「なんだろう? 受付の方が騒がしいね」
:お、なんや?
:喧嘩か?
:まぁ仲良しこよしで行けるのは簡単なところまでだしな
:そうなん?
:時給が安定しないからね
:あー
:予定していた稼ぎが見込めないと、キレ出す人はいる
:その要因がその人の場合でもな
:最悪やん
「ちょっと配信止めましょう」
:もっと見せて
:え、もうおしまい?
:そりゃここから先は他人のスキャンダルやし
:そういうの取り扱う系ではないからな
:おつみうー_(:3 」∠)_
:おつみうー( ・᷄ὢ・᷅ )
:おつみうー( • ̀ω•́ )✧
うちのリスナーたちだろう。
見慣れた顔文字で、設定した覚えのない締めの挨拶をして消えていく。
おつみうね、後でそっちの設定もしておくかな。
「そうね、どっちみち午前中までと言う約束だったし、短いけど今日はここでおしまいとしましょう」
「うん、スキャンダルのすっぱ抜きとかはうちの趣旨とは違うから。それではみなさんまたの配信でお会いしましょう! 本日の配信は、威高こおりと!」
「久藤川ひかり」
「みうだよ!」
「空海陸でお送りしました。もしご機会があればまた呼んでください」
「またねー」
俺たちはそのままフェードアウト。
向こうは向こうで何やら告知があるみたいだった。
反省会は後で落ち合うことになった。
それまでは自由時間だ。
先に自由になった俺たちは、先ほどの諍いを話題にしている。
主にみうが興味津々だった。
「どうする、お兄たん。さっきの人たちの様子を見にいく?」
「あんまり首を突っ込むのはお勧めしないがな」
「えー、どうして?」
「もしもお前が理衣さんと喧嘩をして、そこへ全く見ず知らずの他人が面白おかしく関係を聞いてきたらどうする?」
「何この人、あたしと理衣お姉たんの関係を知らないで! って思うかも」
「うん、そうだな。一見して喧嘩しているように見えるが、実はそうじゃない可能性だってある。感情が昂って声が大きくなってしまうことも少なくはない。俺たちはたまたまそこに居合わせた傍観者でしかないからな」
「あたし感情が昂ることないよ?」
そうだな。みうが感情を昂らせることは滅多にない。
だからって全くないわけではないよな?
「そうか、じゃあ今日の昼飯はピーマンがたっぷり入ってる料理を食べさせよう」
瞬間、みうの表情から怒気が露わになる。
「絶対にやめて!」
「ほら、感情が昂った」
「今のはお兄たんが悪いよ。嫌だって言ってるものを無理に食べさせようとして」
「うん、そりゃ悪かった。だからさっきの人もきっと、相手に嫌なことを押し付けられたのかもしれないんだよ。言われる方に問題がある場合もあるってことだ」
「言った方が被害者だってこと?」
「詳しくお話を聞かないことにはわかんないけどさ」
どっちが悪いかの判断は当事者同士しか知らないからな。
庇って相手を迫害して、終わる話じゃない。
「真実は闇の中ってやつだね!」
「どこでそんな言葉覚えたんだ?」
「推理アニメが夕方にやってるんだよ!」
「ああ、あったな」
そんなこんな言いながら、俺たちはその二人に向かって言った。
もちろん傍観者として。
みうが興味を示さなかえれば、そのまま帰るつもりでいる。
「先ほど大きな声が聞こえましたが、何かアクシデントですか?」
「あんた誰?」
疑いの視線。
確かにこのダンジョンは初めて来る。
地元の人から見たら、よそ者は警戒して当たり前か。
特にこんな修羅場で遭遇しようもんなら警戒は強まる一方だ。
「みうはみうだよ! 配信者をしているの」
「兄の陸だ。今日はちょっとコラボのお誘いでな、ここには初めてくる」
「そう、配信者。あんたもお金欲しさでやってるクチ? いいわね、実力で勝負しないで、そうやって愛想笑いを振り撒くだけでお金をもらえる商売ができる人は。こっちは実力で勝負してんの! 遊びで探索やってる人がでしゃばらないで!」
少女は激昂していた。
配信者に親でも殺されたかのような嫌悪感を周囲に撒き散らしている。
「ちょっと、やめなよハルちゃん!」
言い合いしていた少女が庇うように制止する。
「明日香は黙ってて! そもそもあんたが攻撃するたびにドロップが消えるなんてことを起こすからいつも稼ぎが減るんでしょ! 査定もボロボロ! 今日こそ武器の新調をしようと思ってたのに! こんな稼ぎじゃいつになるかわからないわ!」
どうやら思った通り、金銭での揉め事のようだった。
しかし明日香。
最近どこかで聞いた名前だ。どこだったか?
