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第42話 続々・寝坊助理恵さん

 チキンカレーの悪夢にうなされた翌日。

 俺は溜まったメールを整理しながら、そのうちのいくつかが瑠璃さんからの緊急だと知って電話をかけた。


『ああ、悪いね。オフの日に』


「昨日は撮影会でしたからね。帰りに以前予約したお店に行けましたし。それで、要件とは?」


『ああ、そのことだが。実は君に2、3頼み事をしなくては行けない状況になってね』


「俺にお願い、ですか?」


『ああ、君。学校の先生になる気はあるかい?』


「はい?」


 用件を詳しく聞けば、クランを設立した様に全国から契約を交わしてスキルを扱えるようになった子供を集めて学校を開くことが急遽決まったような話ぶりだった。

 そこに理衣さんを編入させるついでに、みうもどうかという誘い。


 しかし俺がそれを断るのを見越して、教師役としてみうの世話をするのならどうだ? というものだった。


 話があまりにも急すぎるし、みうの気持ちも聞いてないので急には無理だと話は預かることに。


「学校の話はわかりました。先生の話は、もう少し考えさせてください。それでもう一つはなんですか?」


『これが一番深刻なのだがね。もしかしたら今度の日曜日、姉さんは間に合わないかもしれない』


「えっ?」


 話を詳しく聞けば、検査を終えた後もずっと眠り続けているらしい。

 普段から寝たきりなので、いつものことだと思いきや、こんなにも何日も寝続けるというのはおかしなことだったようだ。


「そう、ですか。みうになんと言って伝えるか迷いますね」


『姉さんも楽しみにしていただろうに。これは君たちに言ってないことだが、本当に他人に興味を持つことが珍しくてな。起きるなり君やみうちゃんの話題を出すんだ。それを私に聞かせてくれてね』


 それが本当に嬉しくてたまらないという口ぶり。

 瑠璃さんにとって、ずっと願っていた日常が戻ってきた。

 理衣さんとのそんな語らいすら、もう遠い過去のことのようだと綴る。


 脆くも崩れ去ってしまった平穏を懐かしそうに話す瑠璃さん。

 まだ先週のことなのに、もうこのまま二度と目を覚まさないんじゃないかと諦め切っていた。


「どうにもならないんですか?」


『現代の医学が未知の病に対して無力だということを痛感しているよ。君が極大魔石結晶を持ち込んできてくれた時、漸く姉さんも普通の暮らしができると思ったんだがな……』


「そうですか……」


『ああ、そういうことで悪いが、みうちゃんに姉さんのことを伝えておいてくれないか』


「ええ、それはもちろん。それとは別に、理衣さんの症状について俺からアドバイスがあります」


『君から?』


 電話越しから訝しむような声。

 仕方あるまい。現状ではもうどうしようもない。

 医者も匙を投げていて、医学の素人である俺からアドバイスを受けたところで事態が好転することもなく。

 だからどこか胡散臭そうな気配を向けていた。


「俺から言いたいことは一つ。理衣さんの状態は必ずしも悪いものではないのではないかということです」


『ずっと寝たきりのどこが悪い状態ではないのか詳しく説明してもらおうか?』


 言葉に怒気が宿っていく。

 仕方がないことだ。

 これは契約したものでしか知り得ない情報。

 だから俺も覚悟を決めて情報の開示をした。


「瑠璃さん、実はみうだけじゃなく俺も契約者なんですよ。みうや理衣さんと違ってコアは心臓にあるので気づかなかったでしょうが」


『まさか……いや、それなら君の強さに説明がつく。だが、どうして急に私にその秘密を明かそうと?』


「俺たちを信じてくれたからです。俺と、みうを理解して、協力してくれた。ああ、この人だったら俺たちは心を開ける。そう思ったんです」


『私は君たちの世話になってばかりで、大した恩など与えてないぞ? むしろ姉さんを押し付けた。場所こそ用意したが、それだけだ』


「それで十分だった。みうは、何よりも九頭竜プロ、瑠璃さんを尊敬していた。みうの期待を裏切らずに接してくれたのが俺にとっても嬉しかった」


『そんなもの……極大魔石結晶を前にしたらどこの探索者でもホイホイ釣れるだろう?』


「確かにそうかもしれません。けど、これが一番重要なんですが、いつまでもみうの尊敬できる探索者でい続けてくれた。魔石結晶狙いだけだったら、みうを脅して俺を働かせることくらいできたはずだ。それをしなかっただけでも大きいんですよ」


