「なるほどね、そんなことが……」
理衣さんを迎えにきた九頭竜プロが、そうなるだろうと思ったと言わんばかりのため息を交えてお姉さんを見た。
「違うのよ、瑠璃。私は自分の有用性を示そうと」
「姉さん。みうちゃん達はお祖父達様とは違うの。せっかくの配信日。最後まで配信できなくて可哀想じゃない!」
ついつい声を荒げてしまう九頭竜プロ。
そういう環境なのだ。見ていて心苦しくなる。
理衣さんは聞く耳持たずとばかりに両耳に手を置いていた。
「九頭竜プロ、その辺で」
「いいの? せっかくの週に一度の撮影の日を。うちの姉のせいでうやむやにしてしまって」
「うやむやにはなってませんよ。それに普段寝ていてばかりで、単に自分を合わせる機会がなかったのでしょう。それはうちのみうも同じこと」
「そうかもしれないけど、カメラは弁償するわ。データも当然……」
「そこはなんとか死守しました。魔法発動の寸前までですが」
「そう、助かるわ」
ホクホク顔で懐にしまう。
この人もなんだかんだでお姉さんに甘いのだ。
保護者である以上、監督責任がある。だから少し厳しい口調になってしまうのだろう。
「正直に言って、理衣さんを今の段階で配信に移すのは少し早すぎると思います」
「データには残せないというの?」
「魔法の威力がとにかく大きすぎますね。そして使った直後の反動と言いますか、隙が大きすぎるんです。今日のモンスターだったらみうでもなんとか討伐できますし、そこまでのリスクにはならないんですが……」
「それが原因で命を落としかねないというのね?」
「ええ。なので今後一緒に撮影する提案なのですが」
「聞きましょう」
俺の提案はこうだ。
今回を機に、みうと一緒に行動するのはお互いにリスクが高い。
お互いに楽しそうにしている姿を眺めるという条件は一致している。
ならばここは一度手を組んで、みう達の総合互助会、仮クランを建設してしまってもいいのではないか。
「クランね」
「クラン! それってお金がいっぱいかかるやつでしょ!」
「維持費は問題ないわ。ただ、クランの結成には目標が必要よ。これを示せねば上は処理してくれないわ」
「そこは一つだけ明確なものがありますよ」
「と、いうと?」
「原因不明の病気のケアです。お互いに医者が匙を投げる病気を抱えていますよね?」
「まぁね。今日の姉さんはいつもより長く起きているわ」
「うちの妹もそうです。周囲は病人のように扱って、俺以外の前でこんなにはしゃぐこともなかった。病院での妹は、ここまで無邪気じゃないんです。同じ病気を持つ同士だからこそ、お互いが惹かれ合うのだろうと。そう思うんです」
「ならばこれはお互いにとってのメリットしかないと?」
「お互いに同じ道を歩いているからこそ。そして他の地域で似たような病気を抱える子どもが出た時に保護できる。そんなクランがあったら、誰でもすがるでしょう? 他でもない、俺がそれを望んでいる。もうみうが病気を理由に何かを諦めるのは嫌なんです!」
「…………そう」
長い沈黙を破って、暗い表情から笑顔を見せる九頭竜プロ。
「いいわね、それ。それぐらいの理由づけがあれば、後の舞台設定は私に任せてちょうだい!」
「ダメですよ。一人だけで動かないでください。みうのことは俺が一番よくわかってます。その上で口出しさせてもらいますからね?」
「ははは、いいだろう。お互いに意見を出し合ってより良いクランにしようか。それで、クラン名はもう決めてあるのかい?」
「それはもちろん」
──見守る会で、どうでしょう?
