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第81話 イグの呪い

 それは唐突に現れた。

 いや、理衣さんの閲覧していたタブレットの中から這い出てきたのだ。

 見上げるほどの巨体。頭に三日月を模した傷痕を持つ白蛇。


 それを見ている人間の前にだけ姿を現すのだろう、すぐ後ろにいたと思われる美兎たちとは隔絶された空間には俺と理衣さん、そしてウィルの3人しかいなかった。


「あ、蛇神さまのところの御使くんじゃん。ヤッホ!」


 ウィルが先ほど話題に上げていた人物が目の前に現れたことにより、親しげに挨拶を交わす。

 挨拶くらいはしてると聞いたが、随分と馴れ馴れしい感じだ。

 普段からこんな挨拶交わしてんのか? 教育どうなってんだか。


『ムッ、私を知っている存在がいる?』


「詰まるところ、お前は例の探索者か、それに加担していた人間のもとに現れる呪いの体現者というところか?」


 俺が話を断ち切り割入ると、御使い様とやらは眉を顰めたような表情をしながら俺を見る。


『貴様は?』


「空海陸。豊穣の女神スーラの契約者だ」


「そうだったの?」


 理衣さんが横で驚く。


「みうには内緒にしておいてほしいかな虫のいい話だとは思うが、あいつには普通に育って欲しいんだ。俺まで契約者だったなんて知ったら、そっち関連でやりたい方向性が決定してしまうからな。俺としてはそれもやぶさかではないが、あいつにはもっと日常を味わって欲しいんだ」


「わからなくもないけど、あの子の力は日増しに強くなっているわよ。私なんかよりずっと、神様と深く繋がっているわ」


 神様との繋がりは、理衣さんよりもずっと強いと言われてどきりとする。

 確かに祈るだけで欠損を治すなんて異常と言っていい。

 けれど、理衣さんの力だって一般の魔法使いと隔絶しているじゃないか。


「そうね。けれど熟練の魔法使いは媒介を使えばあれくらいできるわよ。けれどね、あの子の場合は熟練の医者でもやれない、時間の巻き戻しを行なったのよ」


 みうにそんな力が?

 そう思えば深く繋がっているという考えもわからなくない。

 俺もなんだかんだ肉体を作り変えられて、能力を物にできるようになった。

 どうしてみうも肉体改造されているかもしれないと思い至れなかったんだ。


 もしかしたら、俺が思っている以上に手遅れなのか?

 本人は全くそんなこと言ってくれないからにいちゃん心配だぞ?

 そんなことを考える間もなく、突然の闖入者が自分の番だと口を開いた。


『スーラ様の。このような場所で見舞えるとは奇縁。しかし我にも使命がある。我らにあだなす存在に罰を与えねばならぬ。イグ様はお怒りだ。神子様を殺されてしまったのだからな』


 神子。愛子。

 つまりは契約者。

 それを殺されたというのは確かにやばいな。

 もし俺が身内に手をかけられた場合、同じように周囲に怨嗟を撒き散らすことも厭わないだろう。


《もし私が陸に同じようなことをされたなら、怒りで大陸一つを滅ぼすところですよ》


 心の中でスーラが勢いづく。

 人(神)にとってそれほどまでのいかれる相手を理由もなく殺せばそれはそうなる。そして相手がヘビである場合、飛びかかってくる相手を叩き切るのが探索者という人種だった。

 相手からしてみれば身を守っただけかもしれない。

 けれどそれがこれほどまで深い怒りに包まれる事態に陥ったのは事故という他ない。


「本当に、お悔やみ申し上げる。イグ様の怒りは痛いほどに理解する。それでもなお、和解の道はないだろうか?」


『あれほどのことをされて、怒りを鎮めろというのか? 怒りを鎮めて神子様が復活するというのならイグ様も止まってくれるやもしれぬ。しかしそのようなことは起こらないと彼の方もご理解なされている。だからこその呪いなのだ。まだ契約したてで新婚だったのだぞ? 許される物ではない』


