目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報

第86話 お遊戯会③

 軽く小腹を満たしたら、今日の催し物のメインイベントだ。


 あれから威高さんたちはみうに混じって食事をとりながらのご機嫌取りに向かっていた。

 みうと仲睦まじく食べる姿は姉妹のようにも思える。

 ちょっとどころじゃなく量は多いけど大丈夫かな?

 特に問題なく食べ進めているようにも見えたので気にしないことにした。


 もし復活がみう関連だったら、今頃大変なことになっていただろう。

 スーラの力なら、俺の魔力を使うだけなので特に肉体に変化はないと思っている。

 本当にそうなのか判断はできないが、今


「皆さん、お待たせしました。今からリトル聖女と噂されてる我が妹みうの闘病生活の鑑賞会を始めたいと思います」


 「あの噂の?」「噂は本当だったのか」「頼む、そんな鑑賞会はどうでもいいからうちの子を見てやってくれ!」などなど、心無いヤジが飛び交う。

 お遊戯会という名目を早速忘れてしまったかのような暴挙。

 俺でなきゃ見逃しちゃうね。

 だが、はいそうですかと従う俺ではない。


「皆さん、落ち着いてください! まだ妹が聖女だと言う確証はありません」


 「どう言うことだ?」と声が上がる。

 皆が落ち着くまで5分掛かった。

 それぐらい招待客からの動揺が激しい。

 特に以前はぐらかした威高さんとかがすごい剣幕でこちらを見てきているのが印象的だ。


「まず言い訳させて欲しいのですが、うちの妹が噂の聖女様であるなんてどこから出てきたんですか? 確かにうちの妹は天から舞い降りてきた天女と思われるくらいに可愛いのは認めます。けど聖女として神聖視される域かと言われたら絶対に違うと言いきれます。見てください、こんなに美味しそうにスパゲッティを啜る聖女がいますか?」


 スクリーンには先ほどスパゲッティを爆食いしていたみうの姿が映し出される。

 確かにその姿からは威厳もへったくれもない。

 むしろ噂は噂でしかなかったのではないか? と疑心暗鬼を加速させている。


「聞いた話じゃ体が淡く光ってたとか」


 それでも縋りたい人は食いついてきた。


「今、妹の体は光ってますか?」


 しつこく迫る保護者に、俺は言ってやった。


「それは、力を使ってないからじゃないのか?」


 保護者はしどろもどろになりながら言い訳がましい言葉を並べ立てる。

 力を使ってないから。

 そもそもその力ってなんだ?


「まずその力がよくわかってないんです。そもそも、祈るだけで肉体欠損が治るのであれば、現代医学は必要なくなります。医者が放っておかないでしょう、そんな存在」


「それは、確かに」


「では名乗りをあげない理由はなんだと思います?」


「そんなことを言われても、考えたこともなかった」


「でしょうね。こちらもそんな噂を吹聴されるまでは全く身に覚えのないことだったんですから。それがある日急に注目されたんですよ? 妹の精神負担がどれほどのものか皆さんお考えしたことはあるでしょうか?」


「それは」


 徐々に勢いを無くしていく招待客たち。

 目論見が外れたとばかりに意気消沈してしまった。

 なので俺はここでうち出る。

 過剰に期待ばかりされても困るのだ。

 それに、瑠璃さんから聞かされていた話もあった。


「しかし、妹は自分にどれほどの力があるかどうかわからないけど、やってみたいと名乗り出ました。聖女ほどの実力はなくとも、痛みを和らげるコツは知っています。今回は今まで妹がどれほどの苦しみに耐え抜いてきたのかという記録を紹介しながら、痛みに寄り添える実物大の妹を見て、体験していきたいと思います。生まれた頃から体が弱く、ほとんどを病院で過ごしていますので、大人がワッと押しかけるのはご遠慮して欲しいんですよね」


「確かに噂に踊らされていたのも事実。真偽はどうであれ、君の妹さんが聖女でないのだとしたら私たちは一体何に縋ればいいんだ……」


「ええ、それは俺もよくわかっています。妹も、そう言う状態だった。持って今年いっぱい。そう宣告されたのはつい二ヶ月前なのです。ダンジョンの秘薬(ポーションやネクタル、エリクサー)の一切を受け付けず、医者もさじを投げる状態。それを救ってくれたのは、このダンジョンコアだったのです」


 俺は、出土した色とりどりの石ころを招待客へ見せつけた。

 ガラスケースに固定されたコアをまじまじと見つめる招待客。

 正直、俺たちが提供するのは久藤川の魔剣と同じ。

 人を人ならざるものに変質させて今を誤魔化すと言う類だった。


「これを受け入れてから、体調が劇的によくなった。そしてダンジョンの中限定で、軽い運動もできるようになりました。もちろん、適応できない子もいるでしょう。しかし、我々『見守る会』はそんなお子さんを完全サポートできる仕組みづくりをしています」


