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第43話 ダンジョンが使えない!

 みうに朝食を押し付けた後、今度の撮影の打ち合わせも兼ねて熊谷さんのダンジョンセンターに顔を出していた。


 実は瑠璃さんとのメールの次にこの人からの通知も多くあったのだ。

 物のついでだと尋ねていけば、開口一番想定外のことを言われてしまった。


「おう、きたな坊主。今度の撮影だがな、うちのダンジョンはしばらく使えないぜ」


「え、なんでですか?」


「この前どっかのボンボンがエラー起こしに来たろ?」


 つい昨日のことである。


「そういえばいましたね。それが?」


「死人が出てるんだよ。人死が出たダンジョンは原因解明のために調査期間が設けられる。今週いっぱいは封鎖って話だ。商売あがったりで参っちまうぜ」


「普段からあんま人来ないじゃないっすか、ここ」


「気にしてることを突っ込むんじゃねーよ、ガキ」


 勝手知ったるなんとやら。

 あまりの軽口に熊谷さんの表情が真顔になる。


「それとこいつも渡しとく」


 そういって、窓口から投げつけられたのは仮免のライセンスだった。

 なぜかFからEに上がっている。

 みうや俺のものとは違う。

 まさか耄碌したのか? と少し心配した。


「これは?」


「今のみうちゃんの実力を鑑みて、ランクアップさせたものだ。あの実力で、いつまでもFのままってのは他の探索者に示しがつかないからな」


「いや、いいんですか? 仮免許中に勝手にランクアップさせちゃって」


「普通はダメだぞ? 仮免許なんだから」


「ですよね?」


「でもこの件には九頭竜プロが絡んでる」


「あー……」


「なんでもお姉さんのことを頼みっぱなしも悪いからと今回特例を掛け合ってくれたんだとか」


「え?」


「つい今朝方来てな、俺にこれを投げ捨てて行った。来たら渡してやれって。どうせ来るからだろうなって」


 今朝の今朝だぞ?

 サプライズがすぎるだろ。

 だが、この心遣いは非常にありがたい限りだった。


 今のみうは元気一杯だが、いまだに病院で検査をしなければいけない程度には爆弾を抱えている。

 いつそれが爆発するかも分からないのもあり、あまり遠出はできないのだ。


 近所のFランクが使えなかったから、同ランクを探して遠出するのはリハビリとしても過剰。

 病院側からいい加減咎められそうだ。


 そういう意味でもランクアップはありがたい。

 近場にはEやDこそあるが、Fはここにしかないからな。


「これ、仮免だけどランクEと同等ってことでいいんですか?」


「赤無市近辺はこれで通るらしいぞ? 俺は一応案内人としてついていく必要があるが。武器とかの品揃えとか、そう言うのの案内も兼ねてな」


「ダンジョンを空にしちゃっていいんですか?」


「どのみち、封鎖されたダンジョンに来る奴なんかいねーよ。ただでさえエラーでモンスターバランス狂ってんだ。俺がいたって受付の椅子を温めるくらいしかできねぇ。だったら、保護者としてついていく方が建設的だろ。ほら、今日と明日有給もらっといたし」


「どんだけ過保護なんですか」


「お前さんには言われたくないな」



 お互いに顔を見て笑い合う。

 その流れで威高さんに連絡をとりつけた。

 明日のコラボの話だ。


 予定していたダンジョンが封鎖されてしまったので、代わりになりそうなダンジョン。検査もあるから午前中に日帰り出来る場所があればそれでと丸投げして電話を切る。


 電話を切ってから、そういえばEランクにも入れるようになったことを思い出し、メールに追記して送った。





<side:威高こおり>


 陸くんから受け取ったメールを速読し、何やら考え込んでいるひかりちゃんに明日のプラン変更をそれとなく伝えた。


「彼はなんと?」


「明日のダンジョン予定地でエラーが出たので封鎖された件と、午前中の日帰りで行けるF〜Eランクダンジョンのピックアップを任されました」


「すっかりその子のプロデューサーね、あなた。いい様に使われすぎじゃないの?」


 ひかりちゃんはもう少し本業に力を入れなさいと説教してくる。

 確かにここ最近本業そっちのけでみうちゃんへの推し活を続けていたけども、そんな言い方ないんじゃないの?


