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4 理由

「困るわよね、お母さま。私も注意したところなの」


 義母はワイングラスを持ったままのフラウに、優しく微笑む。


「フラウは悪くないわ。まったくクローディアは無能だわ」


「お義父さまも、私が至らずにお義姉さまの仕事の確認もできず……ごめんなさい」


 フラウは父の袖を握り、うるりとした瞳で見上げた。

 この茶番を見ても、父は特に何も感じなかったようだ。


「問題ない。ただ、クローディアはこの後きちんとした掃除をするように。その後フラウは確認をきちんとしておいてくれ」


 父はフラウの甘えを気にした素振りもなく、彼女の手をすっと払った。フラウの色が、一瞬不安げに揺らめくが、甘えた声でなおも続ける。


「お義姉さまがお嫁に行ってしまったら、私がこの家を守りますから安心してください。もっと有能なメイドを入れてしっかりとしつけますわ」


「ああ。お前しか残らないのだから、この家を継ぐのはお前だ。きちんと管理するように」


「ええ、もちろんですわ!」


「じゃあ、私は先に準備に向かう。粗相は許されないからな」


 父に頼られた嬉しさをにじませたフラウに父は頷くと、私を一瞥もせずに行ってしまった。


 まるで自分の娘が存在しないかのような態度に、フラウは勝ち誇ったように笑った。


「お義父さまはお義姉さまに興味がないって」


 ……あなたにもね。


 確かに私には興味がない。

 でも、父にとって自分の利になればどちらでもいい。


 フラウも私も父の実の娘だ。どちらにも平等に興味がない、というのが私の見立てだ。


 義母が結婚を勧めたのがフラウだったとしても、きっと同じ態度だっただろう。

 フラウはそうは思っていないようだけど。


 いつみても、父からは醒めたような青い色が見えた。私にも彼女にも同じ色だ。

 フラウに少し同情してしまう。


 ここは欺瞞ばかりだ。

 誰も彼も自分の事ばかり考えている。


 義母は、じっと父が出ていったドアを見ていたフラウの髪を優しくなでた。


「フラウ、旦那様もあなたには期待しているわ。ちゃんと確認もしていたし問題ないのよ。クローディアが不出来なせいで、部屋は残念だったけれど」


「ええ、ありがとう。お義姉さまには、掃除が終われば食事にしてもいいと言ってあげたわ」


「あなたは優しいわね。ねえフラウ、これから明日の為のドレスを選ぶのよ。一緒に選んでちょうだい」


「もちろん! 私のドレスも見て。お母さまの魔石のネックレスを貸してほしいの。私のドレスにきっととても合うと思うわ」


「ふふ、いいわよ。でも、それを見た人外公爵が、魔石をもってあなたに求婚しなければいいけど」


「まあ、お母さまったら。人外公爵だなんてぞっとするわ。……でも、クローディアを見た後じゃ、そうしたくなるかもしれないわね。明日は地味なドレスの方がいいかしら」


「大丈夫よ。誰も人外公爵の求婚なんて承諾しないからクローディアを選ぶしかなかったの。あなたは高根の花だとわかっているはずよ」


「当り前よね。戦争で名を上げた人外だなんて……気持ち悪いわ」


「そうね。クローディアにはお似合いだけれど。ビアライド公爵も先代は社交的だったけれど、今の公爵は社交界にも出てこないから、あなたも安心よね。全く社交界に出ない貴族なんて、他に居ないわ」


 義母はまるで私の望みをかなえたかのように、微笑みかけてきた。

 確かに私は社交界には出ていない。


「ありがとうございます」


「どうせビアライド公爵だってあなたになんて興味がないのよ。ただ、結婚相手が欲しいだけ。でも子供を産めば公爵家に恩を売る事が出来るから頑張りなさい。ただ、残念だけどあなたの見た目では厳しいかもしれないわね……相手も獣だから、万が一にでも趣味が合うといいのだけど」


 私の上から下まで見て、義母ははぁとため息をついた。


 二人の豪奢でよく手入れされている見た目と、正反対の自分。


 ……大丈夫、と言い聞かせても、恥ずかしくなってしまう。


 何も持っていないのは知っている。

 大丈夫、大丈夫。


「良かったわね。お母さまの機転が利いて。お義父様もビアライド公爵家に恩を売れて、私たちも魔石が手に入る。お義姉さまは、私たちの役に立てて良かったわね」


 フラウも、跡継ぎ候補の私が居なくなって安心したでしょ、と私は心の中で呟くだけでとどめる。


『あなたが私に勝っているのは、先に産まれたという事だけ』


 再婚したばかりの頃、フラウはそう言って、私の事を何度も打った。


 まだ貴族として甘く暮らしていた私は、その激しい感情に驚きなすすべもなかった。

 ……あの時、初めてフラウに赤い色を見た。


 メイドが、こっそり後継ぎは私だと言っていたのが耳に入ったのだ。


 ……今はもう、誰もそんな事は思わないだろう。


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