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第32話 食欲旺盛!

 軽い食事(?)を取った後、再び撮影を再開する。

 異常とも言える食欲で、用意してた食料が瞬く間に空っぽになったのは苦笑するほかなかった。

 明らかに食事量が増えている。


 【よく食べる子】を取ったら本当によく食べる子になった。

 このスキルを常用し続けてもいいモノだろうか?

 いや、効果は非常に高く、みうのやる気向上につながってるんだ。


 攻撃したら傷が治る。魔法も吸う。それでお腹が減るくらいだ。

 非常にコスパがいいじゃないか。


 魔力回復ポーションとか世界中の人間が欲しがる。

 表に出せば億単位での取引が行われてる。

 その魔力を使わないで、だいたい数万円で回復する。


 まぁそれが毎日とかだったらきついが、配信する時くらいなので週に3回。

 『見守る会』の臨時収入魔石回収で普通に回せるか。

 あれもだいたい億の見積もりだ。増えすぎた貯金がちょうどいい塩梅で減っていく。そう思えばいい。


 しかしあまり世に出回りすぎると、価値が低くなるが。

 青の極大魔石結晶については身内消費だから世に出回らない。

 非常にWin-Winな取引である。


 問題はその資金をどうやって調達してるかなんだろうけど。

 まぁ世界中で活躍するプロだ。元々稼ぎが億単位なんだろうと考えを締め括った。


「お腹もこなれてきたので、そろそろ撮影をしよっか、お兄たん」


「そうだね。理衣さんも大丈夫そうですか?」


 眠くないか? と伝える。

 みうと同様に魔力を消耗すればするほど眠くなるのだ、この方は。


「お腹いっぱい食べたら眠くなってきた、と言いたいところだけどもう少し頑張ってみるわ」


「お姉たん、食べてすぐに横になったら牛になっちゃうんだよ?」


「お胸が育つの? いい事じゃない」


 張る胸に迫力が増す。

 今の幼児体型に納得がいってない理衣さんはそんなことを漏らした。

 同じく幼児体型のみうがいるから少しばかりお姉さんぶりたいようだ。

 当のみうはそこまで考えちゃいないようだが。


「お腹が育つんだって!」


「じゃあ軽く運動しましょうか」


「そうしよう!」


 流石に今以上に腹が出るのは避けたいと思ったのか、軽い運動をすることを承諾。

 メインカメラをスライム達に切り替えて、俺は荷物の撤収。

 探索を再開した。


:理衣たんはおねむになっちゃったかなー?

@瑠璃:姉さんはよく寝るの。全然育たないけど

:寝る子は育つっていうもんね

:みうたんはよく食べてたねー

:いっぱい食べる子はみてて微笑ましいね


 わかる。普段あんまり食べないからこそ、今日の食事風景は非常に映えた。

 思わずメモリをバカ喰いしたほどだ。


 特に何を大量に食べたかのチェックのつもりだったが、嫌いなものもなく全部食べたのは驚きだった。


 中にはピーマンも入っていたというのに。全部美味しかったって。

 作り手としては非常に助かる反面、具合が悪くなってないか心配するところもあった。


「モンスターを確認しました。そろそろ準備しましょう」


「わかった!」


「次はどんなモンスターが来るかしらね」


:お兄たんは索敵もできるの強いよね

:本当にモンスターって探索者を襲いに来るんだね

:そらそうよ、ダンジョン側からしたら異物みたいなもんやし

:喉に引っかかった魚の小骨みたいなもんよな、探索者

:そりゃ無理にでも排除するか

:モンスターは差し詰め消化液ってところか

:総戦力に合わせて強さのグレードを変えるんだっけ?

:そこがいまだによくわかってないんだけど

:同じ見た目でも強いモンスターと接敵するのは?

@威高こおり:あれは過剰な戦力で徒党を組んでいくからだよ

:雑魚狩りはしづらく、かといってちょうどいい相手が出る仕組みなのか

:そこはダンジョンの不思議ってやつか

:なので高ランク探索者は極力低ランクダンジョンに入らないよう言われてる

:あれってある意味で締め出しなんだよな

:ランクが上がって雑魚になったって理由じゃないんだ

:強い人には強い人専用のフィールドが用意されてる感じだな

:逆に居残り続けたらそれより低い戦力の探索者が餌食になるんだから残当よ


 なので今回九頭竜プロにはこないでもらった。

 自分から今回はいけないと言い出したのは単純に他の仕事と被ってるからと思いきや、配信時にモンスターを強くしすぎるのはデメリットしかないと気がついたためだろう。


 今回も少し手を加えたモンスターを輩出していく。

 さっき三匹出したから、今回も三匹だ。


 スライムスネイクを二匹、そこにだるま落としスライムも追加して対峙させる。


「わっ、またあのムチスライムだ」


:みうたん気をつけてー

:みうちゃんにちょうどいいモンスター認定されたのか

:強敵だよ!


