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第68話 秋乃ちゃんの外食

 店に着くと、それなりに人が入っていた。

 昼となれば掻き入れ時だろう。

 客層は若者より中年層が多い感じか。

 近くの現場のおじさんとかがキングサイズを平らげていた。


「見てるだけでお腹いっぱいだわ」


 みたこともないサイズの皿と、それに負けず劣らずの量乗ってる料理を見て理衣さんが疲れ切った顔をする。


「何も一人で挑まなくったっていいですよ。俺たちはシェアしましょう。他二人は好きにさせればいいんです。そっちの経費はクランから出ますからね」


「さっきの稼ぎなんてすぐ飛んじゃうんじゃないの?」


 Fランクの稼ぎは本当に雀の涙だからな。

 あそこは稼ぐよりも仕事を覚える場所。

 だからランクを上げたら2度と寄り付かないと熊谷さんが嘆いてたほどだ。


 依頼のどれもが稼ぐのに向かないから仕方のない話だが。


「今はそうですね。けど、お金を稼ぐことを覚える段階だからこれでいいんです。本来ならそれすらできずに寝たきりだったんですから」


「まぁ、そうね」


 理衣さんも思うところがあるのか、当時寝たきりでこうやって誰かと探索を楽しむことなんてなかったことを思い出し、こういうのもいいかと覚悟を決めていた。


 九頭竜の家で言われるがままに仕事をこなしていた時ではこういう雰囲気は味わえない。

 だからこそ、祖父に見つかるまではこの空気を体に馴染ませようと振る舞った。


 全員が席につき、みうが大きく手を挙げて女将さんを呼んだ。


「おばちゃーん、注文!」


「はいはい。今日は大所帯でシェアでもするのかい?」


「あたしと明日香お姉ちゃんは一人前で! お兄たんはどうするー?」


「すいません、うちの子の一人がまだ固形食を食べられなくて、代用食とかご用意できますか?」


「どれくらいのをお望みだい?」


 おかみさんは嫌な顔をするわけでもなく、こちらの話に耳を寄せた。

 この店はただメニューがでかいだけじゃなく、気持ちも優しいのだと感動。

 俺は自分で作ったマグロジュレを手渡した。


「これは俺の手製ですが、これくらいのジュレ状、または麻婆豆腐のあんくらいの柔らかさが理想です」


 女将さんは味を確かめ、目を丸くした。


「すごいね、お寿司の味がするよ? あんた腕がいいじゃないか。うちで雇いたいくらいだよ」


「食材にこだわりましたから」


「わざわざうちに来なくったって、あんたが作った方がいいんじゃないのかい?」


「ピクニックに行くんならそれでもいいですが、彼女はこういった大衆飯店も体験してみたいとのことでして。無理を言っているのはわかっています。できる限りでいいので寄せていただけますか?」


「いいけど、うちは一人前の量が結構あるからね?」


 デカ盛りの聖地である。

 1人にだけ贔屓して少量にしたら店のスタンスがブレると困り気味だ。


「そこはシェアで」


 俺と理衣さん、秋乃ちゃんで食べ進める手筈となった。


「わかった。他に苦手な食材はあるかい?」


 女将さんと話を通し、ほとんどこっちの要望が通った。

 事前連絡なしにここまで対応してくれるとは思わなかった。


「すごいお店ね」


「ええ、大衆飯店の鏡ですね」


「たの、しみ」


「まぁ量が多いからな。持ち帰れるとはいえ、ジュレ系を大容量は持ち帰るのが大変だ」


「あたしはギガお子様ランチ!」


「私はギガお子様ランチ大盛りで」


「ギガ1、ギガ大盛り1!」


「あいよ!」


 女将さんが大声で厨房に向けて叫ぶと、同じくらいの音量で厨房から声が返ってくる。

 そのまま厨房に俺たちの注文を持って行き、10分もしないうちに早速みうの料理が運ばれてきた。


「今日はいっぱいお腹空かせてきたもんね! 今日こそ完食!」


「負けないよ! 私はその先を行く!」


 志谷さんはみうの良きライバルとして立ちはだかる。

 闘志に燃えるみう。

 俺は張り合えないから、本当に志谷さんがいてくれてよかった。


 もしもこれがみうだけだったら「自分ってもしかして食べ過ぎなんじゃ……」と気に病んでしまっていたことだろう

 普段は魔力をバカ食いする頭の痛いやつだが、こと大食いに関してはみうの良きライバルとして君臨してくれていることでみうがのびのび生活できているのがとにかくありがたかった。


 そして今回、配信はなしで撮影だけにとどめる。


 と、いうのは秋乃ちゃんの食事事情があるからだ。

 それにこれほどの賑わいを見せる店内で食事そっちのけでコメントを追うのは失礼だろうし、店は出来立てを食べて欲しいと思うからだ。


 俺も料理を作る側の人間として、それを遵守するつもりでいる。

 大衆飯店はダメでお寿司屋さんはいいのかって?

