素敵な部屋だ。


 部屋自体は薄いピンク色を基調に、小花柄がちりばめられとても可愛い。部屋の中心にはベッドが置かれ、ピンク色の天蓋がついている。


 ふわふわとしたソファにサイドテーブル、そこに置かれたひとりがけの椅子も、私が見ても凝った高級品だとわかる。


 私の部屋だと紹介されたのが、とても信じられない気持ちだ。


 ……フラウの部屋だって、こんな素敵ではなかった。


 お金で買った妻に、更にお金をかけてくれるだなんて凄い。


「私の財力に問題があるとでも?」


「いえ、ただ私にここまでしていただけるなんて、思ってもいませんでした」


 ルシウス様に促され、私とルシウス様はソファに並んで座った。

 隣に座った彼はとても大きく、存在感がすごい。


「先程も話したが、私は既婚という立場を買った。それだけで問題ない。さあ、ここにサインを」


 ルシウス様が差し出したのは婚姻契約書だ。

 この為に部屋に来たのか。


「わかりました」


 私は自分の名を書いた。


「君は疑いもせずに、自分の名を書くのだな」


「……申し訳ありません」


 確かに、契約内容の確認もしてない。

 浅はかだと言われても、仕方がないだろう。


 公爵夫人としての振る舞いとして、間違いだ。

 今更だとわかっていても、契約書を読む。


 契約書自体に、離婚のことについては書いていなかった。主に支払った額についてとその扱いだ。


 お義母さまは、かなり好条件で私を売ったことが分かった。

 そして、お父様の事業にも出資して頂くようだ。


 ……凄すぎる。その手腕だけは見習いたい。他は全て嫌だけど。


「私は君のことを愛することもなく、私生活では夫婦としての行動をするつもりはない」


「はい」


 言われていることは普通の事でほっとする。

 少なくともすぐに何かされることはなさそうだ。


「私は先の戦争で、三年間社交界には不在だった。功績をあげた結果、王からは結婚をせかされている。このままでは第三王女との婚姻を望まれるだろう」


「はい」


 第三王女のことは紙面上でしか知らないけれど、王からの寵愛を受ける第二夫人との子だったはずだ。


 フラウが、王女はとても可愛く夢見がちな馬鹿だと言っていた。


「彼女は王族だ。私の領地は魔物も多い。この地は彼女ではとても耐えられないだろうし、社交界では私は人外公爵などと呼ばれ縁談は難しい」


「そうだったのですね」


 淡々と伝えられる言葉は、結局こわがる第三王女を領地に呼ぶのはかわいそうだということだ。


 ……実は、いい人なのかな?


 なんだか最初の印象と違いすぎて、油断してしまいそうになる。人外だ、という事で私の警戒も少し弱まっている気がする。


 気をつけないと。

 色だって見えていない。本心はわからない。


「君の義母は金銭的な援助と引き換えに君のことを売った。私は、既婚という立場を買ったのだ」


「はい」


「私は君のことを買ったので、私の自由にさせてもらう。最低限夫人として振舞ってもらうことはあるだろうが、基本的には私とは関わらないでくれ。当然白い結婚となる。子は必要ない」


「はい」


「ただ、最低限のパーティーには出てもらうこととなるだろう。その際、いろいろ言われることもあるだろうが、それも金額に含まれている」


「わかりました」

 嫌がらせや嫌味は問題ない。貴族で人前であれば、生家に居るより酷いことはされないだろう。


 わざわざ口に出すということは、ルシウス様は、気にしているのかもしれない。


 大丈夫だと伝えたいけれど、無表情で色もわからない彼になんと言っていいのかわからず私はただ頷いた。


「だが、代りにある程度の自由は認めたいと思っている。何か希望はあるか」


 優しい。

 ルシウス様の聞き方が事務的だったから、必要で聞いていると思える。

 駄目ならばそう言ってくれそうだ。


 だから、希望を言ってもいいのかもしれないと思えた。


 ひとつだけ、やってみたいことがあった。


「……魔法。魔法を覚えたいです」


「君は魔力があるのか?」


「はい。しかし小さいころに魔力をはかり、多くはないと言われました。魔法使いにはなれないだろうと。なので、魔法に関しての知識がほぼありません。魔法使いのような魔法は使えなくて構いません。私、生活魔法を覚えたいのです」


「生活魔法?」


「はい。覚えてみたいのです」


 仕事につくために、という言葉は飲み込んだ。

 逃げ出すかと、警戒されたくない。


 だが希望が通れば講師が付き、実践も行える。


 ルシウス様は驚いたように目を瞬いた。


「……いいだろう。マナー講師とは別に、魔法の講師を呼ぼう」


 ルシウス様は頷き、約束してくれた。

 色は見えなくても、彼は約束を守ってくれそうな気がした。


 嬉しい。

 私は頭を下げる。


「よろしくお願いします!」


「君がきちんと仕事をしてくれるなら、こちらも待遇を約束する」


「ありがとうございます! 旦那様」


「……名前で、いい。夫婦なのだから」


 今度は私が目を瞬く番だった。


 なんだか夫婦なのだ、という言葉がくすぐったくて嬉しかった。


 事務的だとしても、契約だとしても、私とルシウス様は、夫婦なんだと思った。


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