「はい! 流石にあれはあたし一人じゃ厳しいのでお姉たんと一緒に倒します」


「陸くん、私とみうちゃんがあっちの蛇型をやるからあっちの背の高いやつはお任せしても?」


「俺じゃあ抑えるだけでいっぱいですよ?」


 暗に決定打がないことを伝える。

 本当は倒せるが、この撮影の主役は彼女達。

 見せ場を奪うことは言語道断なのだ。


「十分!」


 理衣さんが魔法の詠唱を始めた。

 俺がスライムでだるま落としの動きを制御。

 その間にみうが駆け寄って、動き出す前のスライムスネイクに一撃を浴びせる。


 さっき動き出された後に追撃した形なので、動いていない今のうちにと思ったのかもしれない。

 いい状況分析だ。

 あのみうがなぁ。戦闘の中でメキメキと成長していっているのがわかる。

 顔つきも勇敢になった。

 病人とは思えない。健常者のそれだ。


:すごい! みうたん!

:みうたんがんばえー

:あっという間に一匹!

:あれ? 今お兄たんの手助けなかったよね?

:食後の運動レベルじゃなかったぞ?

:今までの経験値がこの一瞬で?


 経験値。それを得て習熟するのはレベルなどではない。

 探索者がモンスターを討伐して得た経験値はジョブに吸収される。

 ジョブの特性によって、スキルに幅が生まれるのだ。


 しかしみうには明確なジョブがない。

 だったらどこに吸われているのか?

 だが確実に先ほどまでとは違う動きであっという間にモンスターを一匹仕留めてしまった。


 あのうっかり屋だったみうがである。

 俺は感動で咽び泣きそうになった。

 カメラはスライム達が撮ってくれている。


 しかし、俺は自分が見ていない状況を許せない男でもあるので他人任せはしないのだ。

 泣くのは自室でもできる! 今は撮影に集中だ。


:今日のみうたんは可愛いよりかっこいい感じだ!

:エストックも決まってるよ!

@クマおじさん:今までは武器に振り回されてたが、随分様になった


「ほんと? やった!」


 コメントで喜びを表現しながらも、みうは油断をしていなかった。

 スライムスネークの噛みつき攻撃をひらりとかわし、しなるエストックの側面でスライムスネイクの体制を崩し【スラッシュ】で決める。


 一連の流れが鮮やかで、それ一本で食っていける本業のような華麗な早業だ。


「ふふん、もう蛇さんには負けないよ!」


「最後の一匹、任せても?」


「オッケー!」


 俺が動きを止めていただるま落としスライムは理衣さんの魔法で水柱の中に閉じ込められ、そこにみうの【よく食べる子】がヒット!


 高さは関係なく、当てた場所をごっそりと捕食するのがこのスキルの効果だ。

 その上で傷も治る。今頃自分の才能に恐れをなしている頃だろう。


 なにせ顔にそう書いてある。

 ちょっとした優越感に浸っているんだろうな。

 慢心はしてほしくはないが、少しくらいはいいだろう。

 明日のアーカイブの花になるからな。


:みうたんつんよ

:可愛くて強いなんて反則だろ

:あー、俺もこんな妹欲しかったな

:これくらいの子は結構ヤンチャだからな

:みうたんにもその片鱗が

:これぐらいだったら全然可愛いけどな

:お兄たん、みうたんを僕にください!

@瑠璃:は?

@威高こおり:は?

@空海陸:は?

@クマおじさん:やめておけ、命が惜しくないのか?

:怖いお姉さん達がアップを始めました

@勝流軒大将:それ、坊主の特大級のNGワードだぞ?