「あれ、もしかして明日香お姉たん?」
「えっと、誰かな?」
「あっごめんなさい。直接顔を合わせたことはなくて……」
「すいません。うちの妹はあなたのチャンネルのファンでして」
「また動画配信の話? いい加減にしてほしいわね! もういっそあんた、その人たちと仲良くしてもらったら? そうすればあたしもお守りから解放されて万々歳だし!」
そう言って、金切り声を上げた少女はさっさと帰ってしまった。
残された少女は所在なさげにうずくまっている。
言われっぱなしで言い返せないあたりから、いつもこんな感じなのだろう。
または、責任を感じて黙りこくっているかだな。
傍目にはわからないので傍観が一番だ。
やっぱり首を突っ込む話じゃないように思う。
「お姉たん、よしよし」
「ファンの方にこんな恥ずかしい場面を見られてしまうなんて。ハルちゃんも普段はこんなこと言うコじゃないんですけど、今日の稼ぎをそれだけ当てにしてたみたいで」
「差し支えなければ、お話お聞かせいただけますか?」
「それは構わないんですけど、あなたたちは?」
「ご紹介が遅れました。俺たちは兄妹でチャンネル配信をしている『みうチャンネル』と言うものです」
「みうチャンネルって、あ! 満腹飯店でドカ食いしてたって言うあのみうちゃん?」
「全部食べきれなかったけどね」
「でもすごいよ、その年齢であれに挑めるなんて!」
食べ物の話になった途端、その少女は調子を戻したように話し出す。
みうも一緒に、さっきまでの話題なんぞ露ほども興味がなくなったようだ。
いいね、こう言う状態なら誘いやすい。
「俺たちこれからお昼なんですけど、どこかいい店知ってます?」
「えっと?」
「あいにくとインスマスに来るのは初めてでして。志谷さんはお仕事柄美味しいお店いっぱい知ってそうなので、案内してもらえたらなと。もちろん、お昼代はこちらで出します」
それを聞いて表情をパッと明るくさせる。
配信で稼いでるだけあって、笑顔に華があるね。
みうもそうだけど、ファンが増えるのもわかる気がした。
「そう言うことでしたらお任せください。実は少し今日の稼ぎが芳しくなくて、お昼は切り詰めようと思ってたんですよね」
「えー、ご飯はちゃんと食べないと力出ないよ?」
「食べられるだけの稼ぎが安定すればいいんだけどねー。ハルちゃんはあんなだし、当分は一人でやってくしかないんだけど、私のスキルはガードした相手の攻撃を喰らうぐらいで、これと言った決め手がなくて」
「つまりタンクなんですね?」
「はい。それと姿を消すことができるんです。それで背後から忍足でこう、ガッと」
ナイフを振り上げる動作をする。
要は急所付きも可能だと。
そりゃ強い。
「え、普通に強くないです?」
「戦闘ができてもですね、お金が稼げないと探索者としてはいつまで経っても三流でですね……」
「そうなの、お兄たん?」
「まだ俺たちは仮免許。スタートラインに立ってすらいないからな」
「そっかー」
「え? 仮免許? ここEランクですよ?」
志谷さんは今いるこのダンジョンのランクが仮で来れる場所じゃないと驚いた。
いや、普通はそう思うよな。
「仮免許の、Eなんだー」
「そんなのあるんだ? へー」
「志谷さんはまだ在学中と聞いてますが、探索者デビューしても良いんですか?」
探索者学園在学中の探索者行為は御法度である。
基本は仮免許で、アタックできるのは学園お抱えのダンジョンに限定されるからな。
「ああ、私は探索者学園ではない一般学生ですので」
「となると独学で探索者を?」
「はい。昔からですね、スキルは不思議と使えたんです。それでこれでお金を稼げるかなって。ハルちゃんとは幼馴染で、その時に高校生になったら一緒にデビューしようって」
「その割には諍いが絶えないと?」
「ハルちゃんは上昇志向が強いんです。なんでも形から入る癖があって」
「それであんなに揉めてたんだ」
「私たち、まだ親に養われる身ですから。自由に使えるお金って少ないんです」
「アルバイトとかは?」
「バイト禁止の学校なんですよ」
探索者になるのはいいのか?