 みうはすっかり瑠璃さんを信用している。

 近所のお姉さんくらい気を許している。

 配信でもコメントするだけで機嫌が良くなるくらいには。


『そうか。それで、君が私に秘密を打ち明けてくれる気持ちになったのはわかった。だが姉さんの状態は良いと言い切れる判断材料にはならんぞ?』


「まぁ、そうですね。これは契約対象を持たない限りわからない感覚なんですが、契約者は、契約対象と常にリンクを張り続けることになる。俺の場合はスーラという存在が、理衣さんと契約した存在のことを教えてくれるんです」


『そのものはなんと?』


「クトゥルーは非常に嫉妬深い。しかし同時に愛情深く、いうことを聞いているうちは優しく母親のような存在だと」


『姉さんはその存在に魅入られているというのか?』


「長い間、恩寵を受けてきて、遂に芽吹くのだそうですよ」


『芽吹く? 何が?』


「覚醒スキルと呼ばれるものです。今までは神性のスキルを模倣していた。けれど一歩踏み込んだスキルが使用可能になる。スーラが言うには、クトゥルーの覚醒スキルは夢遊病に近い状態で行動ができるとかなんとか。基本的には眠っているのに日常会話も、食事も、バトルもできるそうです」


『意味がわからない』


「俺もスーラから情報を横流ししているだけですからね。今眠り続けているのは、覚醒するのに莫大な魔力が必要だからだそうです。突貫工事だと不備があるので、念入りに眠って魔力を回復させているんですね」


『PCをアップデートする際に電源を抜くなと言うあの文言みたいなものか?』


「まぁ似たようなもんでしょう」


『では、無理に起こさなくても姉さんはやがて起きてくれるのだな? 普通の生活が送れるのだな?』


「そればかりはその時になって見ないとわかりません」


『何? 一体どう言うことだ』


「果たしてその状態が傍目から。なってみないとわからないと言うことです。特に理衣さんは配信の花形。前衛のみう、後衛の理衣さん。その彼女が画面の中で寝こけていたら、リスナーはどう思いますか?」


『それはまずいな。姉さんの経歴に傷がつく』


「でしょう? できることならなんとか起きてもらいたい。それが俺やみう、瑠璃さんの願望だ」


『その通りだ』


「それでですね、もしかしたらワンチャンその状態を回復できる手段があるかもしれないんですが、聞きます?」


『そんなことが可能なのか?』


 藁にも縋り付く思いの瑠璃さん。


「ええ、みうのスキル【よく食べる子】ならば、眠気その物を食べれるんじゃないかと思ってます」


 過去に体の痛みをスキルで食った後、驚くほど回復した話を瑠璃さんに話したことがある。その結果、大食いになってしまった。


 ティッシュやカーテンも美味しそうに見えてしまったりと偏食甚だしいが、それもこれも満腹食堂との出会いで全て解決!

 多少の空腹くらいドンと来いだった。


『待て! それはみうちゃんに負荷がかかる物じゃないのか?』


「ですね。今度は何を食べたがるのか今から内心ドキドキです」


『ならば無理をさせるものではない! 君にとって妹さんは、みうちゃんは大切な存在なんだろう?』


「はい、もちろん。でも、理衣さんも同じくらい大切なんです。みうも次のコラボを楽しみにしています。変わり果てた理衣さんじゃダメなんです、あの時の少しねぼすけで、自信家の理衣さんがいい。そのためだったら多少の偏食も多目に見ます。どのみち遅かれ早かれですよ。みうも理衣さんが大好きなので、スキルを使うのを躊躇わないと思います」