 それはマジで厄介なことしちゃったな。

 聞けば、その新婚の蛇は真っ白くて普通サイズの蛇だという。


 気性は温厚で、イグには勿体無い美人だった(蛇基準)らしい。

 これから、新生活を始めようというところでこの度の凶行。

 堪忍袋の緒をぶち切ったイグによる人類虐殺計画はまだはじまりにすぎない。


 これからどんどん被害者が出ていくだろう事は日を見るより明らか。

 何せやらかした内容は新婚夫婦の嫁の殺人なのだ。

 世に出回れば苦情が殺到し、SNSで吊し上げられても文句も言えない強行を犯してる。

 それほどまでのタブーを犯したのだが、多分当人にそんな自覚はないんだろうな。

 だってそこはダンジョンで、普通サイズとはいえ、そこに住んでる蛇が普通なわけないから。


《陸、陸》


 スーラが何かを訴えている。


《私の豊穣の力で復元は可能ですよ。私の力の根源は生み出すことにあります。ちょっとだけ遺伝子情報を組み込む必要はありますが、再現は可能ですよ》


 ふーん、チートじゃん。

 でもどうせ消費魔力量高いとかでしょ?

 俺は詳しいんだ。


《魔力を150万ほど消費しますが、完全再生となれば破格です》


 なるほどね。探索日だったら考えるまでもなく却下だったが、特に今日は探索する予定もない。配信もしない。だから蘇生しにいくぐらいなら特に問題はないか。


「使者殿に朗報がある。その神子殿の遺体、または血液などを少々いただければ肉体の復元は可能であるとスーラ様からお告げがあった。大切な神子様の死を暴くような真似をしてすまないと思うが、蘇生の目が出てきたところだ。ぜひ協力してくれまいか?」


 俺は言葉を選びながら使者殿に言葉をかけた。

 数秒の沈黙。

 蛇の表情の変わらぬ顔から、正気の失われたような言葉が吐き捨てられた。


『それは叶わぬことだ。巫女様は血の一滴すら残さず業火に焼き尽くされたのだからな。せっかくのスーラ様の温情すら届かぬ蛮行。イグ様の怒りの沸点はもとより低いが、今は同胞でも食い殺す勢いだ。火に油を注ぐようなものよ』


 まじか。万事休すにも程がある。

 創造による海直しも不可能ときたら。


「あの子に頼るしかないわね」


 理衣さんはチラりとみうの方向へ目を向けた。


「【おすそ分け】による時間逆行か。神性を纏う巫女にも通用するのか?」


「分からないけど、陸くんにも手の施し様がないのでしょ? ダメで元々。うまくいったら儲け物ではない?」


「俺はともかく、あいつは仮免許しかないですよ?」


「何を正攻法でゲートを突破しようとしてんのよ。これがあるでしょ?」


 理衣さんはハスターから譲り受けた黄色いレインコートを取り出した。

 つまりは夢の中で深淵に赴き、そこで力を使えばいいと言い放つ。

 それなら確かにライセンスは必要ない。

 ただし同時に人間性も捨てなければいけなくなる。


 俺は人型を、みうはどうなってしまう?


「夢の中の姿なんて自分が思ったように変更できるわよ。ちなみに、寝てる時の私は大人で胸も大きいわ」


 胸元を大きく寄せ上げながらセクシーポーズを取る理衣さん。

 子供が背伸びしてるようにしか見えませんよ?


「願望盛り込みすぎじゃないですかね?」


 今の真っ平らな胸を見据えながら、自分が思ってた以上に思い込みが激しいのだと理解させられる。

 そうだよな、夢なんだから自分の思った姿でいい。


 みうだって、今よりももっと望んだ姿があるに違いないし。


「使者殿。少しばかり時間をもらえないか?」


『今更何をするつもりだ。神子様は何をしても戻らぬ。そしてイグ様も止まらぬぞ? もう全てが遅いのだ』


「不可能を可能にするのが俺の心情でね。そしてもし神子が復活したのなら、人類への攻撃は一旦留めてほしい。イグ様への配慮の仕方を人類に教える必要がある。なので少し。明日の朝まで攻撃は待ってくれないか?」


『聞けぬ! と言いたいところだが、もし本当に神子様がお戻りになるのなら、イグ様に進言することくらいは考えてやってもいい。しかしそれができぬのなら』


「俺の首でもなんでもくれてやる。それで済めば安いものさ」


《ちょっと陸? 勝手な真似は許さないわよ?》


 スーラ。お前特製の肉体は下級神のイグ程度に敗れるものなのか?

