いやぁ、大変な目にあった。
それでもなんとか収録を続け、対面を守ったところは褒めてやりたい。
ダンジョンエラーは無事収束した、とも言い難いんだよな。
また一週間は同じレベル帯として使えなくなる。
秋乃ちゃんを連れてる都合上、Fランクは都合が良かった。
スライムスーツを与えてる状態ならまだ動けるので、今後はそっちの維持費で俺の魔力がカツカツになりそうだ。
あちらを立てればなんとやら。
最初はみうが喜んでくれればなんでもやるつもりでいたんだが、気づけば大所帯になってたもんだ。
そして俺の莫大な魔力まで当てにされる始末である。
もうちょっと余裕の持てる生活を送りたかったんだが、流石に無理か。
《陸。強い体が欲しいの?》
触手はいらないからな?
俺はスーラに釘を刺すように思考を送る。
《触腕ならどう?》
一緒なんだよなぁ。
ポン!と魔力が増えて、人間のままなら引き受けるんだが。
《陸、わがままを言ってはダメ。人間のままで魔力2000万は破格。これ以上を望めばその肉体が魔に落ちても文句は言えないと思うの》
と、いうことらしい。そんな上手い話は転がってないと直接女神様から言われてしまった。
「お兄たん、どうしたの。黄昏ちゃって」
「行く先々でトラブルが多すぎるのをなんとかしたいと思ってる」
「あたしの【おすそ分け】関連のことだよね、ごめんね、気を使わせちゃって」
「悪いのはお前じゃなくて、それを利用しようとする奴らだ。そんな奴らの言うことなんか聞かなくていいんだからな? 九頭竜の名を出してもビビらず、ゾンビ兵のように突っ込んでくる。ついにはダンジョンエラーまで意図的に引き寄せて。お次はなんだ? と考えてしまうのさ」
裏にいるのは間違いなく久藤川。
久藤川さんや威高さんは関係ないと思いたいが、口の軽い威高さんのことだ。
意図せず情報が久藤川のトップにリークされてる可能性もなくはない。
俺だけなら許してやれたが、それが回り回って家族まで及んでくるとはな。
それもただの私怨。
邪魔だと思った災いの芽が、なんの因果か俺の家族だった。
向こうにとってはいつものように始末一択なのだ。
俺らがそれを跳ね除けてしまうだけで。
なのでより強い力で屈せさせようとしてくる。
向こうはどうも無限の資金力で他者を圧倒させるのが好きなようだ。
その力の向かう先に破滅があったとしても、今更道を違えることはできないと言うように。
まるで誘蛾灯に引き寄せられる夏の虫が如く。
哀れなものだ。伸ばした手の向こう側に深淵があるのだとすれば、正にそれは神々の思し召し。つまりは破滅を意味した。
あんな場所に行って、帰ってくることの過酷さを知らない人は桃源郷か何かのように宣伝する。
なので俺としてはあんまり関わりたくなかったりする。
スーラみたいなのが住んでる場所だぞ? ろくなモンじゃない。
見る人によっては神々に見えなくもないが、神は神でも邪神の類だぞ、絶対。
《陸。聞こえてるわよ?》
聞こえてるように言ってるんだよなぁ。
《悲しい》
勝手に人の肉体魔改造しといて何言ってんだか。
「でもでも、ウィルバーくんみたいなのだったら、あたしお友達になれるかもだよ?」
みうは健気に俺の身を案じてくれる。
深淵種なんてなんぼのもんだ! そう意気込みを見せてくれた。
けど若干人間ぽい見た目だからゆるせてた部分はあるぞ?
あれがショゴスだったらちょっと使役以外で関わりたくないし。
「そうよ、陸くん。そう悲観的に物事を考える必要はないわ」
理衣さんまで乗っかってきた。
いつになく喋るよな、この人も。
やっぱり共通点のある人物と現実世界で知り合えたのも関係しているかもしれない。
九頭竜じゃ、夢の世界の出来事を語っても真剣に聞き入れてくれる人が少なかったんだろうな。
「一般の方にはすこーし刺激が強かったかもだけどね!」
少し、かなぁ?
