「困るわよね、お母さま。私も注意したところなの」
義母はワイングラスを持ったままのフラウに、優しく微笑む。
「フラウは悪くないわ。まったくクローディアは無能だわ」
「お義父さまも、私が至らずにお義姉さまの仕事の確認もできず……ごめんなさい」
フラウは父の袖を握り、うるりとした瞳で見上げた。
この茶番を見ても、父は特に何も感じなかったようだ。
「問題ない。ただ、クローディアはこの後きちんとした掃除をするように。その後フラウは確認をきちんとしておいてくれ」
父はフラウの甘えを気にした素振りもなく、彼女の手をすっと払った。フラウの色が、一瞬不安げに揺らめくが、甘えた声でなおも続ける。
「お義姉さまがお嫁に行ってしまったら、私がこの家を守りますから安心してください。もっと有能なメイドを入れてしっかりとしつけますわ」
「ああ。お前しか残らないのだから、この家を継ぐのはお前だ。きちんと管理するように」
「ええ、もちろんですわ!」
「じゃあ、私は先に準備に向かう。粗相は許されないからな」
父に頼られた嬉しさをにじませたフラウに父は頷くと、私を一瞥もせずに行ってしまった。
まるで自分の娘が存在しないかのような態度に、フラウは勝ち誇ったように笑った。
「お義父さまはお義姉さまに興味がないって」
……あなたにもね。
確かに私には興味がない。
でも、父にとって自分の利になればどちらでもいい。
フラウも私も父の実の娘だ。どちらにも平等に興味がない、というのが私の見立てだ。
義母が結婚を勧めたのがフラウだったとしても、きっと同じ態度だっただろう。
フラウはそうは思っていないようだけど。
いつみても、父からは醒めたような青い色が見えた。私にも彼女にも同じ色だ。
フラウに少し同情してしまう。
ここは欺瞞ばかりだ。
誰も彼も自分の事ばかり考えている。
義母は、じっと父が出ていったドアを見ていたフラウの髪を優しくなでた。
「フラウ、旦那様もあなたには期待しているわ。ちゃんと確認もしていたし問題ないのよ。クローディアが不出来なせいで、部屋は残念だったけれど」
「ええ、ありがとう。お義姉さまには、掃除が終われば食事にしてもいいと言ってあげたわ」
「あなたは優しいわね。ねえフラウ、これから明日の為のドレスを選ぶのよ。一緒に選んでちょうだい」
「もちろん! 私のドレスも見て。お母さまの魔石のネックレスを貸してほしいの。私のドレスにきっととても合うと思うわ」
「ふふ、いいわよ。でも、それを見た人外公爵が、魔石をもってあなたに求婚しなければいいけど」
「まあ、お母さまったら。人外公爵だなんてぞっとするわ。……でも、クローディアを見た後じゃ、そうしたくなるかもしれないわね。明日は地味なドレスの方がいいかしら」
「大丈夫よ。誰も人外公爵の求婚なんて承諾しないからクローディアを選ぶしかなかったの。あなたは高根の花だとわかっているはずよ」
「当り前よね。戦争で名を上げた人外だなんて……気持ち悪いわ」
「そうね。クローディアにはお似合いだけれど。ビアライド公爵も先代は社交的だったけれど、今の公爵は社交界にも出てこないから、あなたも安心よね。全く社交界に出ない貴族なんて、他に居ないわ」
義母はまるで私の望みをかなえたかのように、微笑みかけてきた。
確かに私は社交界には出ていない。
「ありがとうございます」
「どうせビアライド公爵だってあなたになんて興味がないのよ。ただ、結婚相手が欲しいだけ。でも子供を産めば公爵家に恩を売る事が出来るから頑張りなさい。ただ、残念だけどあなたの見た目では厳しいかもしれないわね……相手も獣だから、万が一にでも趣味が合うといいのだけど」
私の上から下まで見て、義母ははぁとため息をついた。
二人の豪奢でよく手入れされている見た目と、正反対の自分。
……大丈夫、と言い聞かせても、恥ずかしくなってしまう。
何も持っていないのは知っている。
大丈夫、大丈夫。
「良かったわね。お母さまの機転が利いて。お義父様もビアライド公爵家に恩を売れて、私たちも魔石が手に入る。お義姉さまは、私たちの役に立てて良かったわね」
フラウも、跡継ぎ候補の私が居なくなって安心したでしょ、と私は心の中で呟くだけでとどめる。
『あなたが私に勝っているのは、先に産まれたという事だけ』
再婚したばかりの頃、フラウはそう言って、私の事を何度も打った。
まだ貴族として甘く暮らしていた私は、その激しい感情に驚きなすすべもなかった。
……あの時、初めてフラウに赤い色を見た。
メイドが、こっそり後継ぎは私だと言っていたのが耳に入ったのだ。
……今はもう、誰もそんな事は思わないだろう。