「ええ、今日はダンジョンで探索できないの!?」
案の定、妹は楽しみにしていた探索が取りやめになったことをひどく嘆いた。
「なぜか熊谷さんのダンジョンが混雑していてな。たった一人の配信者がきても満足に時間が取れなかった。しかし今回はどうも規模が違う」
「規模って、三人もきたってこと?」
前回の例えで、三人の配信者がきたらみうは全員に首を突っ込むことはできないという答えを出した。なので混雑=3人と言う感覚だが、違うんだよなぁ。
混雑具合をまだ理解しきれていない。
「違う、違う。今度はどうもクラン規模でな。そんな個人規模の話じゃないんだ」
「クランってなぁに?」
そりゃわかんないか。
「うーん、説明が難しいなぁ。なんというか、探索者同士が集まって一つのことを目標に一致団結したグループなんだ。探索者と言ってもダンジョンにアタックするだけではないだろ? ランクを上げるのを最終目的にしたり、強いモンスターとどう戦うかを配信したり。求める需要は人によって変わるじゃん?」
「うん」
「けど探索者個人でやれることには限度がある。ゲットしたドロップアイテムだって、自分で売り捌く販路なんてそうそう持てるもんじゃないからな。そこで政府や企業と直接取引してくれる民間の業者がダンジョンセンターだったりする」
「うん、そうだね? 探索だけじゃお金稼外ないもんね。あたしはお金目的ってより、配信で興味を集める方を優先してるから、弱くてもまだ平気だけど」
「だな、うちらは探索で稼ぐことを主旨としてない。けど、ほとんどの探索者はそれ一本で生活をしている専業が多いんだ。働き口をダンジョン一本に絞っているな。すると色々と問題が出てくる」
「どんな?」
「一人の稼ぎじゃどうしたって限界が出てくるようになるんだ。探索者と言っても、寄れることは千差万別。戦うのが得意な者、素材の売買が得意な者、素材を使ってアイテムを生み出すものが得意な者、みうみたいに配信を目的とした者」
「つまり、お店やさん?」
「お店もそうだけど、会社かな? 個人店舗より抱えてる人数が凄まじい」
「それがクラン?」
「ああ、クランには家族って意味合いがあるんだ。同じ目標に向かって、クラン内で全てやってしまう人たちを雇っているね」
「じゃあ、そのクランの人たちがダンジョンを占領しちゃったってこと?」
「そうだな。目的は不明だ」
「うーん、どうにかして帰ってくれないかな?」
リーダーは昨日俺が通報したので警察のお世話になった。
しかし駆けつけた警察官の話し方から察するに、あの警官もクランのグルっぽいんだよな。
グルというより同じクランメンバーみたいな?
そういえば名前を聞き忘れた。なんてクランだったか。
まぁ、もう関わり合いになることはないだろうから覚えておく必要もないか。
「ということで、楽しみにしてたところ悪いが」
「あたし達もクラン作る?」
どうしてそうなるのやら。
「俺とお前しかいないのにクランを名乗るか?」
「ダメかな?」
「二人だけなら無理にクランを作らなくても、パーティで十分だ。クランて言うのはさ、パーティーがたくさん集まった集団のことを言うんだぞ?」
「そっか」
「それに維持費がすっごいかかる」
「そうなの?」
「みうが入院している間もお金がかかるだろ?」
「あ、そうじゃん。みんなが集まるってことは住む場所も必要なんだ」
「そう言うことだ。ダンジョンセンターの代わりみたいなことを、無償でやれるわけないからな。それぞれの専門の人たちが集まってるんだ。当然、その施設を管理維持するお金も必要ってことだ」
「そっかぁ」
クランがどう言う場所かを説明しながら、俺たちは件の廃棄ダンジョンへ向かった。
その途中、携帯にコール音。
受け取れば九頭竜プロからの通話だった。
「はい」
「誰から?」
俺は通話者の名前をみうに見せる。
そこには憧れの名前が記されていて、しょんぼりとしていた瞳が次第に輝き出した。
『すまないな空海君。所用があって連絡を取れずにいた。そしてみうちゃんの症例に似た人物に心当たりがある。一度会ってもらえないか?』
「今みうと一緒に撮影しようと思ってたところです」
