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第78話 秋乃ちゃんの外食リベンジ

 俺たちは軽いファッションショー(試着)を終えてくたくたになりながら飯屋へ流れる。

 ウィルバー(は男っぽい名前なので、見た目女の子の今は短くまとめてウィルと呼ぶ)は初めての食事。

 どれほど食べるのか定かではないし、みうくらい食べるとなると満腹飯店一択なのだが、空腹バロメーターを測るのに適してるのは回転寿司屋さんぐらいか。

 なんだかんだデカ盛りメニューも揃えていて、みう達を連れて行きやすい店でもあった。

 その分食費はかかるので、財布のダメージはでかいが。


「お寿司屋さんかー、秋乃ちゃんは食べられそう?」


 みうがおおよその心配を口にする。

 あ! それがあったか。

 スライムスーツで普通に歩けて喋れるからうっかりしてた。

 食事は今まで通りジュレを与えているが、よく噛めるようになったし嚥下力も上がってきている。


 トンカツなどの咬合力を求められるメニューと異なり、お寿司ならワンチャン飲み込めるか? などの葛藤をしてると。


「食べてみたい。お兄ちゃんにもこれ以上心配かけられないし」


「じゃあ、レッツゴー! ウィルちゃんもお寿司は初めてだよね? あれなら手づかみで食べても怒られないから安心してね?」


「ほんと? お箸使わなくてもいいの?」


「できるだけ使って欲しいが、使わなくても大丈夫そうかな? お手洗いも近くにあるし。みう、案内してやれるか?」


「任せて!」


 みうもすっかりお姉ちゃんやってるよな。

 こういうところでは理衣さんもタジタジ。

 いや、どんと構えているのでタジタジはしてない。

 何もわからないので、あれこれ指示出ししないだけである。


 ということで近場のお寿司屋さんへ。

 するとそこでは久藤川ひかり率いる【極光】メンバーAランク認定おめでとうキャンペーンをやっていた。全品半額で、なんならお子様無料という、俺たち(の懐)に嬉しいサプライズだ。