 だとしたら失望だ。

 お前の肉体強度はその程度だったってことだもんな。


《ふふふ、そういうこと? あげると言っておきながら、本当は渡す気もないってことなのね?》


 取れるもんならとってみなって意味だよ。普通にわかるだろ。

 もちろん、簡単に取られてくれるなよ?


《当たり前です! 蛇神なんかに敗れるあなたではないと信じてますよ》


 死んでもどうせ産み直すんだろ?

 俺は詳しいんだ。

 でもそうなったら、俺はいよいよを持って人間かどうか怪しくなる。

 今はかろうじて人間形態を保てちゃいるが、次はないと思ってていいな。


 なんの被害も出ぬままに使者は画面の向こうに帰り、俺は今日寝るときにこのレインコートを着て寝るようにみうに伝えた。

 その時に自分のなりたい姿を想像して寝るように伝えた。


 よくわからないと言われたが「夢の中でくらい違う姿になりたいだろ?」と促したらすんなり聞き入れてくれた。


 そして夢の中。

 深淵で目覚めた俺は、漆黒のコートを羽織ったような人型の粘体生物として目を覚ました。

 コールタールのような漆黒は、ショゴスみを感じさせながらもかぎ爪も触手もない。ただ黒いスーツにマントを羽織っている変人がそこにいた。

 ちなみにこのマントもスーツもスライムボディによる偽装である。

 俺の本体はスーラの眷属である落とし子なので触手も生えてるのを無理やり人型に書き換えた形だった。


『お兄たん?』


 みうは、手乗りサイズの妖精の格好だった。

 キラキラと鱗粉を撒いて飛び上がり、世闇でその存在はよく目立った。


『ああ、そうだ』


『かっこいいね! ブラックヒーローだ』


『お前もいい感じじゃないか。妖精役で良かったのか? もっとかっこいい魔法少女とかでもいいんだぞ?』


『そういうのは夢の中でも恥ずかしいもん』


 そういうもんなのか。

 女子小学生の感覚はいまいちわからないぜ。


『それで、ここって夢の中なんだよね? お兄たんに言われた通りになりたい自分になってみたけど、どう?』


『上出来』


『えへへ』


『と、まぁあまりのんびりもしてられないんだ』


『そうなの? まだまだ朝まで時間あるよ?』


『それでもな。約束事があるんだ』


『約束事?』


『みうの力を必要としている蛇の神様がいるんだ。その神様はな、大事なお嫁さんを亡くしてしまって自暴自棄になり、優しくしてくれた家族や親戚すら手にかけようとしてしまっている。俺はそれを止めたいんだよ』


『どうして? 蛇の神様とお兄たんはどういう関係?』


『ウィルの知り合いなんだ。それじゃあダメかな?』


『ウィルちゃんの? それじゃあなんとかしてあげたいね!』


『良かったよ。その神様は普段は温厚なんだけどね、今はすごく怒りっぽくなってしまっている。お嫁さんを失ってしまったから、みうにそのお嫁さんを復活させてほしいんだ』


『復活? 私にそんな力ないよ?』


 せいぜいが肉体欠損を治すだけだと自供する。


『いいや、ある。まだ死者に使ったことがないだけだよ。自分を信じて、帰ってきてって祈ってほしい。俺は、みうに襲いかかってくる魔物を追い払う役割を担うからさ』


『そのどろどろの体で?』


『今の俺は半分スライムだからな。なんでもできるぞ?』


『そっか! ここは夢の中だもんね! じゃあ、出発!』


『ああ、手遅れになる前にな!』


 俺はみうを胸ポケットにセットして這いずるようにして移動した。

 なんだかんだ、普通に走るより速いのだ。

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