『そうか、今日は撮影日だったか。海外にいたから時間軸がどうもな。わかった直接そちらに向かおう。合わせたい人物もいるからな』
「わかりました。場所の座標を送ります」
『助かる』
誰にも教えてない、廃棄ダンジョンの周辺地図を教えて送信。
通話を切る。
「九頭竜プロはなんだって?」
「なんでもみうに合わせたい人がいるんだって」
「あたしに合わせたい人?」
「みうの症状と似通った状態にある人って言ってたぞ」
「あたしと?」
「今から向かうダンジョンに来てくれるらしい。どうもどこかの空港にいるっぽいから、来るまで撮影しておこうか?」
「うん!」
さっきまでどこか不機嫌だったみうの表情は次第に明るくなっていった。
「次もまたコラボになるなんて、夢みたい!」
「その場合、二本取ることになるぞ。お弁当は用意してきているが、流石に追加分はないな」
「じゃあさ、じゃあさ、お外でご飯食べるとか!」
「お前の食べられる食事だと結構お店が絞られるけどいいのか?」
先生から頂いた食べてもいいですよリストに、まだ脂っこいものやミルク製品は除外されている。
みうの食べたいものリストのほとんどがそれに埋め尽くされているので『希望は潰えた、この世の終わりだ』みたいな顔をしていた。
「ぶー」
明らかに不機嫌です、と言う態度。
そんなに膨れてると、ブチャイクになってしまうぞ?
「まぁ、そうあせることはないさ」
「お兄たんは九頭竜プロとのコラボは嬉しくないの?」
「ありがたいと思ってるよ。みうのそのバトルスーツだって九頭竜プロが提供してくれたものだし」
何より本人が嬉しがってる。それは何よりもありがたい。
俺が何着か買ってやっても、そこまでありがたがったりしないからな。
単純に袖を通す機会が少なすぎるからだ。
ダンジョンに行くたびに着ることになるバトルスーツ。
今じゃこれを着たくてダンジョンに行きたがってるまである。
有り難いことだよ。
みうの病気回復のきっかけはダンジョンにあるんだから。
俺じゃあ、どうすることもできない。
「うん。あ! もしかしてあたしだけバトルスーツを提供されたから拗ねてるんだ?」
「ははは」
そんなわけない。
俺は戦場から身を引いた男だ。
もうあんな場所に未練はない。
「なによー、お兄たんってばすぐそうやってあたしを馬鹿にした笑い方するー」
ポコポコと叩いてくる。
ダンジョンに入る前のみうの握力ではこんなものだ。
ダンジョンに入った後は凄まじい膂力になるので、こうやって馬鹿はやれないが。
ダンジョンに到着し、今日の撮影の日程を伝える。
「今回はいつも通りスライムの討伐。けれど前回九頭竜プロが持ち込んだ魔力が影響して、手強いモンスターが出てくる場合がある」
「今日いなくても?」
「魔力の残滓が残っててもてモンスターは強化されるんだ」
「じゃあ、強い人が戦ってた後のダンジョンってすごく危険じゃん」
「だからランクごとにダンジョンの入れる場所は制限されてるんだよ」
嘘だけど。
「なるほどー」と頷く妹の姿が微笑ましいので、本音は述べないことにする。
「だから今日はスライム以外のモンスターが出てくる可能性もあるぞ?」
そう言う段取り。
熊谷さんとこのダンジョンの続きを体験させてやりたいので、そういうことで納得させた。
「オークだったら、ちょっと厳しいね」
「その場合は俺がサポートするぞ?」
「お兄たん、カメラ回しながら大丈夫なの?」
「俺のは寝ながらテイムも指示出しもできるからな」
「あ、そうじゃん! 一緒に行動してるのに一緒に戦ってないと思ったら!」
寝そべって指示出ししたり。
みうが戦う姿を最高の位置で撮るために壁に張り付いたりもした。
全ては撮れ高を気にしてのことだ。
「それにスライムをテイムして、カメラを回したりも出来〜る」
「テイマ〜ってすごいんだね!」
普通はそんなことできないが、スライムを乗っ取ることで掌握可能だ。
長時間行使するのは脳が疲れるけど、そんなの気にならないくらい撮影は楽しい!
最初はスライムを出した。
カメラは真横からと天井からの二つでコントロール。
最高の撮れ高を目指した。