 あそこはメディアが介入しやすい環境づくりができてるからな。

 そして席が多くあり、回転率もそこそこ高い。


 対してこの店はとにかく一人前が多いから完食者がまずでないのだ。

 ほとんどが腹いっぱいになってお土産を持って帰る。

 なので席はほとんど空かないと思っていい。

 そんな状態で長い間席を占有するというのもな。


 悪い噂が経ってしまうし、店にも悪い。

 ということで店に合わせて生配信にするか、収録だけにするか決めてる。


 続いて志谷さんのギガお子様ランチ大盛りがやってくる。

 今や二人掛けのテーブルは皿が二つ乗っただけでギリギリ。


 そしてお互いの料理が来てからバトル開始。

 二人は手を合わせていただきますをした。


 混雑時は長居しないように心がける客が多いのだろう。

 程よく食べた後はお持ち帰り用のパックを注文してお勘定をしていった。

 それとは別に注文が来るまでにみう達の大食いを見学する客達の姿もあった。


「明日香ちゃん、相変わらずの食いっぷりだね。みてて俺でもいけそうな気がしてきた」

「隣の子もすごいぞ? 明日香ちゃんに負けず劣らずのペースで食べてる」


「みうチャンネルのみうです! 応援ありがとうございます!」


 食事中であっても、ファンサービスを忘れない。

 配信者の鏡である。


「バクバク!シャースの志谷明日香です! いつも応援ありうがとうねー!」


 それに感応されるように志谷さんも挨拶をした。


 お互いに一瞬も気を緩めることもなく、ついには最終決戦へ。

 スパゲッティマウンテンを食べ終えたら拳代ある鳥の唐揚げの岩場を攻略していく。揚げ物は特に時間が経てば経つほど脂がきつくなるが、特に苦しげな表情を見せずにみうが先に攻略した。


「おお、こっちの嬢ちゃんの方が早いぞ」

「当たり前だろ、ギガとギガ大盛りじゃ量が違う」

「まずギガを食べようって時点で十分すごいんだわ」

「それもそう」


「へい、特製天津飯お待ち、熱いからよく冷ましてから食べるんだよ」


 注文から30分後。

 ようやく特別メニューがやってきた。

 それはよくすりつぶした具材に中華あんをかけた一品。

 限界まで潰した米を餅ほどの弾力は出さずに、魚介ベースのタレと溶き卵で包んだ特製天津飯だった。


 まずは俺が味見をする。

 スプーンで掬えばするっと持ち上がり、口の中で一つになった。

 本当に噛まなくてもいいレベルだ。

 あんが程よく粘り気があり、冷ませばジュレのように飲み込めるだろう。


 というか、ここまで原型からかけ離れているのに、うまいと感じる時点で凄まじい。

 味に一切妥協をしないという店側の姿勢が受け取れる。

 普通に食べたいぞ、天津飯。

 次来た時頼んでみようかなぁと思わせるほどの完成度だった。


「陸くん、一人だけ食べてないで、味の評価を頂戴。秋乃が困ってるわ」


「おっと、ごめん。びっくりするほど美味しくてな。これならば秋乃ちゃんでも食べれると太鼓判を推していたんだ。ただ少し熱いのがネックでな。それの解決法を考えていた」


「はいよ、サラダお待ち」


 続いて野菜を可能な限りジューサーで砕いてソースにしたサラダが来た。

 なぜかレタスだけはそのままで。

 これもメニューの一つなのだろう。


 俺はレタスをそのまま口に入れた。


「うおっ、こうきたか」


「自分だけ納得してないで、説明して頂戴」


「すいません、これはレタスじゃないですね」


「ならなんなの?」


「米粉を水で溶いて焼き上げたものです。色がついてるのでレタスかと思ってしまいましたが、もちもちで美味しいですよ。一つ作ってみますね」


「もちもち? 楽しみね」


 レタスもどきの上にサラダジュレを乗せたバージョンと天津飯を乗せたバージョンを理衣さんと秋乃ちゃんの前に数本並べる。


「秋乃ちゃん、スライムを持ってきたから支配下における?」


 いいの? という顔。

 あんまり派手に動かさないならね、と約束して自分の手のように使ってもらった。


 ダンジョンをでてから元気がなくなったと思ったら、単純に自分の手足が動かない現実を思い出しただけだったらしい。

 車椅子に揺られてる間、ダンジョン内での出来事を反芻していたようだ。

 そこにきて再びスライムを操れる嬉しさを表情で表していた。


 早速服の中から通して腕を覆うように展開。

 傍目から自分で手を動かしているように錯覚させていた。

 撮影もしてるから、そういう配慮は助かるものだ。


「おい、し」


 この米粉ペーパーの秘密。それはジュレなどを巻くとたちまちに硬さが消えて噛み切りやすくなるところだ。

 ぱっと見レタスのように見えるが、ただの着色である。


「あ、すごいわ。これなら私にも食べられる。陸くんおかわり」


「理衣さんは自分の手があるんだから自分で作ってくださいよ」


「私、不器用なのよ。うまく巻けないでこぼしちゃうわ。こういうのは得意な人にやらせた方がいいって」


「誰が?」


「瑠璃が」


 あの人のお姉さん贔屓は昔からか!

 まぁずっと寝たきりだったらしいし、贔屓してしまうのも仕方ないか。

 その日は大量のお土産を持って帰宅した。

  うは完食できたことを喜んでおり、志谷さんはやはりまだ後一歩届かなかったかと悔しがっていた。


 午後からはそれぞれの検査の時間。

 そんな時、ネットに速報が入った。


 本日未明、Dランクのランクアップ試験会場でダンジョンエラーが起きたことを深刻な表情でキャスターが報じていた。


 俺たちはどこか他人事のようにニュースを聞いていたが、怪我人の中に小倉敦弘の名前があったとこと確認。

 そういえ今日はあいつランクアップの試験があると言っていたことを思い出した。

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