「みうちゃんはそれだけかわいいからね。ひかりちゃんもきっと気にいると思うよ」


「そうかしら? でもその子のおかげで今のあなたは随分と魅力的よ。その点は感謝しなくてはいけないわね」


「え、そうかな?」


 自覚はない。

 ただ、言われてみたら自分でも不思議なくらいにあれこれ積極的になったと思う。

 みうちゃんのおかげ、と言われたらその通りかな?


「おかげでうちの登録者も50万人。ダンジョンアタックという花形ではあるものの、積極的になったこおりさんの魅力も大きな影響を与えていると思うわ」


「ひかりちゃんはトークが強いからね」


 それ以前に心臓が強い。

 戦闘なら、モンスターを倒すことだけ考えればいいけど、人と目を合わせて話すのは昔からあまり得意ではなかった。

 勉強とかは自分との戦いだからそういうのは得意。


 今思えば逃げてたんだなぁと思う。

 けど、それを変えてくれた存在がいた。

 それが明日にコラボを控えたみうちゃんだ。


 すっかり目的と手段が逆になってるとひかりちゃんから呆れられていた。

 当初は空海君とコンタクトを取るための接触。


 しかし彼がひたすらに可愛がるみうちゃんに触れてから昼夜を問わず推し続けていた。アーカイブ周回に始まり、コメント残し、返信チェック。

 それらを日常の合間にこなしていて、寝不足気味になったこともある。


 そしてとうとう、当初の目的も間近というときに私一人だけ浮かれていたら、そりゃ不本意だろう。

 本題はみうちゃんではなく、空海君に協力を申し出ること。

 そのためにみうちゃんとのコラボを申し出たのだ。


 彼に直接申し出たら、絶対に拒否されるだろうことは目に見えていたから。

 だから外堀から埋める作戦を立てているんだけどね、すっかり私が鼠取りに絡め取られてしまった形だった。


 そして今、ひかりちゃんもみうちゃん沼に引き摺り込もうとしている。

 そんな邪な考えを持ってるなんて知らず、当人はひたすらにネガティブな思考を持つ私を嗜めるように言った。


「間違えてはダメよ、こおりさん。わたくしとあなたでこの『極光』は保たれているのです。わたくし一人だけ目立っていても仕方ありませんのよ?」


「本当かなー? 私は理事長に選ばれただけだと思ってた。単純にひかりちゃんの実力に追いつける同年代の同性ってそうそういないしね」


「そんなことはありませんよ。一緒にいて楽しい、切磋琢磨できる相手としてわたくし自ら推薦いたしましたのよ? お爺様ったら、わたくしが推薦しなかったら普通に殿方をそばに置くつもりでしたの。流石に探索に色恋は持ち込めませんものね」


「理事長はストリーマーの需要をあまり深く考察してなさそうだもんね」


「バランスの良いパーティづくり。そこに男も女もないというお考えなのですわ」


「時代が逆行してるねぇ。今は多少腕は落ちても華のあるストリーマーを中心に人気が出てるんだけどね」


「それでもダンジョンは危険がつきまとう場所。わたくしの身を案じてのことなのですわ」


「なるほどー」


 相槌は適当に合わせる。これがひかりちゃんと一緒に行動する上で必要なテクニックである。たとえ理不尽な命令を受けたとしても、臨機応変に対応していくことが、護衛に与えられた任務だった。


 ひかりちゃんは私のことをどう思っているかはしれないけど、私にとっては雇い主のお嬢様って感覚が抜けないんだよね。



「それよりもこおりさん?」


「うん」


「明日のコラボは空海さんも参加なさるのかしら?」


 コラボ相手は妹だ。

 しかし協力要請を出したいのは妹ではないとその目がはっきり言っている。


「それはもちろん、みうちゃんの保護者代表だから」


「その保護者というのは?」


「あ、リスナーネームみたいなもんだよ。みうチャンネルのリスナーは保護者っていう括りで呼び合ってるんだー」


「そ、そうなのね」


 私がみうちゃん贔屓なのを気にしているのかな、と思ったらどうやら違う案件で悩んでいるようだった。


「どうしたの、ひかりちゃん? 話聞こうか?」


「ええ、そうですね。いつまでもわたくし一人で抱えていても仕方ありません。ここはこおりさんにも考えていただきましょう」


 どういうこと?