 今回は妹を聖女としてではなく、聖女の真似事ができるなんちゃって聖女としての売り出しを考えている。その仕事ばかりに忙殺されてしまうのは本末転倒。

 しかし癒す力を誰かに使いたいというみうの願いは叶えてやれる。

 その上でうちのクランへの勧誘を行った。


 このお遊戯会に招待された時点で選定は行われていた。

 勝ち取った皆さんにだけ教える、まるとく情報というものがこれなのだ。

 本当だったらダンジョン適性のない子はお断りしている。

 そこで、1番有名な実例を提げている理衣さんが語り出した。

 彼女はその見た目からは想像もできないほど大人びていて、それなりに名前が売れているからだ。

 本来は引っ込み思案でそれほどやる気を見せていなかったが、妹分のみうを励ますためにも前に出てきたようだ。


「寝たきりだった私も、ここでお世話になって長時間起きれるようになったわ」


「あなたはまさか?」


「九頭竜の長女よ。普段妹が世話になってるわね」


「九頭竜理衣! 【千海】の理衣が復帰していた?」


「うちのクランでは実力はあっても、長年病を抱えてきた患者を多く保護しています。そのきっかけとなったのがうちの妹のみうでした。まずは画面をご覧ください」


 みうそのものよりも、みうを救ったこのクランへ皆の注目を集める。


「最初は俺と妹だけの活動でした。ダンジョン病と呼ばれるこの症状は、非活性のダンジョン内でも日常空間よりもずっと伸び伸び動ける空間です。当初はリハビリと称して。しかし次第に動くだけじゃ満足いかないようになりました」


 画像をスライドする。

 寝たきりだったみうが、冒険者衣装に身を包んでスライム叩きをする映像だ。


「寝たきりだった少女がスライムを?」


「驚きの成長っぷりだ。これだったら私の孫も?」


「妹の夢は配信者でした。大好きな九頭竜プロのようになりたいと、いつもベッドに寝転がりながら夢見ていたんです。俺は、可能な限り叶えてやりたいとなけなしの貯金を使い、妹に舞台を用意してやりました。最初は笑ってしまうほどのお粗末なものでしたけどね」


 配信を流す。

 編集を幾度も加えたものの、杜撰な作りに招待客から微笑ましい笑みが溢れた。

 画面の中でスライム相手に奮闘するみうの姿は、病院で寝たきりだった少女とは思えない溌剌としたものだった。


「そこで、九頭竜プロとご一緒する機会を設けた」


「私から彼にオファーをかけたんだ。うちの姉もまた、彼の妹さんと似たような症状を持っていたからね」


 ここで瑠璃さんが名乗り出た。

 出会ったきっかけの魔石関連はあえて伏せてもらった。

 あれが表に出ると双方困ったことになるし、今の流れ的に関係ないからな。


「ええ、それで妹は初めてのコラボを憧れの九頭竜プロとご一緒して、そこでスキルを覚えたんです」


「それが?」


 聖女のスキルなのか? と言う期待。

 俺は首を振り、ジョブに就いてないのに見よう見まねで【スラッシュ】を獲得したことを発表した。


「妹は、いいえ、この場合はダンジョン病患者といった方が正しいでしょうか。彼女たちは、ダンジョンに適合した初めての人類なのかもしれません。ジョブに就かずともスキルを獲得し、高い身体能力でモンスターを恐れない。だからと言って戦場に放り込むなんてことはできません。だって普段はベッドの上で苦しんでいるのですから」


「当たり前だ。私たちは病気を治す手立てが知りたくて頼っているんだ。戦士として戦場に送り込むためじゃあない」


「その心配はごもっとも。俺もまた、妹を戦士にするつもりはないんです。なのでこのクランがある。身内が楽しむ元気いっぱい暴れられる場所の提供。もちろん普段の風景も撮影して、どれほど元気になったのかの経過観察もご家族向けに発表します。そしてこれは将来的なプランなのですが、ダンジョン病患者を一挙に集めて学校を作ろうと言う試みがあります。もちろん、病院からのバックアップがあってこその通学です」


「そんなことが、可能なのか?」


「いじめられる心配はないのだな?」


 いじめというのは身体能力、勉学の際などで発生するものだ。


「全くないとは言い切れませんが、同じ痛みを知るもの同士、気心が知れていると信じています。その学園に入るまでの受け口として、我がクランはメンバーを募集しています。うちの妹と始めた本格的とは程遠い配信形式で、皆さんに成長の過程を見て納得してもらえたらなと思っています」


