「誰にとってもいいお話だったわね。そうそう、ビアライド公爵領では最近虹色の魔石が手に入ったらしいわ」
「まあ! 凄いわ。私に送ってくれないかしら」
「結婚前に交渉する価値はあるわ。なんといっても、人外に娘を差し出すんですから」
「そうよね。……虹色だなんて見たことがないわ、どんなに綺麗なのかしら」
「三色以上は、王家ですらほとんどないはずよ。どうにか手に入れたいわね」
「私に似合うと思うわ!」
「ええ、とても素敵でしょうね。社交界でも注目されるに違いないわ。あなたにはいい人と結婚してもらわないといけないもの」
話しながら二人で盛り上がり、私など見えなくなったように部屋を出て行った。
二人の姿が見えなくなったのを確認してから、私は床に座った。
「ううう、お腹がすいたし頬も痛い……。人外公爵様と結婚したら、食事はきちんと出るかしら……」
少しの休憩ぐらいは許されるだろう。
もうすっかりワインの染みは広がってしまった。急いだところで、もう手遅れだ。
さっき突き飛ばされた足がずきずきするので、そっとスカートをめくる。
「傷物を売る気なのかしら。……これでも、商品にするつもりなら、大事にすればいいのに。……いたた」
膝の下の部分が、すっかり大きな打撲になってしまっている。青黒い色と古傷が広がり、見えないところは酷いものだ。
掃除用に持ってきていた水につけた雑巾を載せる。
熱を持った打撲に、ひんやりとして気持ちいい。
「まあ、政略結婚なのだし、私の傷なんて興味ないだろうけど」
窓の外は明るく青々とした空が広がり、自分との関係のなさに気が遠くなりそうになる。
窓ガラスに自分の姿が映って見えた。
顔色も悪くやせ細った身体。使い古したメイド服は、サイズがあっていない上にワインの染みで汚れている。
もともとは父に似た綺麗な銀髪だったと思うが、栄養不足か汚れかわからないがくすんだ灰色になっている。
私を見て貴族だと思う人は居ないだろう。
平民だとすら思われないかもしれない。
「メイドと同様……それ以下に扱っている娘を、伯爵令嬢として高く売るだなんて。……確かにお義母さまはやり手だわ」
いくらで売ったかは分からないけれど、ご機嫌だからきっと高いのだろう。
「私にもいくらか分けてくれないかしら。絶対に無理だろうけど」
使用人として働いているのに、給金もくれないのだ。
現金がない、ということは逃走資金がないということだ。
いつかこの家から抜け出そうと、使用人としての能力を磨いてきた。
どこかで雇われて、静かに暮らしていきたいと願ってきた。
……もう何年も屋敷から出る事すらなかったけれど。
どうにか家を出たいと願っていた私にとって、この話はきっと幸運だ。
最悪の場合、貴金属類を泥棒して逃げ出すしかない思っていた。
どんな結婚であろうと、家を出られれば、まずは第一段階。
安全に暮らせて、痛くなくて、お腹もすいていない、そして嫌な色を見ないですむような、そんな生活がしたい。
「……人外って、絵本で見た獣の骸骨みたいな感じなのかしら。あれだけ忌み嫌われるということは、相当な見た目のはずよね……。私は気にならないけど。人外なんて、むしろ歓迎でしかないわ」
人間じゃない方がいい。
私の周りに、優しい人は居ない。
もう人間は嫌だ。
濁った色ばかりのこの家。
私の世界は十歳から変わってしまった、周りは人間の姿をしていても、そうじゃない。
人外であれば、もしかしたらこの孤独が……いや、変に希望を持つのはやめよう。
私は、結婚に夢を見てしまいそうな自分を振り払った。
ビアライト公爵領……ここの外の世界はどんなだろう。
この家族が居ない世界。
じわじわと家を出られるという喜びを噛みしめる。
「早く終わらせて、ご飯をもらおう」
初めて感じる期待に嬉しくなりながら、ワインの染みを落とすために洗剤をとりに部屋を出た。