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第71話 追随するデメリット

「おかえり、陸君。随分話題になってたようだね」


 帰宅すると、瑠璃さんがお出迎え。

 少し話があると、みう達を自室に送り届けた後に開口一番言われた言葉がこれであった。


「ちょっと想定していた出力を超えてましたね」


 みうの【おすそ分け】のことだろう。

 それ以上の話題が見つからない。

 まさか効果範囲が病院の一室どころか半径数百メートルにも渡るなんて思わないじゃんか。


「擦り傷どころではなかったと?」


「欠損回復レベルでした」


 あれを回復と言っていいのか、判断が難しい。

 何せ失ったはずの腕が生えたのだ。

 何のリスクも無しにできる芸当ではない。

 綺麗なら断面を合わせるだけでくっつける芸当ならハイポーションでもできる。

 しかし、それは切り取ったばかりの腕がある場合だ。

 何かで溶かされた場合、ハイポーションは通用しない。

 あくまでも傷口をくっつける程度のものなのだ。


「ハイポーションレベルか?」


「エクスポーションぐらいでしょうか? それも効果範囲がでかい」


 エクスポーションクラスになれば文字通り失った手足を生やせる。

 しかしデメリットもそれなりに大きく、この手の秘薬は何かしら生命力を前借りするところがある。

 エクスポーションのデメリットは毛根の衰え。

 大きな傷を癒せば癒すほど頭髪が薄くなる、まさに呪いの品であった。


 ちなみに一本当たりのお値段で数百万円は下らない。

 禿げる前提でもほしい人は欲しいとかで、価格はそんなに下がらないのである。


 しかしみうの場合はそれがない。

 人の欲望は際限がない。

 これを知った一般人がどんな手段をとるかなんて火を見るより明らかだ。

 かつて俺がクランに誘われた時と同じような同調圧力を仕掛けてくるだろう。

 もちろん、そうさせないために今後動く必要はある。


「ただ……」


「欠損回復だけではないということだな?」


「ええ」


 俺は瑠璃さんに憶測を語る。

 欠損回復だけではない、そう思った理由はいくつかあった。

 元々腕がなかった人や、病気で利き腕が効かなかった人。

 全ての人間が完治した。

 肉体の異常を訴える人がいなくなったというものだった。


 肉体だけは健康で、脳波に異常をきたすみうの、肉体状態をコピーしたかのような肉体再現である。

 これはただの欠損回復ではないと、受けた人物は誰もが思うだろう。

 ただし、非常にでかいデメリットもつきまとっていた。


「明らかに病気そのものを治してます。まるでみうの健康状態を引き継いだかのように」


「それだけならば……」


 言葉を言いかけて、瑠璃さんは喉元まで出かけた言葉を飲み込んだ。


「それだけではないと言いたげだな」


「ええ、みうと同等の飢餓状態も引き継ぐと思っていいでしょう」


「いっぱい食べるだけならば、誰でも受けたがるのではないか?」


 それはデメリットたり得ないと促す瑠璃さん。

 そうだ、ただいっぱい食べるだけで傷が完治するのならば、一にも二にもなく飛びつく人は多いだろう。


「それだけで済めばいいんですが……」


 みうの飢餓状態はただ大食いになるだけじゃない。

 瑠璃さんに内緒にしている部分を明らかにしていく。


「まだ他にデメリットがあると?」


「実はみう、一度ティッシュペーパーを食べた前科があるんです」


「は、無機物を?」


 当たり前の反応。

 理解が追いつかない。だからこその否定。

 けれども俺は、そんなみうも普通の人として接していくつもりである。


「みうの偏食っぷりは想像を絶しています。無機物はスタートに過ぎない。以前、魔石に対しても食欲を刺激されてました」


「魔石を喰らう? そういえば今回のエラーの原因も魔石を捕食するのが目的だったようだな。どこまでが本当かはわからないが、それが本当なら捜査がより困難になるな」


 そうなのだ。

 治療した対象が魔石を口にし始めたら、ダンジョンエラーの犯人と誤認される恐れがある。

 簡単と思われた捜査はより迷走し、犯人はその間に行方をくらませかねない。

 第二、第三のダンジョンエラーが引き起こされかねない。


「俺も敦弘から聞きました。人の形をした、泥を纏ったやつだと」


 ショゴスとは少しだけ異なるが、ショゴスの特性を操る存在。

 人ではないと言い切れないが、ただ捕食されて操られてる割には何か目的があっての襲撃だと思っている。

 当初は志谷さん関連かと思ったが、どうにも違うようだ。

 父さん関連も洗っているが、まだ何も掴めていない。


「デメリットが思いの外でかいな」


「ええ。だから望む声が大きくなる前に対処しときたいなと」


「たとえば?」


「はい、今回みう達に新たな試みに挑戦してもらいます。たとえば歌配信などどうでしょうか? クラメン全員に参加してもらって、それを特別に生で見られるチケットを配るなど。俗にいう合唱会、お遊戯会みたいなもんですね。ほとんど全員が学校に行けてないので、そういう経験ないでしょうし」