「お兄たん、あたしはものじゃないよ?」


「当たり前だ。だから全てのコメントを真に受けなくてもいいからな?」


「うん。ごめんなさい。あたしはまだお兄たんのお世話になってるから」


:天使や

:真に受けるみうたん可愛い

:ちょっと心配になる純真さだな

:これはお兄たんが手放さないはずだわ

:手放す以前の問題だろ

:まだネットに慣れてないんだから仕方ないだろ


 まだ試運転とはいえ、一人の犠牲者を出して今回の配信は理衣さんの「眠い」の一言でお開きとなった。


 みうはまだ動きたりなさそうにしてたが、二人で配信すると決めた以上、一人が脱落したら配信はそこでおしまいである。

 流れ的に変なのも湧いてきたのでちょうどよかったのかもな。


「陸くん、今日は少し過激な人物の侵入を見逃してしまって申し訳なかった」


 瑠璃さんが、理衣さんを引き取りがてら謝罪した。

 ネットの抱える闇が一部漏洩した件についてだ。


「ああ、いいえ。一度触れる機会があって、どう受け止めるかも今後の課題でしたし」


「いきなり大量に触れるよりはマシと?」


「今をクリアできなきゃ、成長は見込めませんし、もっと返の引き出しが増えていけばいいかなと」


「そうか、確かにそうだな。私も君もどこかで過保護な部分がある。ある意味ではそう言う部分に触れさせて成長を促すのも本人のためか」


「いずれ俺の手元から離れていくんだとわかっていても、まだまだ甘やかし足りませんが」


「ははは、私もだ」


 いや、瑠璃さんはいい加減にしたほうがいいんじゃないですか?

 今年25でしょ。


「それでは私は先に帰っている。陸くんはどうする?」


「門限まではまだありますし、バイト先への報告も兼ねてみうをラーメン屋デビューさせようかと」


「病院からの許可は?」


「一応もらってます。問題は摂取カロリーの問題ですが」


「今日の配信で見る分には、見るだけでお腹いっぱいになる量だったが?」


「まぁなので問題はないかと。スキル獲得の都合上、1日一回お腹いっぱいにさせなきゃ次に繋がりませんから」


「ああ、そう言う縛りがあったか」


「それに、俺が妹に奢りたいんです。病院の外にはこんなに美味しいものがあるんだぞって」


「そうだな。姉さんにも連れて行きたいレストランが何店かあるんだが」


「あの偏食っぷりじゃ難しくありませんか?」


「どうにか君の方で誘導してくれないか?」


「みうのついでに作ってる、買ってきてるようなものですからね。なんとかみうにそっち方面に興味を持ってもらってから、みう自身から伝える方向で行きますか?」


「流石にみうちゃんを連れていける場所ではないな」


「じゃあ無理です」


 俺はしれっと言った。

 瑠璃さんは苦笑しながら現場から撤収した。


 彼女がお姉さんを優先するように、俺もみうを優先するのだ。


「おう、みうちゃん! 配信見てたぞ。いっつも陸のやつが自慢してるだけあって最高に可愛いな! それにあの食いっぷり! 気に入った。うちの子にならねーか?」


「何冗談言ってるんですか大将、ぶっ飛ばしますよ?」


「おいおい、冗談じゃねぇか、その拳を引っ込めてくれ」


「悪いね、陸くん。この人料理を作る以外バカで」


「まぁ俺も大将の料理を惚れ込んでいますから分かりますけど。みう、何か食べたいものあるか? ダメなものがあるんだったら最初に言うんだ」


「ピーマンと納豆、ナスはダメです」


「奇遇だな、うちにそれらを使った料理はない」


「ほんと?」


 大嘘である。

 女将さんが白い目で大将を見ていると、居住いが悪そうな顔で「今日から無くなったんだ!」と喚いていた。


「はいよ、餃子一丁!」


「うわぁ!」


「ここの餃子は天下一品だぞ? 俺が惚れて、いまだに再現ができてない」


「お兄たんでも無理だったの?」


「ああ、だから心して食べろよ? まずはそのまま。次は酢に潜らせて。醤油や辣油もいいが、辛いのが苦手なら醤油だけでもいいかもな」


「うん……はふ、あっつ、はふ。もぐもぐ。んーー!」


 緊張して食べて、身体中でおいしさを表現しているみう。

 一個食べてから、皿が空っぽになるまでが早かった。


「おかわり! いいですか?」


「おう、どんどん食え! チャーハンはいけるか?」


「俺は久しぶりに大将のエビチリが食いたいですね」


「みうちゃんは辛いのダメだろ?」


「あまり食べられない、けど何事も挑戦だよね?」


 はい可愛い。

 その日は俺と大将でみうがお腹いっぱいになるまで散々サポートしてやった。

 そのおかげで貸切状態だ。


 何かにつけてクレームやSNSでの個人情報流出が怖い現代。

 店側がこうして個人の事情に付き合ってくれると言うのはありがたい話なのだ。



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