「こおりお姉たん、Aランクだって! すごいね!」


 最近コメントくれないなと思ったら、大躍進を遂げていたんだな。

 そりゃ忙しくてコメントも寄せられないか。

 コラボしていた時はまだDだったもんな。

 時の流れは早いもんだぜ。


「俺たちも負けてられないな!」


「ふぅん、やるじゃない。あの子達がね」


「先輩、同期に先に行かれてちょっとジェラシー感じてます?」


「ないない。実は俺って瑠璃さんから特例でAランクのライセンスもらってんだよね。特例だから普段使えないだけで」


「お兄たんだけずるーい」


「でしょうね、ライセンスがあればそれくらいの強さはあるわよ、陸くん」


「まぁ、普段はそうそう使えないから特例なんですけどね」


 主にあなたが魔石を必要としてた時に取りに行かせられてたんですよ? と理衣さんに向けて溢す。

 本人はなんのことかわからないと惚けている。

 どうやって起きれたのか、当の本人は何もわかってない。

 まぁ伝える必要はないと瑠璃さんから言われてるんだけどさ。


 そういう意味ではこの特例ライセンスは今全く使ってない状態である。


「お兄たん、何食べるー? ウィルちゃんはあたしが取ってあげるね!」


「今日は大食いメニュー食べないのか?」


「結構お客さんが入ってるからね。あたし達ばかり特別待遇はしてられないもん。それよりも今は秋乃ちゃんやウィルちゃんを案内したいかなって」


「あ、私は食べますよ」


 みうが殊勝な態度を示してる横で、志谷さんがいつもの態度で「はい!」と大きく挙手をした。

 こいつ、ホントぶれねぇな。


「大食いメニューはお子様料金じゃないんだがな」


「先輩! 私別にお子様じゃないですよ? 見た目は小さいですが!」


 そういえばそうだった。

 理衣さんに次いでこいつも俺と近い年齢なんだよな。

 つってもみうの5つ上。俺の2個下だ。

 俺の7つ上の理衣さんほどじゃないが。


 というわけで別のテーブルで志谷さんが大食いメニューにチャレンジしているのを横目に、俺たちは6人掛けのテーブルで5人で座る。

 俺は人数分の湯呑みと箸、醤油受けを配って中央に醤油を置いた。

 電子メニュー表を眺める横で、流れてくるお寿司を片っ端からテーブルに流していくみう。


「おい、俺が頼むメニューが置けないじゃないか」


「えー、みんな食べるよ? 食べれないならあたしが食べるし」


「取った皿は戻しちゃダメだからな。あとウィル、流れてくる寿司だけ取るのもダメだ。皿を流せばテーブルは空いたままでいいじゃん、じゃないんだ。このお店はお皿の数で値段を数えるタイプだからな」


「そうなの? いいアイディアだと思ったんだけど」


「!」


「みうもその手があったか! って顔しない」


「し、してないもん」


 してただろ。なんで今の流れで誤魔化せると思ってんだよ。


「なかなか見てて面白いわね。陸くん、私にはクロワッサンと紅茶をお願いね。あ、レモンのジャムもつけてもらえるかしら」


 理衣さんは理衣さんでマイペースにも程がある。持ち込みOKだっけ、この店?


「一応許可取ってからですよ?」


「いいじゃない、けちー」


 頬を膨らませて不満の声を漏らす。

 ケチとかじゃなくて営業妨害にも程があるからだ。

 なんで飯食う場所で、メニューにない飯食わせて大丈夫だと思ってるんだ。

 他のお客さんが欲しがってそれを要求されたら店も困るだろ?


「お、秋乃ちゃんはマグロにチャレンジか」


「はい。今の私なら」


 恐る恐る。まだ慣れない指先で箸で寿司を掴んで口の中へ。

 よく咀嚼してから飲み込んだ。


「ふっ、うっ……けほっ、けほっ」


「大丈夫か?」


 咽せるような、苦しがってるようにも見えるので急いでお茶を用意する。


「飲みこめましたぁ! 今ので感覚掴めたので、あとは慣れで行けると思います。お茶、いただきますね」


 むんず、と俺の手からお茶を受け取って秋乃ちゃんがお茶を喉に流す。

 普段のジュレとは違って一気に流れてくるから、手先からちょっとスライムを混ぜて柔らかさを調整しているようだった。

 口にして大丈夫なのか、スライムって?

 まぁ支配をするのが得意な彼女ならではの食事法か。

 部外者が口を出す必要もない。


 彼女も普通の食事に憧れているところがあり、早く体を治して敦弘とご飯を食べに行きたいのだろう。

 それからは非常にゆっくりとだが、口の中で味わうように食事を進める秋乃ちゃん。なんにせよ良かった良かった。

 なお、理衣さんが九頭龍の家のものだと判明するなり特例となった。

 久藤川フェアをしてる最中に九頭竜が割り込んでもいいのか?

 だなんて思うが、それこそ部外者が首を突っ込んでいい話ではないだろう。


 しかし流石に人目につくのはやばいと察したのか、俺たちは特別室に招待されていた。そこで、


「あ、空海くん」


「久しぶりね、空海さん」


 今話題の【極光】の二人と会った。


「あ、ひかりお姉たん! こおりお姉たん!」


「みうちゃんもお久しぶりー」


「変わらずお元気なようで、あれからいくつもの事件が多発していると聞いて、心配していたんですよ」


「あー、どっかのバカがやらかしてダンジョンエラーを起こしたってやつだろ?」


 主に久藤川が。そこまで言いかけた言葉をすんでのところで飲みこんだ。


「そうね。どうもうちの武器の模造品を裏ルートから仕入れたらしいの。お祖父様も困っていらしたわ」


 そう言い含まされてるんだろうな。

 本人達も気がついてないと思っている。

 または、そう俺たちに思わせたいか?


