「一時はどうなることかと思ったけど、お姉たんが起きてくれてよかったね!」
「ごめんね、なんかすごく眠くて」
「はっはっは、寝る子は育つというだろう?」
「瑠璃、私はもう子供じゃないから子供扱いはしないで」
と、まぁ今日の探索には理衣さんの他に瑠璃さんがついてきてくれている。
今日に合わせて休暇を合わせてきたのだ。
あの時ロストしたデータを、今日こそレンズに収めるのだと躍起になっている。
「よう、きたなご両人」
「クマおじちゃん! また武器お願いします!」
「いらっしゃい、みうちゃん。いつものエストックでいいのかい?」
「うん、あれでおねがーい」
「案内しよう」
「陸君」
「なんです?」
「君、うちの所属になったんだから、普通に武器買えばいいんじゃない? ライセンスも出したし」
「あ!」
武器を引き受けて喜ぶみうをカメラに収めているすぐ横で、瑠璃さんからそんなことを言われた。
「ですが買っちゃうとですね、ああやって自分のスキルに合わせて次は何を選ぼうかと迷うみうを見られなくなります。いくら環境が整ったとして、そのチャンスを逃すのはちょっと」
「む」
瑠璃さんは数瞬考えたあと、さっきの話を無かったことにした。
最高の探索者には、最高の武器を。
自分の周りはそういう人間が多かったと語る瑠璃さん。
環境を整え、武器もなんでも買ってやる。
それが正解だと信じて疑わなかった。
自分の所有してる剣も、凄腕の鍛治士のオーダーメイドだ。
それが当たり前だと思っていたが、そう言われたらしっくりきた。
自分で選ぶという当たり前の権利を手放していたのかと、驚愕する。
「それに見てください、みうの嬉しそうに武器を振う姿を」
少しドヤってる姿は見ててほっこりする。
前回は破棄されたダンジョンに赴く際、武器を熊谷さんに配達してもらったが。
用意されたものを手渡されるのと、自分で保管場所に行って選んでお試しする姿はここでしか見られないのだ。
「絵になるな」
「でしょう? 俺はね、みうが探索者になりたいというのならその環境を整えてやるつもりでいました。武器だってなんでも買い揃えてやるぞって」
「私もそうだな。姉の装備なんかは全部私が」
揃えたのだろう、どこか誇らしげに胸を張る。
「でも間違いだったって気付かされたんです。そこの熊谷さんに。俺の過保護さはみうの危険につながるぞ、と」
「確かに剣士にとって武器から殺傷力を奪うことは自分の命に関わるな。モンスターを仕留め損ねるのはその分使用者を危機に陥らせるからな」
「魔法使いなんて特にそうでしょう? 重いローブとか、金属鎧は確かに防御力は高いが動きにくい。それじゃ苦しそうだからって理由で動きやすい服装を着せますか?」
「軽い魔法金属の糸で塗った最高級品を着せるが?」
「お金持ってる人に聞いた俺が間違ってました」
「言わんとすることはわかるがな。その思い込みで最愛の相手を死なせた場合、過保護な自分を呪う自信がある。これはそういう選択だ」
「はい。なので俺は武器は危険なものだと理解させてから扱わせるようにしました。それがお互いのためになる」
「そうだな」
しばらくして、少し系統の違うエストックを持ったみうが現れる。
今まで使っていたのと変えたのは何か気持ちの変化があったからかもしれない。
「お兄たん、お待たせ!」
「おう、今日は少し違うの選んできたか?」
「うん。今までは一人でやってたから素早く動けるものを選んでたんだよね。でも今はお姉たんがいるでしょ? 一発で仕留めきれなくてもお姉たんが仕留めてくれるし、氷結魔法で動きを封じてくれる場合もあるから、気持ち心が固いのを選んだんだ」
「そっか、今回から二人だもんな」
「え、お兄たんは一緒に来てくれないの?」
俺が参加しないと聞いて少し寂しそうな顔をされた。
そうだよな、魔法使いが増えたところで俺の出番がなくなることはない。
理衣さんはみうの仲間だが、優先順位は自分が先。
「何言ってんだ、兄ちゃんはいつだってお前の味方だぞ? うっかり人数に入れるのを忘れるくらいにな。お前が出る時は保護者の俺が絶対について回るからカウントし忘れてるところもある」
「そっか」
にへら、と微笑むみうとは対照的な厳つさで熊谷さんが口を挟む。
「だったらその味方はさっさと自分の武器選んでくれないか?」
「少しは格好つけさせてくれませんか?」
「後ろがつかえてんだ。どこかの誰かさんが、目立つせいでない」
熊谷さんが俺から視線を外して瑠璃さんを見た。
「フッ、人気者は辛いな」
瑠璃さんが前髪をかきあげながらドヤる。
すごく俗物っぽい。
普段ならもっとクールなんだろうけど、これはきっと理衣さんがいるからだな。
「瑠璃、恥ずかしいからやめて。姉妹だって思われたらショックで寝込む自信ある」
あなたは何かにつけて寝るでしょ。
しかしその脅しは瑠璃さんに効果覿面だった。
「おっと、それは困るな。では熊谷氏、私たちはダンジョンに通っても大丈夫か?」
「あんたが引率してくれるんならどこへ行っても大丈夫だろうよ」
「それならばゆくぞ!」
瑠璃さんがリーダーシップをかざしながら先陣を切る。
ここは【F】ランクダンジョン。
