翌朝、朝飯の準備を終えて部屋に向かえば「お兄たん!」と、みうが俺の顔を見るなり駆け寄ってきた。
どこか興奮冷めやらぬ、鼻息を荒くした様子で周囲に夢のことを吹聴していたようだ。
あまり触れ回って欲しくはなかったが、こうして夢の中でも何か一緒にやったという成果はみうの中に思い出として残っていた。
あんまり何でもかんでも禁止にする必要もないか。
あれを夢とは捉えず、現実の延長線上に捉えられる人は限られてくる。
俺と理衣さん。あとは志谷さんあたりが詳しそうだな。
今回は特に何も言ってこなかったが、何かしら動いてるっぽい。
当の志谷さんは何やら秋乃ちゃんとお話しをしている。
今度は秋乃ちゃんの魔力にでも惹かれたか?
あんまり魔力をつまみ食いしないで欲しいもんだが。
「ねぇみう。夢の中でどんな活躍をしてきたの? 私ちょっと興味あるわ」
「えっとね、えっとね!」
みうは食べながら、なんとか頭の中にある記憶を手繰り寄せて語らっている。
食事中ははしたないのでやめような?
見ていて微笑ましいが、喋るか食べるかどちらかにして欲しいもんだ。窘めてお話は食事後にするように促す。
その間の夢のお話役は俺が務めることにした。
「あれから、配信の方はどうでしたか?」
夢に潜る前に見ていた配信。つまりは【極光】の配信だ。
「阿鼻叫喚の嵐だったわよ。とても直視できるタイプのものではなかったわね。あれはアーカイブ化されないわね。あまりにも正気を保てないリスナーが多すぎるもの」
根性がないわね、とクロワッサンをぱくつきながら言ってのける理衣さん。
そう言えばこの人はハスターを直視しても特になんともなかったな。
多分イグを見てもなんとも思わなかったんだろう。
だから他者の反応を見て大袈裟に思ってしまえる。
「やはり、リスナーの多さがこうまで悪い方に回りましたか」
「陸くんはこうなることを知ってた?」
知ってたって言うよりは体験したって感じかな?
Aならいざ知らず、Sに至るまで恐慌状態に陥ってたからな。
新進気鋭のAがああなるのは火を見るより明らかってやつだ。
「行くなって場所に、ましてや配信感覚で行けばこうなるとは思ってました」
「そうなの? 瑠璃から聞いたけど配信感覚で行って帰ってきた子がいたらしいわよ」
あーあー聞こえなーい。
一体誰のことだろうなー。
冗談はさておき、ダニッチに潜む悪夢はあらかた俺が片付けておいた。
自然発生したってんならともかく、あそこはわざわざ神格が踏み入らない限りは安全な村だろう。
それはそれとしてAランク準拠ではあるんだけどさ。
「で、ネットの情報はどうです?」
「大きな蛇の神様と、割って入ってきた邪神の対立で話題ね」
「じゃしん……ダークヒーローとかそう言うかっこいい感じではなく?」
「ビジュアル的に難しくない?」
「ですかねー? かっこいい紳士スタイルで行ったつもりなんですけど」
「スタイルじゃなくて行動理念が邪神! って感じ。登場の仕方は何よあれ、人類がしていい動きじゃなかったわ」
体は紳士でも頭が異形だったからなぁ。
あまり人間味を出すと諸共消し飛ばされるという意味で。
多分取引にも応じてもらえていたかどうかも怪しいぞ、あれ。
スーラの使いって聞いても全く動じなかったもんな。
本当に対応間違ってたら今頃ここにいなかったかもしれない。
生きて帰れてよかった。
深淵の奉仕種族はいいが、神様は基本出会ったら逃げろってタイプがあまりにも多すぎる。それは討伐云々の話じゃなくて万が一気に入られたら被るデメリットのデカさが問題なのだ。
「お兄たんは何でもかんでもうまくやりたい!ってスタイルだからねー」
みうほどではないが、確かにわざわざ失敗をするって選択肢は省いて行動している気がするな。
「そういうところは瑠璃と同類ね。と、言うか九頭竜のスタイルよ。失敗は許されない、みたいな」
「ちなみにあれ、俺が失敗したら人類滅亡するんですよね。イグってそう言う神様なので。その場しのぎでなんとかなるタイプじゃないので」
「お疲れ様。よくやったわ陸くん。あなたの功績を九頭竜のといっしょに考えた私が愚かだったわね」
さっきまでどこか他人事だった理衣さんが急に労いの言葉を投げかけてきた。
「まぁ、そんな感じで白蛇をみたら気をつけてください。一応手を出すなとは言ってありますけど、向こうがそれをずっと飲んでられるかは正直微妙です」
「何かしらの介入がある?」
「目をつけられた、と言うよりは気に入られたっぽいので。俺は気をつけてますが、次に救出できる目はないとだけ」
「それを私に言われても困るわね」
「そうだよ、お兄たん。こう言うのは発言力がある人が言わないとみんなに響かないよ?」
「じゃあ、今日のお遊戯会にでも発表するか」
そう、今日は例のお遊戯会の日だ。
まさかその数時間前にあんなアクシデントが起きるなんて思わなかったけどな。
けど放っておいたらお遊戯会どころじゃない、今後スポンサーになってくれる人すら死にかねなかった。
「言ったところで、どれだけ相手に本気にしてもらえるかよね」
「いっそのことお題目をお遊戯の一つに組み込んでみたら?」
理衣さんが、いいこと思いついたみたいな顔をする。
「お遊戯に? それも良いかもな。でもなんでそれを知ってるんだって話も出てくるだろうから」
「神託があったとかなんとか言ってさ!」
「それはお前が聖女様アピールするって事だぞ?」
「それぐらい、良いよ。前までは、自分の自由が大切だったけど、あの夢を見たあとならね、それくらいは受けても良いかなって」
「良いのか? それを宣言することで悪い大人たちが擦り寄ってきても」
「その時は、お兄たんが助けてくれるんでしょ?」
「そりゃ、もちろん」
「だったら大丈夫。蛇の神様も誤解が解けたら良いよね」
「そうだな」
夢の中でのお話を、いまだに事実として受け止めているみう。
そしてどこかイグを不器用なおじさんと言う認識で捉えている。
物怖じしないのを良いことと捉えるか、または危険な思想と考えるかは難しい線引きだ。
が、敵対しないってんなら俺も協力しようと思う。
どっかのバカのやらかしで、いまだに人類に対してあんまり良い感情を持ってないイグ。
敬うくらいは許して欲しいものだ。
「ならば本番まで時間がないぞ、みう、神託の内容を決めよう」
「それって相談して決めちゃっていいの?」
「お前に任せて全て解決するんなら、にいちゃんはそれでも構わない。本番になって吃らずに言う自信はあるか?」
「無、無理だよ。お兄たん手伝って!」
「だろ? 終わったらご馳走が待ってるんだ。やるならいっぱいお腹すかせて終わらそうぜ」
「うん!」