そんなの聞いたことないんだが。
「それと、探索者をやってることはですね、どうかこの場限りの秘密ということで」
あー無許可か。
そりゃ相手はここでしか稼ぎを期待できないわけだ。
その上で稼ぎをパーにされたんならそりゃ怒るわな。
「でも。彼女も戦えるのなら、そこまで諍いにならないのでは?」
「彼女、魔法使いなんですよ。すぐガス切れしちゃうんですけど」
それ、本当に魔法使いなの?
ただのマジックスクロールじゃなくて?
なんか人のいい彼女がいいように使われてるだけのような気がしてならない。
「理衣お姉たんみたいな感じかな?」
すぐ眠くなるのをガス欠と同じにしていいものか。
動けなくなるという意味では戦力外通告される意味合いでは一緒か。
「お話はわかりました。しかし惜しいですね、お金稼ぎに執着しなければもっと上のランクに行けるでしょう」
「まだ学生ですからね。お金は欲しいですよ」
「食欲すごいですもんね」
みうが拝見しているアーカイブでその姿を拝見したが、見た目の割にまぁ食べる。
ギガお子様ランチを完食した実績は伊達ではないのだ。
「お恥ずかしながら。昔から食べるのが得意で。着きましたよ、ここがおすすめの喫茶店です。軽食から、結構お腹いっぱい食べられるランチでも有名で」
お店の名前は縷縷家。ルールイエ。
街中で見かけたマスコットキャラが看板娘をしている。
「ルルイエ? さっきのマスコットキャラが看板にいるな」
「本当だー」
「ここはですね、海鮮丼が美味しいんです!」
「喫茶店で海鮮丼なんてものが出てくるのか」
「珍しいですよね」
珍しいというか、まぁまぁ見たことはない。
普通に軽食の範疇を超えてくる。
「いっぱい食べれるの?」
「結構大きめだよ! 流石にギガお子様ランチほどじゃないけどね」
「楽しみ!」
「あ、カメラ持ってくるんだった。今日はお昼抜きの予定だったからなー、失敗した」
「なんならうちのチャンネルとコラボしませんか?」
「ご馳走してもらった上におひねりチャンスをいただいてしまっていいんですか?」
配信=おひねりと捉えるか。
まぁお金目当てならそう考えてしまうのも仕方ない。
みうと一緒で食費すごいかかりそうだし。
普段学生なら稼ぐ機会も少なそうだし、仕方ないのか?
「ただ、うちの配信は収益化してないので、そっちに撮影したデータを送るだけになりそうですが。それでも構わなければですが」
「それで全然大丈夫です! むしろただ飯ごちになります!」
そういうことで急遽コラボが決まった。
コラボ中にオフコラボを決行して良かったのか?
一緒にご飯食べてるだけだし、へーきヘーき。