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第20話 九頭竜理衣!

 合わせたい人がいる。そんな話をふられて、俺とみうはワクワクしながら撮影を始めた。


 今回はスライムの他に空を飛ぶスライムと、地を這うスライムを出した。

 ぴょんぴょん跳ねるタイプの動きはスラッシュで対応できるが、空を飛び回るタイプは本当に苦戦した形だ。


「もう、降りてこーい!」


「頑張って、みうちゃん! 石を拾って投げてみるのもいいかもね!」


「あ、そうだね。ありがとうお兄たん!」


 えいっ!

 可愛い掛け声と共に放たれる一撃。

 しかしコントロールの悪いみうの投擲は空を切るばかりだった。


「外れたー」


 そこへ団子の様に連なったスライムスネークが忍び寄る。


「みうちゃん、後ろ!」


「ええい、お前なんてこうだー」


 みうは後方にジャンプしながら【スラッシュ】を地面に放った。

 するとそれは地を這っていたスライムスネイクをとらえ、地面に縫い付けていた。


「ナイス、みうちゃん!」


「これで、とどめー!」


 硬直時間の少ない【スラッシュ】で、フィニッシュ。


「お疲れ、さっきの【スラッシュ】は上手だったぞ」


「えへへ。なんかできる気がしたんだよね」


「次は羽根スライムを仕留められる様にしよう」


「まだ難しいかな? それよりお昼食べよ」


「その方がいいか。じゃあ一旦あいつは張り付けておくか。襲ってきても困るし」


 マイクはすでに切ってあるが、カメラを切り、撮影を一旦終える。

 今回の撮影は編集をマシマシにする必要があるな。


「今日のご飯はなーにー?」


「豆腐のハンバーグと茄子の蒲焼きだ」


「わーい、あたしそれ好きー」


「前回のお弁当で好評だったのを持ってきたからな。ご飯もちゃんと食べろよ? 唯一許可が出た固形物なんだから」


 豆腐もナスもそのままじゃダメだった。

 多少噛まなくてもいい様な柔らかさが必須。

 唯一白米だけがお粥まで行かない程度の柔らかさで食す許可が出ていた。


 それ以外の調味料は辛すぎなければ許可が出ている。

 多少の脂っこさもOKだ。


「おいしー! お兄たんはご飯を作る天才だね!」


「そう言ってくれたら作った甲斐があったってもんだ」


「あ、九頭竜プロだ」


「え?」


 振り向けば、そこにはみうくらいの子供を連れた九頭竜プロがいた。


「団欒中に悪いね。何度か声をかけようと思ったんだが」


 つまり、撮影中にはもうここについていたと。

 俺が撮影に夢中になってて気が付かなかったのだという。

 なんたる不覚!


「ああ、いえ。こちらこそ気がつきませんで」


「あたしも気づかなかったー」


 九頭竜プロは微笑み、その後ろに体を隠して頭だけ出してくる少女。


「そちらが例の症例の患者ですか?」


 合わせたい者がいる。そのお相手がこの子かな?


「ああ、私の姉だ」


 ん?

 思考が追いつかなくなる。

 今、なんて?


「九頭竜理衣りえっていうの。みんなは瑠璃のお友達?」


 少女、理衣さんは当たり前の様に九頭竜プロを妹扱いしながら微笑んだ。

 だめだ、脳がバグる。

 どう見ても幼女なのに、お姉さん風を吹かしているので余計に頭がこんがらがった。


「へ、お姉さんなんですか?」


 どうみてもお子さん、または歳の離れた妹にしか見えない。

 ギャップ萌えどころの話ではない。


「見えないだろう? 8歳の頃から眠り続け、その時から肉体の成長がストップしているんだ。こう見えて双子の姉でな、私ばかりが歳をとり続けているんだ」


 それが忌々しいとばかりに、九頭竜プロの口調が荒くなっていく。


「あたしはみうっていうの、よろしくね! 理衣お姉たん!」


 戸惑う俺に対し、みうは真っ向からお姉さんに向き合った。

 そのポジティブさがみうの武器だ。


「みう。そう、あなたなのね。夢の中で呼んでいたのは」


「呼んでいた? 妹がですか?」


 意味がわからない。

 もっと順序立てて説明をプリーズ。


「詳しい説明をしよう」


 九頭竜さんは事情を説明してくれた。

 ずっと寝たきりのお姉さんが起き出したのは、みうから渡された属性極大魔石結晶を持ち帰った後のことだったという。


 突如目を覚ましたお姉さんは、今まで夢の中で他の女の子と遊んでいたのだという。その女の子の特徴が、みうとそっくりだったのだそうだ。


 九頭竜プロに渡したみうのデータログを見たお姉さんは、突如泣き出し。

 ようやく見つけた、とこぼした。


 しかし謎はまだ残したまま。

 どうして突然目を覚ましたのか。

 そしてみうに何をさせたいのか。


「そうだったんですか……しかしそのお姉さんを連れてきたということは」


「ああ、姉さん」


「瑠璃が信用している相手なのね。わかった」


 そう言って、理衣さんは腕に丁寧に巻かれた包帯を解いた。

 そこにはみうと同様に手の甲に緑色の石が嵌め込んであった。


「あたしのとおんなじだぁ!」


 色こそ違うが、手の甲に埋まっているという状態は一緒で。


「ではやはり、契約をしてしまったのね」


「その『契約』というのは、どう言ったものなんですか?」


「私もよくわからないの。だけど私はその直後、眠りについてしまった」


「みうちゃんはお腹が異様に空く様になったのよね? そこから何か判明できないかと思って。今日会わせておきたかったの」


「そういうことですか」


 お互いにまだこれがなんの力なのかを理解していないようだ。

 あれこれ聞くのも失礼だろう。


「お兄たん、あのお話はして大丈夫?」


 あのお話というのは満腹スキルのことだろうか?