「そういえばみうちゃん、聞いたよー? 聖女様になったんだってね!」


 威高さんからの呼びかけ。

 ここは特別室。人の目も耳もないとはいえ。

 今のみうなら知り合いに話してしまうかもしれないという恐れはあった。

 そんな心配をよそに、みうはきちんと自衛ができていた。


「聖女ってなぁに?」


「あれ? 噂ではみうちゃんがその聖女様ってお話だけど」


「それ、誤報だよ。たまたま近くにいたから聖女だって持て囃されてるだけだ。そもそも目立ちたがりのみうが、聖女だなんて持て囃されて平然としてるわけないだろ?」


「それもそっか。じゃあ、いっぱい迷惑だったかな?」


「うん。記者さんから有る事無い事聞かされてたよ。特にお兄たんが」


「空海くんが?」


「みうに話を通したければ兄である俺が対応するのが当たり前だろ。みうはまだ小学生なんだぞ? 仮免許をもらってるとはいえ、社会に出るにはまだ早いんだ」


「それもそうだね。なーんだ」


 威高さんはホッとしながら胸を撫で下ろす。


「全く、人の噂も当てにはなりませんわね」


「噂?」


「うん、実は私たちの活躍をその聖女様が全部奪っちゃったーって噂があちこちでされてたの」


「それでお祖父様が躍起になってしまって。私たちにもっと活躍しろってレールを敷いてくれたのだけど、これがまた無理難題のオンパレードで」


「それが店頭にあった?」


「うん、ひと足さきにAランクに上っちゃいました! ぶい!」


「すごーい!」


 胸を張る威高さん。それにみうが乗っかった。

 一度コラボした相手が、遥か高みに行ってしまったことを心底羨ましがっている。


「何はともあれ、おめでとう。俺たちは亀の如きスローペースで進んでるよ。そもそもランクを上げるのが目的じゃないし」


 俺は一緒に連れてるメンバーを見やる。


「そういえばまたメンバーが増えてますね!」


「名目上はみうと同じダンジョン病患者の治療を目的としたリハビリ配信だからな。なのでFとEを行ったり来たりしてるよ」


「またコラボしたいですけどねー、リスナーがうるさそうなので難しいか」


「ええ、同じランク同士で合わせるのが普通、なんでしょうが……」


 久藤川さんがスライムマッサージチェアだけ出張できないか? という顔をする。


「悪いけど俺がいなくなるとメンバーがまとまらないから難しいかな。あるいはみうが検査の日はフリーだ。今はメンバーも増えてきて、俺以外にも健康な人がいるから」


「なんでそこで私を見るんです?」


「お前、特に病気持ってないよな?」


「ひどーい。先輩がいないとお腹が空いて空いて仕方ないんですけど?」


 お前、それが目的で俺のとこにいるのかよ。

 つまり俺がいないとあの場所にいる理由もない。

 そのおかげで理衣さんが寝たきりになり、みうが寂しがると。


 あ、だめだ。俺が出ていくとクランが崩壊する。


「悪い、ちょっと出るのも無理そうだ」


「仕方ありませんね。空海さんはそれだけ頼りにされているという表れでもありますから」


「まぁな。それよりも二人はこんなところで何をしてたんだ?」


「こんなところって。一応誰のおかげでこの店がフェアをやってるとお思いですか?」


「おっと、それを言われたら弱い。うちは小さい子が多いから助かってるよ。それで、二人が集まって特別室で相談事とは?」


「実は次にアタックするダンジョンの情報を集めていましたの」


「へー、どこ?」


「ダニッチ」


「あー……」


 俺は思わず遠い目をした。

 あそこは野生のショゴスやビヤーキー、ダゴンにハイドラが生息している魔境だからな。特に俺のせいで。


「どんまい?」


「今からでもお祖父様に掛け合って場所を変えてもらえないかしら?」


「箔付けにしたって駆け足すぎるような気がするんだよね。空海くんはどう思う?」


 二人は困惑気味にその場所のデータを覗き込んではため息をこぼしていた。

 まぁ、頑張れ?

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