 瑠璃さんは「いいわね、それ」と手を叩く。

 理衣さんが歌を歌う様子を撮影できるまたとない機会だと二つ返事で許可してくれた。


「表向きはその企画、けど裏ではスキルを使ってもらうのね。でもそれで出資者が集まるかしら?」


「そこは運次第ですね。けど効果がわかれば出資者は殺到するでしょう。それ以外は全て却下すればすぐにこちらの企みも露呈されるでしょう。こういうのはですね、大々的に売り込むよりも口コミで絞っていけばいいんです。ただでさえみう達は忙しいんですから。どこの馬の骨かも知らない権力者の欲望に付き合う必要ありますか?」


「ご尤もだ」


「なので、この話はこれ以上広めないでください。上から圧力かけてきたら、話を白紙にするだけでいいでしょう」


「ずいぶん強気だな」


「それだけの力です。むしろ安売りする方がどうかしてるでしょう? 理衣さんの力を九頭竜が大事に扱うのと同じです。俺はみうの力を安売りするつもりはない。それだけです」


「わかった。私の方でもそれなりに掛け合ってみよう。もしそれでも強行してくるなら」


「俺が動きます。依頼はいつでも引き受けますよ」


「怖いな。そうならないことを祈るとしよう」


 瑠璃さんは俺が本気で動くと聞いて、今回の話を重く受け止めてくれたようだ。

 先程まで、理衣さんが関わらないのでどこか人ごとのように安請け合いしそうな気配があった。


 そうされたら困るので、俺は今回理衣さんを巻き込む形で企画を発表した。

 瑠璃さんを突き動かすにはこれが効果的。

 しかしあんまりやりすぎるとみうを切り捨てられないので程々に。

 理衣さんが嫌がり過ぎても問題なのだ。

 そこら辺の線引きはしっかりとしときたいからな。



・ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー・



「え、お歌の配信!?」


「ああ、今回の騒動でみうが目立つことになってしまったからな。表向きはその発表の場としての企画だ。配信形式なのでいつも通りに対応してくれたらいい」


「でも【おすそ分け】はお歌を歌ってるわけじゃないんだよ?」


「それは知ってる。今はみんなが誰が聖女かで騒いでる頃だ。その候補にみうが上がってるって感じだな。それを、さらに有耶無耶にする。今回はクラメン全員で挑み、効果を発揮させればいいんだ。そうすれば一時的に相手の目を誤魔化せるからな」


「よくわかんないけど、あたしが名乗り出るのはダメなの?」


「探索配信を切り捨てるってんなら兄ちゃんは特に何も言わないぞ。そして今までの日常ともおさらばする。みうだけが忙しくなる日々が始まるな」


「え!? みんなともおさらばするの?」


「ここで名乗り出るってことはそういうことだ。兄ちゃんが今回こんな企画を立てたのはな、クランメンバー全員で動くことでみうが寂しくないように掛け合ったんだよ」


「そうなんだ。じゃあ、あたしお歌がんばるよ。秋乃ちゃん、お歌教えてね?」


「おし、える、ほど、じょず、じゃ、ないよ?」


「秋乃ちゃん、みうは歌以前の問題なんだ。何せ初めての行いだ。音階とか、音程とか、そういう段階の話なんだ。上手じゃなくてもいいからさ。頼まれてくれないか?」


「やって、みる」


 俺の説明を受け、秋乃ちゃんはその気になってくれた。

 早速みうは何を歌うかのピックアップ。

 秋乃ちゃんの目の前でタブレットを操作した。


「秋乃ちゃん、スライムを一匹貸すからみうにあれこれ指摘やってくれ」


 その場にスライムを生み出し、秋乃ちゃんに貸した。

 すぐに支配下において、自分の好きな歌を指し示した。


「待って、つまりそれは私も参加するってことなの?」


 普段、どこか他人事な理衣さんが紅茶を飲みながら表情を顰める。


「ええ、全員参加ですよ。もちろんボーカルに自信がない人用にこういう簡単な打楽器も用意してます」


 タンバリンにカスタネット、マスカラにトライアングルなどだ。


「これはこれで恥ずかしくない?」


「え、じゃあ難しい演奏を任せても?」


 俺は木琴やピアノ、ギターなどを取り出した。


「ちょっと不満を漏らしただけじゃない。誰もできるなんて言ってないわ」


 でしょうね。


「先輩! 私は?」


 志谷さんがこのメンツに混ざって歌を歌うのは少し躊躇すると挙手をする。


「歌うとカロリーを消費するって知ってたか? そして裏配信が終わったら出資者からの配当で食べ放題企画が待っている」


「なんでもですか!?」


 飯食い放題と聞いてみるみる表情が輝いていく志谷さん。


「なんでもだ。特に今回のみうに対する興味はだいぶ高い。お金はどれだけ積んでも効果を受けたいという人も多い。そこに、俺たち全員が乗っかる。志谷さんも全力で乗っかれ! 向こうも本望だろう」


「ボーカル頑張るます!」


 何を歌うかも決まってないのに張り切り出した。

 ちょろい。


「俺たちは後ろでこれ叩いてましょう。いいんですよ、こういうのは参加する側全員が楽しまなくたって」


 俺は理衣さんにタンバリンを渡しながら、なんとかその気にさせた。

 理衣さんは受け取ったそれを見回しながら、ポンと叩いてシャンと鳴らした。


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