目次
ブックマーク
応援する
4
コメント
シェア
通報
5 家を出るという希望

「誰にとってもいいお話だったわね。そうそう、ビアライド公爵領では最近虹色の魔石が手に入ったらしいわ」


「まあ! 凄いわ。私に送ってくれないかしら」


「結婚前に交渉する価値はあるわ。なんといっても、人外に娘を差し出すんですから」


「そうよね。……虹色だなんて見たことがないわ、どんなに綺麗なのかしら」


「三色以上は、王家ですらほとんどないはずよ。どうにか手に入れたいわね」


「私に似合うと思うわ!」


「ええ、とても素敵でしょうね。社交界でも注目されるに違いないわ。あなたにはいい人と結婚してもらわないといけないもの」


 話しながら二人で盛り上がり、私など見えなくなったように部屋を出て行った。

 二人の姿が見えなくなったのを確認してから、私は床に座った。


「ううう、お腹がすいたし頬も痛い……。人外公爵様と結婚したら、食事はきちんと出るかしら……」


 少しの休憩ぐらいは許されるだろう。

 もうすっかりワインの染みは広がってしまった。急いだところで、もう手遅れだ。


 さっき突き飛ばされた足がずきずきするので、そっとスカートをめくる。


「傷物を売る気なのかしら。……これでも、商品にするつもりなら、大事にすればいいのに。……いたた」


 膝の下の部分が、すっかり大きな打撲になってしまっている。青黒い色と古傷が広がり、見えないところは酷いものだ。


 掃除用に持ってきていた水につけた雑巾を載せる。


 熱を持った打撲に、ひんやりとして気持ちいい。


「まあ、政略結婚なのだし、私の傷なんて興味ないだろうけど」


 窓の外は明るく青々とした空が広がり、自分との関係のなさに気が遠くなりそうになる。


 窓ガラスに自分の姿が映って見えた。


 顔色も悪くやせ細った身体。使い古したメイド服は、サイズがあっていない上にワインの染みで汚れている。

 もともとは父に似た綺麗な銀髪だったと思うが、栄養不足か汚れかわからないがくすんだ灰色になっている。


 私を見て貴族だと思う人は居ないだろう。

 平民だとすら思われないかもしれない。


「メイドと同様……それ以下に扱っている娘を、伯爵令嬢として高く売るだなんて。……確かにお義母さまはやり手だわ」


 いくらで売ったかは分からないけれど、ご機嫌だからきっと高いのだろう。


「私にもいくらか分けてくれないかしら。絶対に無理だろうけど」


 使用人として働いているのに、給金もくれないのだ。

 現金がない、ということは逃走資金がないということだ。


 いつかこの家から抜け出そうと、使用人としての能力を磨いてきた。

 どこかで雇われて、静かに暮らしていきたいと願ってきた。


 ……もう何年も屋敷から出る事すらなかったけれど。


 どうにか家を出たいと願っていた私にとって、この話はきっと幸運だ。

 最悪の場合、貴金属類を泥棒して逃げ出すしかない思っていた。


 どんな結婚であろうと、家を出られれば、まずは第一段階。


 安全に暮らせて、痛くなくて、お腹もすいていない、そして嫌な色を見ないですむような、そんな生活がしたい。


「……人外って、絵本で見た獣の骸骨みたいな感じなのかしら。あれだけ忌み嫌われるということは、相当な見た目のはずよね……。私は気にならないけど。人外なんて、むしろ歓迎でしかないわ」


 人間じゃない方がいい。

 私の周りに、優しい人は居ない。


 もう人間は嫌だ。


 濁った色ばかりのこの家。


 私の世界は十歳から変わってしまった、周りは人間の姿をしていても、そうじゃない。


 人外であれば、もしかしたらこの孤独が……いや、変に希望を持つのはやめよう。


 私は、結婚に夢を見てしまいそうな自分を振り払った。


 ビアライト公爵領……ここの外の世界はどんなだろう。

 この家族が居ない世界。


 じわじわと家を出られるという喜びを噛みしめる。


「早く終わらせて、ご飯をもらおう」


 初めて感じる期待に嬉しくなりながら、ワインの染みを落とすために洗剤をとりに部屋を出た。


コメント(0)
この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?