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3 嫌な色

「どこが悪いか教えていただければ、すぐに掃除いたします」


 頭を下げ、嫌な色から目を背ける。


 しかし、フラウは優しげな笑みを浮かべながら、下を向いていた私の頬に手を添え自分に向けさせた。


 大きな瞳と目が合うと、フラウは目を細め優しく私の頬を撫でた。


「すべて磨きなおして、絨毯もきれいにして。そうすれば、食事を与えてあげるわ。公爵様にそんな顔を見せるわけにはいかないものね。幸運だったわね」


 慈愛に満ちた声で、フラウが告げる。

 内容はこれから死ぬ気でやって夜食事をとれるかどうか、だけれど。


「わかりました」


「私の優しさに、感謝するのよ」


 頬を撫でていた手が、私の頬をぎゅっと掴んだ。


 頬は痛いものの、前日に傷になるようなことは流石にしないんだなあ、とちょっと感心してしまう。


 これまでは見えない部分であれば、どんな傷になろうと気にした様子はなかったのに。


 けれどドレスを脱げば、今も私の身体は傷だらけだから今更な気がする。

 その辺は浅はかだ。


 いや、公爵の前でドレスを脱ぐようなこと自体あり得ないからか。


「ありがとうございます」


 でも、夜になればやっとご飯がもらえる。良かった。お腹がすいて倒れそうだ。

 頬の痛みに耐え頭を下げれば、フラウは嘲るように笑い、突き飛ばしてきた。


「あっ」


 今度こそ床に転がり倒れ込んでしまう。


 テーブルに足を強かに打ち、鈍い痛みが走った。

 じゅうたんにも更に私の服についたワインがついてしまった。


 痛い。もうこのまま床で寝しまいたいけれど、そうすればもっと痛い目に合う。


 立ち上がろうとして両手をつくと、目の前に先程フラウがこぼしたワインのシミがあった。


 濃厚な甘い香りが空腹を刺激し、じゅうたんに広がる染みを舐めてしまいたい衝動に駆られる。


 その甘い魅力的な匂いに誘われるように、頭が下がる。


 眠い。

 お腹がすいた。


 床に広がるワインの匂いが、鼻をくすぐる。


 赤くて、ぶどうで、あまい匂い。


 一度美味しそうだと思ってしまうと、もう目が離せない。

 空腹と眠気で、もう、よく考えられない。


「無様だわ」


 あざける言葉と共に、目の前にヒールが見えはっとする。


 しみの上にフラウの靴が載せられていた。

 危なかった。


 もう少しでしみに口を付けてしまうところだった。


「そうやって四つ足でいると、まるで獣ね。やっぱりお義姉さまは人外公爵との結婚が相応しいわね。早く獣同士結婚して、この家を出て行ってもらいたいものだわ」


「……はい」


 私だって早く家を出たいと思っている。


「まあ、いいわ。ここは明日あなたの夫になる人を迎える部屋よ、お義姉さま。人外だとしても、仮にも公爵だから粗相のないようにして」


「かしこまりました」


「ああもう、人外公爵が我が家に来るなんて汚らわしいわ。……でもまあ、魔物は気持ち悪いけれど魔石は綺麗よね。あそこは魔物だらけだから、魔石も豊富でたくさん持ってくるはずだわ。何を作ろうかしら」


 魔石はとても高価で、装飾品に良く使われている。

 フラウもいくつか持っていたはずだ。


 私にはとても触らせてくれることはないけれど、遠目に見るそれはとても美しい色合いをしていた。


「お似合いになると思います」


「当然よ。お義姉さまも出て行って、魔石も手に入るなんて嬉しいわ。多少の我慢はしないといけないわね。きちんと出迎える準備をしておくのよ」


「かしこまりました」


 多少の我慢に、装飾品を控えるという選択肢はないようだ。


 この家は決して裕福ではない。

 しかしいつもフラウも義母も新しいドレスを作っている。


 私が結婚するのも、お金に困っているからだ。


「フラウ? ここに居るの?」


 声と共に部屋のドアが開いた。


 フラウと同じ金色の髪を持った義母が入ってくる。後ろには私とよく似た銀髪を後ろに撫でつけた、父も見える。


「お母さま! お部屋の確認をしていたのよ。お義父様もいらっしゃったのね」


 フラウは嬉しそうに二人に駆け寄り、何事もないように笑った。


「ああ、明日は公爵がいらっしゃるのだ。マーシャと準備の確認に回っている」


 父は、フラウに頷いた。


「そうね、仮にも相手は公爵様だから粗相のないようにしなくては……ああ、なんて事」


 義母も頷いてなめるように部屋を見まわし、床の赤いシミに目を留める。

 次の瞬間、頬に大きな衝撃と痛みが走った。


「掃除しなさいって言っていたでしょう!こんな事で、明日どうするつもりなの!」


 私がワインなどこぼすはずがないとわかっていながら、義母は私に怒りを向けた。憎悪の色が私に向き、息苦しい。


 口の中が切れたようで、鉄の味が広がる。


「大変申し訳ありません」


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