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第69話 奇跡の代行者

 楽しかった団欒から一気にどん底に落ち込んでしまった秋乃ちゃん。

 すぐにそれを察したみうは「こういう時の為にあたしは【おすそ分け】をとっておいたんだよね!」と宣言。

 いまだに謎の多い【満腹スキル】。

 これをどこまで信じていいかわからぬが、自身の病気を治したことからみうの中では全幅の信頼を置いている。


 俺のしてやれることは瑠璃さんに即座に連絡を入れて、ランクアップ試験会場の特定。

 そして搬送された病院と名前の照合ぐらいだった。


「緊急搬送された場所が判明した。場所はインスマスの陀艮総合病院だ。ただ、面会時間が明日の午前中のみだという。家族と、最低一人の付き添いのみと制限が多い。俺も行ってやりたいが……」


 秋乃ちゃんの付き添いと言う形でねじ込めないか一応対策を考えておく。

 特に緊急搬送なら今頃手術なり処置されてる頃だろうから、面会なんて二の次だろうしな。


 それに、こう言う医療ともダンジョンセンターは密接に繋がっている。

 怪我をした時のかかりつけ医や、お薬手帳なんかもライセンスにデータとして登録されてるからだ。

 探索者は特に体が資本だからな。


 だが怪我の範囲がどこまで適応されるかわからないのがネックだった。

 死んでなければ死者に含まれず。

 怪我も軽症か重症かで分けられるが、あまりに多かったのでまとめて怪我人とされたかもしれない。

 特に大型病院に運ばれた時点で重症であることも考えなければいけないだろう。


 そしてダンジョンエラー。

 狙って起こしたのか、それともランクアップ試験で不正をしようとした奴がいたのか。


「秋乃ちゃん、不安で仕方ないだろうけど、今は自分の心の安寧が大事だよ。それにいざ面会に行く時体調不調で会いにいけない方が敦弘さんは悲しむんじゃないかな? 自分は元気だって、直接励ましてやろうよ。そのほうが敦弘さんは有難たいんじゃないかな?」


「う、ん」


 不安そのものをずばり言い当てられて、秋乃ちゃんは目を丸くしていた。

 こちとら重病患者の兄貴を数年やってるからな。

 相手がどれくらい不安なのかマルッとお見通しだ。


 特に秋乃ちゃんは移動が車椅子(要介護者)が必要不可欠。

 みうは立って歩くことができるが、最初なんて普通に車椅子に乗せて廃棄ダンジョンに向かったからな。

 そこで歩く練習から始めたのだ。懐かしいな。

 今じゃ普通に歩けるようになって久しいが、当時の記憶をみうも持っている。

 なので一緒に励ましてくれていた。


「あたしのお兄たんは、あたしをこんなに元気にしてくれるまで付き合ってくれた功労者なんだよ! 今は不安でいっぱいかもしれないけど、信じてね。それよりも心配しすぎて寝不足で明日の面会を迎える方がダメだから。秋乃ちゃんのお兄たんに元気な笑顔を届けなきゃ。ね?」


「うん」


 やはりこう言う説得は年上の異性より、歳の近しい同姓の方がいい。

 特にみうは経験者だから秋乃ちゃんの気持ちがよくわかった。


「それなんだけど、陸くんは介護者でいけると思うわよ」


 理衣さんが何かの概要欄を流し見しながら述べた。そこには家族が介護人が必要な場合、資格を持った人物が介護にあたるなら同伴者として認めないことを記してあった。


「俺、資格なんてないですよ?」


 全て独学である。

 社会で通用するかと言われたら難しいだろう。


「瑠璃に用意させるわよ。今日の配信はあの子も見てたわ。一緒に行動していた私から見てもパーフェクト、満点をつけさせてもらうわ。陸くんはモグリどころかその道のプロと言っても差し支えないわね。私も色々介護してもらったけど、ここまでケアが万全な人、見たことないもの」