 まぁ巻き込まれるのはいつものことではあるけど。


「二余郡太さんについてのことですわ」


「ああ、あいつ?」


 私は途端に不機嫌になった。

 一応同学年で成績も似たり寄ったりだから存在は知っている。


 けど、みうちゃんの撮影中にダンジョンエラーを引き起こしにきたストリーマーと結託して撮影をうやむやにしたクソ野郎だ。

 思い出すだけで腸が煮え繰り返る案件である。


「こおりさん、言葉遣いが悪いですよ?」


「だって」


「だってじゃありません」


「はぁい」


「わかればよろしい」


 時には身を引くのも処世術の一つ。

 ここでヒートアップしたって誰も幸せになれない。

 私は別にひかりちゃんを責めたいわけではないのだ。


「それで、その二余がどうしたの?」


「どうも彼、あのエラーで死亡したと思われていたのだけど、生還したみたいなのよ」


「チッ」


 自分でもびっくりするくらいの大きな舌打ちが出た。


「こおりさん?」


「はいはい。お行儀良くしますよ」


「それでね、二余さんはあれだけの惨劇に遭いながら、どこにも怪我を負っていなかったそうなの」


「それはおかしいね。とても無傷とは思えない映像だったよ? 途中で擦り傷程度の怪我もしてた。無傷はないでしょ」


「だから不思議なんです。どこか焦点の合わない瞳で、うわごとのように何かの言葉を繰り返していたんですって」


 気味が悪いわ、とひかりちゃん。

 その感想にはひたすら同意しかない。


 あいつは在学時代から気に食わないやつだった。

 空海君とは正反対に薄気味悪い。

 【暗黒】だなんて二つ名をもらうくらいには悪い噂があった。


 その言葉が 『手蹴り離』

 意味も何もない、ただの文字の羅列としか思わなかった。

 手蹴り? 手毬的なモノだろうか?

 要領をえない感じがまた不穏だ。


「失語症とか?」


「その可能性もあるわね。今は病院で安静にしているらしいわ」


「そう。けどそんな奴の様子をひかりちゃんが気にすること?」


「彼、お金さえ払えばなんでも引き受けてくれるでしょ? 腕もあるし、お爺様のお気に入りなのよ」


「ああ……都合のいい駒ってわけね。空海君を逃した反動を彼に当てたのね」


「こおりさん」


「はーい」


 言葉が過ぎたようだ。

 ひかりちゃんは言葉の上では空海君を庇うけど、実際のところはどう思っているかわからない。

 もしも自主退学しなければ、良きライバルとして競い合えてたかもしれないと考えているのかもしれないけど……


 私は思う。

 みうちゃんが完全に退院しない限りあの人はどんなお願いも聞かないだろうと。

 だって、彼にとってのみうちゃんは血のつながりのある大切な妹ってだけではなく、自分の半身くらいに大切に思っている存在だから。


「それで、入院中の彼はおかしな行動を繰り返しているらしいの」


「おかしなこと?」


 鸚鵡オウム返しで聞き返すと、ひかりちゃんは頷き、口を開いた。


「彼、食事は取らないのに魔石を食べたそうよ。まるでキャンディのように口の中でカラコロ音を出して舐め溶かしていたらしいの。おかげで病院内の魔石は減る一方。お爺様に損害賠償を支払ってほしいという嘆願書まで回ってきたわ」


「魔石を?」


 とうとう頭の方までイカれてしまったのだろうか?


「それはなんというか御愁傷様ね」


「ええ、お爺様も頭を抱えていたらしいわ。彼の生存を喜んだ矢先の出来事だったから」


 ひかりちゃんは会話を打ち切り、明日のコラボの予定を私と一緒に詰めてくれた。

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