九頭竜プロが眼を見張る。すごくいい笑顔をのぞかせて。
お互いの見解の一致。
俺は妹を、九頭竜プロはお姉さんを。
「俺はね、妹を応援したいんです。配信は、それが一番近道だった。でも、自分一人ではどうしたって限界がある」
「私は配信に一家言ある。配信者としてのノウハウを生かすとしよう」
「妹に向けられた暴言は?」
「執拗に開示請求&ID凍結、再アカウントの制限などなど。逐一君に連絡する」
「それだけじゃ甘いですね。配信は全てメンバーシップを募ってください。無料だから暴言が消えないんです」
「甘いのは君も一緒だよ。暴言厨は課金してでも暴言を吐く。彼らのその在り方は、我々の想像を絶するものだ」
「くそ、世の中はなんでこんなにも弱者に優しくないんだ!」
ダンジョンの壁を強打する。
くそ、腕がジンジンするぜ。
「だからNGワードを仕込む。書き込み不可だけではなく、その書き込みをしただけでコメント欄からキックする。清い心を持つものだけが応援できる、そんな環境だ」
「それぐらいでしたら」
俺はなんとか溜飲を下げる。
それだったら、可能かもしれない。
「でも念の為、生配信はやめましょう。場所を特定されるのはお互いにとってリスクしかないです」
「ああ。特に誰かさんの過保護なドロップのおかげで、場所が特定されたら厄介なことになる」
「ははは、なんのことやら」
こうして話はとんとん拍子で進み。
妹は入院先を引っ越すことになった。
病院ごと。
意味がわからないって? 俺も意味がわからない。
九頭竜プロはなんとクラン内に病院を誘致したのだ。
どんなに優秀な医者でも、長年接し続けた医者や看護師を上回るスペックをすぐには発揮できない。
「流石に病院ごとはビビりますって」
「何を言ってるんだい? 今やクラン内に医療施設を抱えているのは世界的にも当たり前だ。薬品だけ作ってその利益を出すなんて手間がかかりすぎる。だったらいっそ病院を建てて、探索者をケアしてしまおうというわけさ。とても理にかなってるだろう?」
「規模がでかいって話なんですわ。バイトどうしよ」
病院ごと、となったらいっそバイト先も誘致しませんか?
あ、無理ですか。そうですか。
「その件だが、君には改めてうちの姉の栄養管理士になってほしい。要は食事係だ。どうも君のお弁当なら食べられることが判明した。話した通り、姉は基本眠りっぱなし。食事ももっぱら点滴でね。口から食事をとることが稀なんだ」
「うわお」
あれだけ味覚にうるさいアピールしておいて。久しぶりの食事だったんか。
妹がまだ柔らかいものしか食べられなかったから良かったが、固形物いけてたらマズかったろ、それ。
「まぁ作るのはやぶさかではありませんが。俺の師匠みたいな人の店ごと誘致しません?」
「商店街の人気店なんだろう? 誘致するのは構わないが、そこは本人の希望次第だね」
「あー、固定客がいるから誘致に乗るかどうかって話っすか」
「そうだ。妹さんの応援をしてくれているという話だったが、応援は引き続きネットでしてもらえるようにする。無理してきてもらう必要はないと思うが?」
「妹の件にこれ以上首を突っ込ませるなと?」
「それと君、日本の大手ギルドから眼をつけられてるっぽいね」
「どうしてそれを?」
「私の情報網を甘く見ないでもらおうか。そういう意味でも、君のアルバイト先はマークされている。今は掻き入れ時だろう。件のクランが団体でお越しだろうからね」
「じゃあ、タイミング的にもクラン発足はちょうど良かったと?」
「むしろ君の認識が甘くて心配になるよ。深淵探索者、空海陸君」
「別に隠すつもりはなかったんですが」
「いや、私のリサーチ不足も君に危険が及ぶ真似を引き起こした結果だ。そういう芽は早めに潰すに限る。妹さんだけではなく、君も私が唾をつけていると触れて回ったほうがいいだろう」
そう言って、制服を差し出した。
まるで測ったかのようにぴったりだ。
バトルスーツ。
みうのとは色違いのカーキ色だ。
「お兄たん、あたしとお揃い!」
「似合っているよ」
「はぁ、どうも」
「それでクラン発足までのお願いなんだが……」
どうやらお姉さんが起きてられたのは、今回が最長記録。
何が原因かはわからないが、俺がみうが喜ぶと思って奮発した属性極大魔石結晶じゃないかってあたりをつけてた。
つまりは、俺たちと一緒に暮らしてみたらどうかという話になる。
「待ってください。みうならわかります。どうしてお姉さんも?」
「嫌?」
なんでお姉さんがそっち(肯定側)にいるんですか。
俺と一緒に否定する側でしょうよ!
もっと自分の身を案じて!
「扱いはみうちゃんと同じでいい。それじゃあ頼んだよ」
案内された病室に残されて、九頭竜プロはそそくさと帰ってしまった。
仕事に忙殺されていると聞いていたが、本当に忙しいのかすら怪しくなるほどのフットワークの軽さだった。