「へぇ、他の配信者の人って探索者雑学をひけらかすものなんだね」
みうは同業者の様子が気になるのか、ちょいちょい様子を見に行っては率直な感想を述べた。
「そこは人によると思うぞ? みうはありのままの自分を見せるスタンスだ。無理に張り合う必要はないと思うが……」
「でも、ライバルは少ない方がいいよね!」
「何をするつもりだ?」
「実はあたしにいい考えがあるんだよね!」
とても嫌な予感がする。
それは最悪な形でみうを有頂天にさせた。
つまりはそう、よその配信者に自分をアピールして印象付ける。
そのまま自分のチャンネルにリスナーを呼び込もうという大それた作戦のようだ。
残念だったな妹よ。
うちのチャンネルはネットで登録者を増やせない仕様だ。
が、それを知らないからこそたどり着いてしまう、最悪な流れ。
「お前それ、配信者として最悪の行為だぞ? うちのリスナーさんを泣かせるつもりか? みうちゃんはそんなことしない! って信じてくれる人を裏切る行為だぞ」
「うっ」
「お前はありのままでいいんだ。ちょっと同業者とかち合ったくらいでいちいち意識してたら身が持たないぞ?」
「だってだって〜」
「今回はたった一人だからつい張り切ってしまったんだろうが、これが3人とブッキングした場合はどうだ? お前の体は一つしかない。全部の配信に顔を突っ込むつもりか? 増えるかわからない登録者数のために?」
「それは無理だね」
「だろ?」
「うん。あたしが間違ってた。ごめんね、お兄たん」
「わかればいいんだ。それより腹減ったろ。飯食うか?」
「わーい、ご飯!」
病院以外でのご飯は初めてだろう。
ましてや清潔とも言えないダンジョンの中でのご飯である。
「今用意するから待っててな」
背負っていたリュックからレジャーシートを弾き、地面の凹凸が気になる部分には適当にテイムしたスライムを緩衝材として設置面に挟んだ。その他に毛布、敷布団などで病院のベッドを再現。
「ふかふかー」
「ダンジョンの床は硬いからな。ちょっとした工夫だ」
「スライムってクッションにもなるんだね、万能〜!」
「スライム使いの俺ならではのアイディアだ。テイマーってのは頭を使うことで本来の二倍も三倍も便利に扱えるジョブだからな」
「へぇー」
「すみません、少しいいですか?」
俺がテイマーのノウハウをみうに教え込んでいる時。
横合いから声が飛んできた。
「ええと?」
少女は随分とかしこまってくるので、先程の探索配信者と同一人物なのか一瞬理解が及ばなかった。
「失礼、私はこういうものです」
名刺をもらう。そこには配信チャンネル名と、探索者ネーム、プロダクションの連絡先が記入されていた。
威高こおり。どこかで聞いたことあるな。
どこだっけ?
「お兄たん、お知り合い?」
「探索者学園時代の同級生でした。空海くんは忘れてしまっているようですけど」
「ああ、ええと。ごめん。学園時代はそんなに周囲と仲良くしてなかったから」
「いいえ、覚えてなくても無理はありません。今の私はメイクの力を借りて偽りの形をとっているだけですから」
そう言って、在学中の写真を手渡して。
「あ!」
俺の記憶が蘇る。
「隣の席の、記録係だった?」
「思い出してくれました?」
「ごめん、色々助けてもらったのに、ダメだな。忘れっぽくて」
「お兄たん? 紹介して」
「ああ、この子は……」
威高こおり。在学中に隣の席で、一緒にダンジョンに潜ったことが何度もあった。
そういう関係だ。
言ってしまえば同じ班だったに過ぎないが、俺がユニークテイマーであることを打ち明けた一人かもしれない。
そこで色々検証にも付き合ってくれてんだっけ。
「彼女さんだったんだ?」
「かの……うふふ」
おっと、威高さんの様子が柔らかくなったぞ?