『そうか、助かる。正直君の話のどこからどこまで信じていいか判別もつかないが、私も願うことなら以前の姉さんに会いたい』


「ただ、失敗する可能性もありますので、あまり期待はかけない方向で」


『そこを責めるつもりはないよ。どのみち、私は指を咥えてみているだけしかできないからね』


 俺は電話を切り、それとなくみうに話を伝えに病室に向かった。




「お兄たん、おはよう!」


「おはようみう」


 朝食は昨日の持ち帰り品を温め直したものだ。

 悲しいことにほとんど手をつけられなかったからな。

 俺も一緒にいただくことにした。


「あ、昨日のハンバーグ!」


「兄ちゃんが食べきれなかったカレーもあるぞ」


「このカレー、美味しいんだよね。朝からこんな贅沢しちゃっていいのかな?」


「何言ってんだ。こんなの贅沢のうちにも入らないぞ?」


「そうなの? お店の味が病院で味わえるのって贅沢じゃないの?」


「考え方によっては贅沢かもしれないな」


「でしょー?」


 みうが食事に夢中になってる時、横に置かれたタブレットの中身が偶然見えた。


「そういえば何をみてたんだ?」


「あ、うん」


 歯切れの悪い返事の後。

 タブレットを持って見せてくれた。


 それは最近推してる志谷明日香の配信だった。

 そこでみうは自分の名前を見つけて「アスカお姉たんに認知されちゃった」と照れくさそうに笑った。


「行きつけの店で検討したみうを常連さんが彼女の配信に書き込んだのかな?」


「あ、多分これだと思うんだよね。サブチャンネルに一気に人が流れ込んできてるの」


 みうは指をさす。

 そこにはアーカイブ化したお食事配信の切り抜きが制作され、掲示板に流れたのではないかというものだ。


「切り抜きの許可を出した覚えはないんだが」


「どうして?」


 こんなにいっぱい宣伝してもらってるのに! とみうは食いつく。

 俺はリスナーの性善説を信じたいみうに残酷な現実を伝えるものか迷ったが。

 迷った末に言葉を選んで伝えることにした。


「今のところ友好的な切り抜きだからいいが、中には悪質な切り抜きで評判を落とすことに傾倒したものもあって、全員を信じていいわけではないんだ」


 特にファンからアンチになるはずみは人それぞれだ。

 最古参ほど、売れて人気者になった配信者に対して強い嫉妬を抱く。


 昔は特別扱いしてくれたのに、今はしてくれないという勝手な妄想でユニコーンとなり、周囲に悪意を感染させる。


 リスナーを平等に愛するみうに、そんな理不尽な目に遭わせたくないからこそ、切り抜きは許可してなかったのだ。


「どうしてそんなことするんだろう? みんなで楽しんだらいいのにね」


「本当にな。けど、そうやって鬱憤を晴らすことでしか生きていけない人もいるんだ」


「あたしもわかんないよ」


「だから、みうはこういうのを気にしなくていいからな。今まで通り、元気いっぱい配信するんだ。明日は威高さんとのコラボだからな?」


「あ、そうだね。日曜日は理衣お姉たんともコラボするし、あたしってコラボ相手に恵まれてるなぁ」


 うふふと微笑むみう。かわいい、じゃなく。

 俺は先ほど瑠璃さんと話した内容をそれとなく伝えた。


「そのことなんだけどな。実は理衣さんはねぼすけ具合が加速していて、ちょっと日曜日まで起きそうにないみたいなんだ」


「え、そうなの?」


「ああ、だからお前の【よく食べる子】で眠気を吸い取ってやれないかって瑠璃さんと話していてな。もちろん、無理をする必要はないぞ? 今日この病室に戻って来るから、ゆすっても起きそうになかったらこっそり使ってやってくれ。それで起きたらラッキーくらいで」


「うん。ちょっと自信ないけど、やってみるね」


 確かに自分の痛みの原因と、他人の眠気は勝手が違うからな。


「おう、じゃあ朝食は残さず食べるように!」


「はーい」


 みうは元気いっぱい返事しながら、昨日食べ残したギガお子様ランチを食べ出した。

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