 俺の誠心誠意の説得は、イマイチ招待客に届かない。

 何せ俺に実績は全くないのだから。

 そのセリフを引き継ぐように、今度は主催者である瑠璃さんがマイクを引き継いでくれた。


「ここから先は私が彼に変わってクランや学園のコンセプトを語ろうか。こちらの空海陸君は探索者としても実力者でありながら、保護者として妹のみうちゃんのみならず、他のメンバーのお世話も完璧にこなしている一流の介護者だ。ダンジョン内で撮影できるのも、彼の手厚いバックアップあってのものだと宣言しよう」


「空海陸、もしかしてダンジョン学園四天王の?」


 お、俺を知ってる人がいたのか?

 というか、そっちの情報筋なら俺のことはいるかいないのかわからない謎の人物って噂話の域を出ないだろ。

 そもそも噂の発端は威高さんと久藤川さんの鮮烈なデビュー配信だろうし。

 持ち上がった学園四天王の中に、偶然俺が入ってたくらいのもんだろうな。


「そんな人が教師として勉強を教えてくれるのか」


「まだ若いのに、すごいんだねぇ」


「恐縮です。そして、学園四天王だなんて呼ばれたことは実は一度もないんですよね。あれは周りが勝手に言っていたことです。学園に在籍していた頃にAクラスの主席だった事実しかありませんよ」


「それを引き継いだのが久藤川さんだったそうね。そうした噂が上るくらいに、彼の技能は独特です。次の画像をご覧ください」


 画面はスライドし、俺のお手製配信から九頭竜が関わった最新の配信動画へと変わっていく。

 それは一見したら普通の配信と遜色ないように思うだろう。


「ご覧の通り、彼のジョブはテイマー。それもユニークに類するものだ。私もテイマーで同時に10匹以上操る人物は見たことがない。同業者にテイマーは数要れどね」


「確かSランクでテイマーといえば」


「不動プロなら枠は5つまでと言ってたよ。だから10匹は破格なんだ」


「不動プロ以上だというのか? この若さで」


「若いかどうかは関係ありませんよ。故にユニークと呼ばれています。その代わり、テイムしたモンスターのサポート関連は全くないんです」


「モンスターの強さは我々のクランに1番必要ないものだよ。何せ通うダンジョンは一番安全な低ランクだ。そしてそのダンジョンとも我々は提携をしている。一つのダンジョンを丸々買い取った形だ」


 そう、実はここ最近F〜Dランクのダンジョンエラーが非常に多く、一定のダンジョン以外はSランクが管理することになっていたのだ。

 瑠璃さんはホームということもあり、今回アーカムの低ランクダンジョンの入場権利をいくつか入手したっぽいんだよね。

 当然維持費はこっちもちで。


「では? 突然のダンジョンエラーに孫を巻き込む心配はないと?」


「何が出るかにもよりますが、ショゴスはテイム範囲以内です。他にもビヤーキー、ダゴン、ハイドラ、イゴーロナク、ムーンビーストなんかもテイム実績があります」


「聞き及びのないモンスターまでテイムできるのか!?」


「うちのクランが彼を真っ先に保護した理由はそこにある。彼はどうやらダンジョンの深淵域に行って帰って来れる実力がある。その上でこれだ」


 スクリーンの画像がスライドする。

 そこには五つのカメラでそれぞれの子供をフォーカスする映像だった。


「カメラが五つ? カメラマンを五人雇った? いや、違う。この高さは一体どこから撮影しているんだ?」


「不思議でしょう? 彼のユニークさはモンスターを強化するには至らない。しかし完全制御できるという強みがある。彼は特にスライム種の扱いが巧みなんです。今、披露いたします」


 テイマーが他のジョブと異なる点。

 それはダンジョンの外にモンスターを連れ歩けるという一点だった。


 俺はご丁寧に用意された箱から、そこにスライムを五匹生み出して取り出した。


「きゃー、モンスターよ!」


「そう驚かないでやってください。こいつらは確かに人を襲う危険な存在ですが、今は俺の支配下です。ほら、皆さんを和ませてやって」


 キュイ! と元気な音を出し、鞠のように丸まってはぴょんぴょんと跳ねて回った。


「さらには道具も持たせられます。例えばカメラ」


 スライムはカメラを溶かすことなく持ち運び、あらゆる角度から撮影を行なった。


「これが彼をカメラマンに抜擢した際たる技能。彼は一人で撮影と戦闘フォロー、そして食事がかりができてしまう。荷物のほとんどはテイムしたモンスターに持たせられるからです。彼の完全制御は消化が得意なスライムに一切仕事をさせずに、全く異なる仕事を可能にさせることにある。特にこちらは、私もぜひ体験してみたいものだ」