どこでどんなことが起ころうと【A】ランクが様子を見にくる場所ではないのである。
曰く、総戦力が上がることによるモンスターの強化。
それが引き起こされる恐れがあった。
「みう、今日は瑠璃さんにいっぱい良いところ見せるんだからとカッコつけすぎて転ばないようにしないとな?」
「お兄たん、いい加減あたしを馬鹿にしすぎ。もうそんなに転ばないもんね! ベー」
「あんまりキツく言い過ぎると嫌われるぞ?」
「本人が病人であることを忘れすぎなんですよ」
「それは、ちょっと忘れがちかも」
「ほら」
病院にいる時よりたくさん動ける。
一層に出てくるモンスターの大概は敵ではない。
慢心と油断。
慣れて来た頃が一番ミスをしやすいのだ。
特にこうやって人がいる時、ミスが出やすくなる。
みんなが守ってくれるという思い違いが起こりやすくなる。
「姉さん、私のそばに」
「瑠璃、今日のメインは誰か忘れた? メインが誰かの後ろに立つ真似は出来ないのよ?」
それに、自分より年下を守るのも年長者の勤めだから。
小さい体に大人の自覚を持ち、ちょっと背伸びした格好になった理衣さんがみうを守るのは私だから、絶対に邪魔しないで、とキツく釘を刺す。
どっちもどっち。
俺も俺なら瑠璃さんも瑠璃さんで。
過保護がすぎてちょっと信用がない。
「では私はカメラマンに準じよう」
「ならば俺は妹の盾となりましょう」
「おっと、カメラの前には入らないでおくれよ?」
「俺は一応パーティメンバーなんですが?」
「幼い少女の間に割って入るとか、殺されても知らんぞ?」
それを言われたら弱い。
俺も撮影のメインをみう以外に譲るつもりがないように、瑠璃さんにもこれだ!と思う信念があるのだろう。
そこに新たにみうを入れる許可を下した。
しかしそこに俺が入る余地はないと暗に言われてしまう。
まぁそこはどうでもいいか。
俺はテイマー。
みうと一緒にいながら、撮影の邪魔をせず、さらにサポートだってして見せるさ。
「さぁ、モンスターのお出ましだ! みうちゃん、いけるかな?」
「任せて!」
現れたのはでっぷりと太ったラット。
子猫くらいのサイズがあり、それがそのまま素早い動きでみうに迫った。
「みうちゃん、動きを止めるよ!」
「お願い、お姉たん!」
前線から身を引いて、空いた斜線に凍てつく波動が迸る。
『ヂチゥ!?』
突如地面が凍りつき、足を地面に貼り付けた大ネズミたち。
ただし当然、みうが走ってたら滑るので。
「テイム! スライムよ、みうの足場になれ!」
「ピキッ」「ピキキッ」「ピッピキピー」
突如壁から
「ありがと、お兄たん! これで、トドメ! 【スラッシュ!】」
スライムを踏みつけて、一閃。
踏み込んだスライムがその場で弾け、しかし凍りついた大ネズミはみうのエストックによって引き裂かれた。
「お見事!」
「みうちゃん! まだ来るよ」
俺の呼びかけに、決めポーズでドヤっていたみうが戦闘態勢に引き戻される。
しかしすでに次弾を装填していた理衣さんがおかわりの氷結を上空から飛来してきた太ったバットに直撃させる。
「私が動きを止めるから、トドメお願い!」
「よーし、頑張るよ!」
初めてではないが、お互いを労い合う共闘はこの日初めてカメラに収められた。
その撮影は、編集を加えたのちアーカイブ化されて見守る会ファンクラブの元に配られた。
PRとして、一部映像と共に。
撮影協力者に九頭竜瑠璃の名前を添えて。
この日より、新人探索者みうの冒険は、本当の意味で始まったのだ。
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「お兄たん、お兄たん、お兄たん!」
「お、もうアーカイブ化した配信出回ったか?」
「ぐんぐん数字が伸びてるよ!」
「今回は九頭竜プロのサブチャンネルに置いたからな。俺たちの配信は別で撮ってるが、元々数字持ってる人のサブチャンネルだ。数値の伸びもいいな!」
「こんなふうに伸びちゃって、うちのチャンネル嫉妬されたりしちゃわない? その居場所にいるのは自分の方がふさわしい! とか」
「何言ってんだ、みう。最初に九頭竜プロに興味持たれて、理衣さんと仲良くしてくれたから今回お呼ばれされたんだぞ? 誰でもいいわけじゃないんだ。みうだから特別に一緒に撮影しませんかってお誘いが来たんだ。正直兄ちゃんは直前まで断ろうと思ってたしな」
「そうなの?」
「だってお前、突然大勢の前に出たら緊張していつも通りの配信できなくなるじゃんか」
「うん……そうだね」
「だからお前の負担を鑑みて、今回の話は取りやめようと思ってた」
「じゃあ、どうして今回は了承してくれたの?」
「お前が楽しみにしてたからだ。前回の撮影でアーカイブ化させてやれなかったのもあるし、何かと自分の配信に誇りを持ってるお前に、兄ちゃんからプレゼントしてやりたかった」
「お兄たん……」
「けどここからが大変だぞ? お前は一気に注目を浴びた」
「ミスはしない様にする? できるかな?」
「無理に自分を変える必要はないよ。今のままのみうを見せればいい。うちのリスナーさんは今の頑張ってるみうを応援してくれてるんだからな」
「そっか、そだね。ありがとうお兄たん」
「どういたしまして」