志谷さん基準で物言ってないか、それ。
自分は女神の使い、だなんて言っておいて。
その実ウィルバーのお母さん(豊穣神)の顔見知りの時点で使いの線は消えるんだけど、うっかりでボロ出しすぎていまいち信用できないというか。
多分1番信用できないのは俺の魔力をこっそり喰らう点かな。
ハスターのレインコートがなかったら、俺の死因は志谷さんかもしれない。
それぐらい無意識に食われる。
秋乃ちゃんのスライムスーツは、俺が任意でスライムを創造しない限り干渉してこないからな、その差よ。
魔力の減り具合は秋乃ちゃんがトップクラスでえげつないけど、あの子は日常動作がその分できないから多めに見れる。
志谷さんにはあとでお話があります、と宣言しておいた。
若干涎を垂らしてるが、賄いの件じゃないからな?
涎は拭きなさい。
「僕、迷惑だった?」
「そんなことないよー」
そして九頭竜のクランルームまで
もちろん、シャワーも浴びたし、ご飯も一緒に食べた仲である。
帰り方がわからなくなって、じゃあ仲良くなったよしみでついてくるか? となった。
ちなみにみうのお下がりのレインコートを装備しており、ゴツめの角や背中から生えてる触手はすっぽり塞いでいる。
顔が人間寄りだったので、なんかいっぱい着込んでる児童に見えなくもない。
こうして(?)うちのメンバーに新たなお友達が参戦!
こっちの世界にはこっちの世界のルールがあるので、そのことも踏まえてあとで志谷さんと作戦会議があった。
秋乃ちゃんは室内を自由に過ごせるようにスライムを二匹使役させてあげた。
やはり一度スライム使役に旨みを感じた都合上、室内の利用は禁止と言い出しづらく、まぁ自由にさせてやってる。
ダンジョン内程自由に動けるわけじゃないので、ほどほどのサポートだ。
本人にとってもリハビリになるのでちょうどいいだろう。
そのため最近俺も編集時間より睡眠時間を多く必要としている。
おかげでここ数日の編集作業は楽でいい。
表に出せない怪事件ばかり立て続けに起こってるからな。
それをいいと思うか悪いと思うかはその人次第。
金目当てで稼いでる人は大目玉だろうが。
俺たちは特にそう言うのじゃないからな。
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「と、言うわけで作戦会議だ」
「もぐもぐ、くちゃくちゃ」
「そこ、食事中は音を立てない。マナーだぞ?」
「私じゃないよー?」
「ゴッゴッゴッゴッ! ゲプッ! だってこんなに美味しい食事初めてだもん」
音を出してた犯人はウィルバーだった。
食事会の時も両手で食べ物を鷲掴みしながら食してたので大変だった記憶がある。
「わかる」
志谷さんが同意するように頷いた。
「だよね?」
「志谷さんはウィルバーに食事する際のマナーを教えてやって。ヨグ様の顔見知りのなじみで」
「いいけど、この子の覚える気次第だと思うけど?」
「なんならその子の魔力を奪ってもいいから」
「うーん、この子の魔力は薄いから先輩ほどでもない気がするけど」
薄い?
出会うなり一方的になぶってくるこいつの魔力はここじゃ薄いのか?
志谷さんの感覚がわからないので首を捻っておく。
《私がいるおかげですね! そこの|落とし子《ウィルバー》は深淵とリンクが切れています。だから
俺の魔力が濃い原因、スーラだった!
あれ? でもハスターのレインコートを着て寝ると深淵にリンクできるんじゃ?