 スクリーンの画像がスライドする。

 配信された映像の一部が動き出し、それはスライムが布をかぶってソファーもどきになったものだった。


「陸くん、私用に特別な席を用意してもらえるかね?」


「ご満足いただけるかわかりませんが」


 実際、大人を乗せる想定はしてないんだよな、この椅子。でも威高さんや胸のサイズが大きめな久藤川さんも乗れた。瑠璃さんも乗れるだろうとスライムチェアを形作る。


「ははは、これは思った以上に快適だね。凄まじくフィットするよ。まさかスライムをこんなものに返信させてしまうとはね。長年蓄積させていたコリがほぐれるようだ」


 いや、座っただけでそれはない。

 今回はマッサージモードでもなんでもないからな。

 あれはちょっと刺激が強すぎるから。


 順に大人たちに体験してもらい、納得してもらった。

 全員の安全を確認してもらってから、秋乃ちゃんが敦弘に車椅子で押されて現れた。


「次にスライムチェア使いの第一人者である小倉秋乃ちゃんスライムチェアがどれくらい安全であるかの実験をしてもらいます。彼女はALSという病気に発症していて、話すことも肉体を動かすことも本来はできないのです。しかし我がクランに入ってから、喋ること、歌うことが可能になった。そして肉体の制御は、彼女の特殊なスキル【エール】によって実現した」


 秋乃ちゃんが歌う。車椅子の上で、全身から音を発するように。

 それに従ってスライムは俺からの制御を離れて彼女の周りに集まった。


 薄く伸ばした体を身体中に纏わせる秋乃ちゃん。

 ついには体を彩る衣服に擬態し、動けないはずの彼女が自分の力で立ち上がったように見えた。


「彼女は本来なら立って動くことも、歩くこともできませんでした。脳波が肉体に届かない病気。しかしそれはスライムを使役することで劇的に変化しました。彼女が体得した【エール】は、まさに他者に意思を送る能力を有していたのです。スライムたちは今俺の支配を受けながらも、彼女の命令に従って彼女の体を動かす補助機構となりました」


 口で説明してもうまく伝わらない現象。だからこれは実際に動いてみせて体験してもらうしかない。ちょうどここには体を動かせずに絶望しきっている子供達が多いからな。


「秋乃!」


「お兄ちゃん、そんなに強くしないでよ」


「だってよぉ、兄ちゃん

お前がこんなふうに色々着飾ってる姿を見れるなんて思わなかったんだよ。それに歌の披露に劇までこなして。夢でもみてるんじゃねぇかと思ってよぉ」


「うん、本当に。夢なら覚めないでってずっと願ってる。それくらい、ここのクランは私の絶望を希望に塗り替えてくれました」


 みうだけじゃない。理衣さんや秋乃ちゃんという治療の難しい、死を待つだけの患者がこれほどまでに回復した。

 これを奇跡と呼ばずしてなんというのか。


「どうです? もしよければうちのクランを体験して行きませんか? みう」


「うん。それじゃあ問診を始めるよ。痛いところはどこ? 私はそれをちょっと弱めることができるんだ。完治からは程遠いと思うけど、頑張ってお祈りするね?」


 今回、俺がみうに課したのは極力【おすそ分け】は使うなというものだった。

 代わりに【よく食べる子】の使用は限度を設けず使用していいこととした。

 自らの良くない部分を直したように、理衣さんの熟睡も治しかけた実績を持つ。


 祈るというフレーズを使いながらも、やってることは触診だ。

 それがまた周りから見たら偽物なりに頑張って聖女を演じているように見えた。

 こんな小さな子に、世界を背負えなんて身内なら絶対に言えない。


 そしてそれをみうという人物で示すことによって、預かったお子さんは戦力として占いことを宣伝した。

 クランで預かって、いかに稀有な能力を引き当てようともそれはその子の個性でしかない。特別扱いするのは家族だけでいい。そういうスタンスでこれからもやっていく。


 そして、触診を受けた子は。


「ありがとう、お姉ちゃん、ちょっと痛みが和らいだ気がする」


「本当? よかったぁ」


 みうの必死な献身の甲斐あって笑顔を浮かべた。

 そんなふうに痛みから解放された姿を見せられ、うちの妹は聖女だなんてすごい存在ではない、しかしその寄り添う姿は聖女の素質を担っていると思わせることに成功していた。


 あとは今回のお遊戯会を閉会。

 のちにクランメンバーの募集を呼びかけたところ、招待客のほとんどからオファーが来た。

 こうして一部の人たちからみうは聖女、若しくはリトル聖女と持て囃されるようになった。


 これはまだ伝説の幕開けに過ぎない。





この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?