 どのみち隠して置けるタイプじゃないし、遅かれ早かれバレることだ。

 俺は頷き、みうに新たな変化が起きたことを提示した。


「あのお話というのは?」


「実はみうにはお腹いっぱい食べることによって【満腹スキル】というのが獲得できる様になったんです。それは一日に一回、満腹になったポイントで取得することができるというものでした。スキル獲得には少なくとも10日の経過が必要の様です。発現してまだ4日。まだ取得してもいないので、それがどう言ったものかも説明できませんが」


「ほう。ならうちの姉も似た様なものが獲得可能かもしれないと?」


「未だ確証は持てませんが、みうと同じ契約を結んだというのなら、その可能性は高いです」


「そうだな、それとは別に相談があるのだが」


 九頭竜プロは何かを言い出そうとして、口ごもる。


「ご相談ですか?」


「実はな、うちの姉が起きてる間だけでもいいので、みうちゃんと一緒に行動させて欲しいと言ってきたのだ」


「うちのみうとですか?」


「あたしとー?」


「うん。この体でうまく動けないことは知ってる。でも、同じ背格好の女の子と一緒なら不思議がられないと思ったの。だめ?」


 九頭竜プロのお姉さんは、その見た目とは裏腹にハキハキ喋るが、却ってそれが違和感を持たせるのだそうだ。


 特に九頭竜プロを妹扱いするもんだから、周囲との齟齬が激しく、何かさせても本を読むくらいしかしないのだそうだ。

 完全にインドア派の思考だな。


 そこでアウトドア派のみうと合わせて反応を見ようと思ったのだろう。


「俺はかまいませんが、みうは大丈夫か?」


「あたしはオッケー! お姉たん、これから一緒に頑張ろ!」


「ありがとう、みうちゃん」


 幼女が二人してキャッキャしてる。

 とても微笑ましい。

 これはビデオに録画しなきゃバチが当たってしまうな。

 俺はそそくさとビデオを用意する。


 しかし俺がカメラを回すのよりも早く、九頭竜プロがお姉さんを被写体にカメラを回していた。

 なるほど。この人もシスコンだな?


 俺のことを言えないくらいな真剣な表情。

 なんとなく通じ合う部分があったのを妙に納得した。


「今回、姉を君に紹介したのはその遊んでる姿を画像に収めて欲しかったからだ。あいにくと私の前では寝てるか暇そうに本を読んでるしかしないぐうたらでな」


 呆れた様な物言いだが、その言葉尻には優しさが滲んでいた。

 ぐうたらと言いながらも、起きていることが嬉しくてたまらないと表情に書いてある。

 一緒に遊びたかったのだろう。

 双子なのに自分ばかり成長してしまったことを悔やんでいる様だった。


「いいえ、いいえ。お互いにこれは家族の幸せな映像を記憶に留めるという試み。お金なんて要りません。むしろどんどん共有していきましょう。ただし、妹は配信者を目指しています。撮影をご一緒するということはお姉さんをそれに巻き込む可能性がありますが、そこはどうお考えですか?」


「うちは探索者の家系だ。遅かれ早かれ目指してもらうことになる。完全に目が覚めたのなら、という話になるがな。それに姉はああ見えて魔法使いのジョブを有している。幼いころよりジョブを発現させていたことから、家族から将来有望と期待されていたんだ」


 しかし寝たきりになってご家族はひどく落胆したという。

 妹の九頭竜プロは、お姉さんの期待を一人で背負って世界で戦ってきたのだろう。

 その表情からはあらゆる感情が読み取れた。


 しかし俺はそこに触れず、みうの仲間に魔法使いが増えたことを素直に喜ぶ。


「なんと、魔法使い! つまり遠距離や飛行系の天敵ですね?」


「ああ、みうちゃんが飛行系に手間取っているのを見てソワソワしていたのでな。きっとやる気は十分だ」


「だったら、こちらからスカウトしたいくらいですよ」


「ふむ、では決まりだな。撮影が終わったら再度連絡してくれ。姉を迎えに行こう」


「プロは、様子を見ていかれないんですか?」


「あいにくと世界で名前を売るとな、個人的な理由で仕事を辞められないんだ。君が羨ましいよ」


 それだけ言って九頭竜プロは廃棄ダンジョンを去っていった。


「お姉さんは」


「理衣でいいわ」


「理衣さんは」


「うん」


「お腹は空いてませんか?」


「大丈ぶ……」


 ぐーーー!


 大丈夫、そう放ったすぐ真下から主張の激しい大音量が聞こえてきた。

 理衣さんはみるみる顔が真っ赤になっていく。


「これから運動をするので、よかったらご一緒しませんか?」


「じゃあ、いただくわ」


「理衣お姉たん! 卵焼き、どーぞ!」


「……もぐもぐ、美味しい! 私が褒めるのなんて本当に稀よ? みうちゃんは愛されてるのね」


 表情豊かに、みうからの卵焼きを頬張っている。

 栄養管理に気を遣った卵焼きだ。

 糖分控えめ、塩分控えめ、油分控えめ。

 それでも美味しくなるように仕上げた一品だ。


 その表情を、早速ビデオに収める。

 こういう映像こそ、九頭竜プロは求めているのだから。

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