《はい、できますよ。その方法を|落とし子《ウィルバー》が知っていればですが》
ああ、寝る行為そのものを生まれついて知らないのか。
俺はまだ人間だった頃の記憶がある。
けれどウィルバーにはそれがない。
生まれた時から人間とは逸脱していて、睡眠も食事も必要ないんなら、仕方ないのか。
「志谷さん、ウィルバーに眠り方を伝授してやってくれ。どうも深淵とのリンクが切れて魔力が薄まってるらしい」
「それしちゃっていいの? 魔力が回復したら、この子こっちの世界でもやりたい放題になるよ?」
自制心なんて持ち合わせてないだろうし、と志谷さんは言葉を続ける。
うーん、それはダメだな。
今でも十分に暴れん坊なのに、そこにダンジョンエラーばりの暴れっぷりを見せたら、手に負えなくなる。
むしろ魔力は薄くてちょうどいいのかもしれない。
ゴツい角も、触手も可愛いものだ。
「なら、引き続き俺の魔力を貪るのか」
「スーラの魔力は濃くて美味しいですからね! 性格がちょっとアレなのを除けば」
《バース?》
「なななな、なんでもないですー!」
俺にしか聞こえないはずのスーラの声。
しかし今の志谷さんにはバッチリ聞こえているようで。
「とりあえず、食事マナーは急務だな」
「そこは食べて覚えてもらうしかないですねー。へへへ、それでマナーを叩き込む件についてですが……」
「ああ、その分の食事は出してやる。食べながら教えてやれ」
「やった! 役得役得!」
「まだお食事あるの? 今日はいっぱい食べていい日かな?」
「先輩は懐がおっきいですからね、今日はお腹いっぱいになるまでお供しますよ!」
お前の胃袋はブラックホールだろ、いい加減にしろ!
その小さい体にいったいどれほどの食事が吸い込まれているのかいまだに未知数だ。
それを満足させる満腹飯店の食事提供量、速度が頭おかしいんだ。
誰でもできるなんて思わないでほしいな。
こうして日常の一部に怪異が混ざり、俺たちの日常は騒がしくなっていった。
しかし後日、恐ろしい事実が判明する。
「ウィルバーちゃんは今後私たちと一緒に生活します。お兄たんと一緒はダメだからね?」
「どうした、急に?」
「ウィルバーちゃんは女の子だから、お兄たんと一緒はダメなの!」
えっ?
以前一緒にお風呂に入った時は生えてたぞ?
そういえば今は触手もツノも小さくなってるように思う。
それこそレインコートで隠さなくてもいいくらいには目立たない。
魔力が薄くなった影響か?
「きっとあれよ、陸くんに恋しちゃったんだと思うわ。やるじゃない」
「いやいやいやいや」
「先輩、モテモテっすねー」
「お兄たん、何かしたの?」
「何もしてないぞ? みうたちにしてやるように、お腹いっぱいご飯を食べさせて、食事中のマナーを教えたり、外の世界の人間に無理に攻撃しちゃいけないことを教えたり、綺麗な景色を見せて感受性を高めたり、服を買ってあげたりだな。別になんてことないと思うが?」
「先輩、それは俗に言うデートってやつじゃないっすか? ずるいずるい、私もお食事デートしたい!」
「デート! お兄たんウィルバーちゃんとデートしてたんだ!? あたしともまだなのに?」
「してない、してない。デートってのは異性とするモンだろ。ウィルバーは顔見知りだが男だったんだ。女の子じゃないのでデートじゃないですー」
「その結果、女の子になったので言いがかりはできないわね」
「めっ、だよ陸さん」
鋭いツッコミが理衣さんから送られる。
その日から次にデートに誘ってもらえるのは誰か? と言う熱い議論が交わされるようになった。
「誰ともしねーよ」とは言い出せない雰囲気だった。
色気より食い気だと思っていた妹たちは、すっかり色めきだっていた。
ただ、デートの内容を鑑みるに、恋人とすると言うよりは家族で一緒にお出かけするのが主体なようだった。
まだまだお子様で助かったと喜んでいいのか、わからないところだな。