「まぁ好きでやってることですし」


「だから私から瑠璃に掛け合ってあげる。あの子、私からのお願いは断らない子だし」


 理衣さんのゴリ押しで、瑠璃さんは簡単に折れ。

 翌日には俺の元に『資格承諾書』と『医療者事業者ライセンス』が送られてきた。

 外で活動する際に、これを身につけておけば医療施設への介護者としての行動が取れるらしい。


 本当に世界の九頭竜。半端ない手回し術である。


 午前9:00。俺たちは再びインスマスの土を踏んだ。

 今回は探索ではなくお見舞いとして。


 病院内では昨日搬送された探索者の家族と思しき人たちが面会待ちをしていた。

 凄まじい賑わいである。

 それだけ緊急搬送された人が多いことを示していた。


「小倉敦弘さんの面会にやってきました」


「ご家族の方でしょうか?」


「俺は代理です。家族はこちらの子なので、介護者として本日は付き添いました」


 ライセンスを渡し、確認した看護師さんが目を丸くする。

 そこに記されていたのは九頭竜の家紋。

 クランの一員であることを指している。

 家族の小倉秋乃はそのメンバーで、兄の敦弘が入院したと聞いて面会しにきたと話を通した。


「しばらくお待ちください。本人の意識確認をしてまいります」


 ああ、そうか。流石に昨日の今日で意識が回復してるわけではないと。

 いや、それだけ大手術だった可能性もある。

 中には面会謝絶の患者もいるようだった。


「面会出来なさそうなの?」


「それを今掛け合ってもらってるんだ」


 秋乃ちゃんの代わりにみうが聞いてくる。


「だって。面会できるといいね?」


「うん」


 せっかくここまできたので。元気な顔を見て帰りたいと思うのは彼女だけではないはずだ。


「お待たせしました。306号室の奥の部屋になります。今案内を出しますね」


 どうやら面会は可能な状態であるようだ。

 看護師さんの引率のもと、俺たちは部屋の中まで案内されて、そこで想像以上に劣悪な状況を思い知る。


「いでぇよ」

「いっそ殺してくれ」

「あがががががが!」


 どいつもこいつも満身創痍。

 生きてるのが不思議なくらいの欠損患者だった。

 そして同じ病棟に入院させられてる敦弘も、片足を釣ってもう片方は足首から先が失われていた。

 これではまともに立って歩くこともできやしない。

 義足という道もあるが、敦弘のような純粋なファイターの踏ん張りに義足が耐えられるか不安が過ぎる。


 今にも泣きそうな秋乃ちゃんに、かろうじて動く手を頭の上に乗せて挨拶を交わした。


「悪い、秋乃。兄ちゃんヘマ打っちまった」


「おに、ちゃ! 死なないで」


「ばか、縁起でもないこと言うなよ。兄ちゃんは死なないぜ。今回は少しばかりヘマ打っただけだって。美春も夏帆も無事だ。兄ちゃんは名誉の負傷ってやつだな」


 どこか誇らしげに、今回の経緯を語る。

 ランクアップ試練は順調に行っていた。

 しかし突如現れた存在が試験をめちゃくちゃにしてしまったらしい。


「その存在は何が目的で試験を邪魔したんだ?」


「俺も詳しくはわからない。ただ、魔石の納品している場所を襲ってな、全て奪っていっちまった。しつこく攻撃してたやつは納品せずに自分で持ってたやつだな。俺も少し残していたら狙われちまった」


「魔石?」


「ああ、それと変な鳴き声を聞いたと言う噂もある」


「どんな鳴き声だ?」


「確か【てけり・り】とか言うやつだ。鈴を転がしたような音でな。最初は虫が鳴いていると思ったんだ」


 ショゴスじゃん。

 しかし魔石を欲する個体?

 通常のショゴスではなく進化先のグレートショゴスか?


 どうしてこんなランクの低いダンジョンに現れたんだ?

 誰かが誘導したか、それともどこかで迷ってしまったか。

 まさか俺が使役したやつじゃないよな?

 あいつはちゃんと深淵まで送り届けたし。

 わからんことばかりだ。


「そいつはどこに向かったとかは?」


「自分のことで手いっぱいでな。それに関わって早死にしたら秋乃に顔合わせできん」


「それもそうだな。悪かった」


 後で個人的に創作するか。


「お兄たん」


 みうが待ちきれないとばかりに長話する俺の袖を引く。


「ああ、やってくれ」


 秋乃ちゃんの顔色はみるみる悪くなっていて、敦弘はどう見たってやせ我慢していた。

 室内の雰囲気も最悪と言っていい。

 自分も病気で苦しんだが、ここまでひどくはなかった。

 1秒でも早くここから去りたいと言う気持ちをグッと堪えてみうは俺の言葉を待っていた。


「何をするって?」


「俺の妹が早く治るように祈らせてくれってさ」


「ありがとうな。兄ちゃん早く良くなってまた探索者に復帰するから。ジャーン、見てみろ! 兄ちゃんDランクになったんだぞ! これからだ。これからビッグになってやるから」


 復帰は絶望的だ。

 誰がどう見たってわかる。

 やせ我慢だ。その場しのぎだ。

 妹の前でカッコつけてる兄の言葉は俺に痛いほど刺さった。


 だからこそ、この欠損に幕を引く。

 みうが祈りを捧げた。

 身体中に虹色の光が灯り、それはやげて病室に広がった。


 ここまで本格的な祈りをするなんて思わなかったのだろう。

 敦弘は絶句する。


「なん!?」


 どれだけ力を込めても、ぴくりともしなかった足に神経が通った。

 義足にするべきか迷っていた足にも神経が、まるでそこに足が生えてるみたいな感覚があった。

 それを実感したのは敦弘だけではない。


「俺の、俺の手が生えた!」

「夢みたいだ。もう探索者は諦めるしかないと思ってた! 俺の右半身が戻ってきた!」

「あんた! これは一体どう言うことだい?」

「わからねぇ! まるでこいつは奇跡だぜ!」


 室内どころか、その声は306号室を飛び越えて効果範囲内を癒し尽くした。


「お兄たん、お腹すいたー」


「ご苦労様。後で飯奢っちゃる」


「えへへ。今日は結構食べるよー?」


「……何が、起きた?」


 敦弘がもう探索者は諦めるしかないとどこかで思っていた表情で、今起きた現実を飲み込めないでいる。

 治ったのはわかる。

 しかし理屈を説明できない。

 説明されても納得できない。

 それほどの奇跡が起こった。


「奇跡さ。それじゃあ部外者は外で飲み物を買ってくるとしよう。あとは秋乃ちゃんと積もる話もあるだろう? 面会時間になったら迎えにくるから」


「またねー!」


 まるで自分たちは何もしてませんよと装い、奇跡の体現者は人知れず病室を去った。


 間も無くして押しかける看護師たち。

 効果範囲外で怪我の治ってない患者たちが押しかける騒動にまで発展したが、こうなることがわかってて逃げたな、と敦弘と秋乃は思うのだった。

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