「いや、違うぞ?」
しかし勘違いされても仕方がない。
俺ははっきりと否定してやった。
「空海くん!?」
「めちゃくちゃがっかりしてるよ?」
「ただのクラスメイトという認識しかなかった」
「ですよね、私なんてどうせ、所詮……クラスじゃ壁の花で」
「落ち込んじゃった」
昔から引っ込み思案な子だったしな。
しかし彼女ヅラされても困るし、みうに気を使わせてしまう。
「で、そんな威高さんが俺たちに何用かな?」
「久しぶりに顔を見かけたから、妹さんが元気になったのかなって」
「ああ、見ての通り、と言いたいところだが。これは妹の表情の一面に過ぎない」
「一面ですか?」
「ああ」
俺はみうの病気の症状を並べ立てる。
生きてるのが不思議なくらい、検査の数値が悪く、ダンジョンの中に入るとそれらが全て回復する。不思議な現象であると説明する。
「そうなんですか、完治からは程遠いと?」
「難しい問題だな。だが、光明も指している」
「と、いうのは?」
「スキルの発現だ。みうが使った【スラッシュ】、一般に出回っているものとは違うだろ?」
「ええ、それは確かに。おかげでリスナーさんたちに説明する時に苦労しました」
「威高さんは相変わらずか」
「相変わらずって?」
「教科書通りの説明しかできない頭でっかちって意味だよ」
「それの何がダメなのー?」
「何事にも特例ってものがあるんだ」
「特例ー?」
「みうの【スラッシュ】とかだな。他のスキルとの枠組みから逸脱した超越スキルだ」
「そんなにすごいスキルだったんだ?」
「普通【スラッシュ】は切り払うものだからな」
「あ、じゃああたしの【スラッシュ】と違うね」
「普通はそうなんですけど、妹さんのは」
「切ったり、突いたり、払ったり。なんなら瞬間移動してバラバラにするのが理想だよ?」
「これがみうの特異性を表している」
「たかが【スラッシュ】ではないと?」
俺は頷いた。何せ覚えようと思った相手が相手だ。
「威高さんは九頭竜瑠璃プロをご存知で?」
「知らない方がモグリだよ」
ごもっとも。
けど俺はモグリなので知らなかった。
「みうの【スラッシュ】はな、九頭竜プロの【スラッシュ】を見て覚えたんだ」
「見て覚えた!? ジョブ由来のものではないと?」
「ああ、きっとジョブによる縛りから解放された超位スキルなんだろうな。実際にあの人の【スラッシュ】は対象との距離を詰めて通り過ぎ、対象物を細切れにするものだった。一般的な【スラッシュ】と一線を画す」
「確かにプロの【スラッシュ】は恐ろしいほどまでに完成されたものです。もしかして最終系がそれだからこそ?」
「ああ、なんでもできる。文字通り、その完成系に至るまでの全てが再現できる」
「ありえないよ」
教科書通りの回答しか持ち合わせない威高さんは言い切る。
しかしダンジョンの深淵に至った俺だからこそこう回答できる。
ありえない、なんてことはありえない。
それはただ知らないだけだ。そういったスキルが存在することを。
知ってなお、認められないからこそ歴史に残されない。
説明しようがないからだ。
「ああ、歴史上、それができた人物はいない。だが、実際にここにある。とはいえ、みうは病人だ。マスコミの質問責めに答える頭も語彙力もない」
「お兄たん、今あたしの悪口言った?」
「みうがすごいって説明したんだよ」
「ならヨシ!」
妹は耳がいい。
なお、自分に都合にいい話だと分かった途端に難聴になる。
とても都合のいい耳をお持ちだ。
話を本題に戻す。
「それでな、みうがスキルを覚えてから、体調が回復した」
「まさか、難病回復の特効薬が?」
「ダンジョンにあるんじゃないかと踏んでいる」
「そうでしたか。だからダンジョン内で探索を?」
「いや、本来はこれに付け加えて配信者としても活躍してるんだ」
「寡聞に聞かないですけど、どのようなチャンネル趣旨を?」
「今データを渡す。ダンジョン内じゃ見れないから家に帰ってから確認してくれ」
「確かにいただきました」
データを受け取り、大事そうに布に包んでからマジックペンで何やら書き込んでいる。なぁ、それちゃんと開封して中見るんだよな?
しまい方が一生の宝物を封印するようにしか見えないんだが。
「それでな、今回の配信のことなんだが」
「すっかり放送事故扱いですよ」
威高さんはリスみたいに頬をパンパンにさせた。
あら可愛い。在学中では見せなかった一面を垣間見た気がする。
そりゃそうだよなぁ、あれだけみうが暴れ回ったら放送事故も確定か。
どうやって誤魔化すか考えていると。
「特に空海くん! あなたです」
「俺?」
予想だにしない回答をいただく。
「お兄たん、何かしちゃった?」
みうが困惑気味に尋ねてくる。
俺たちにとっては普通の光景だが、威高さんにはさぞ奇妙に映ったらしい。
「あのモンスター合成とはなんですか? 一介のテイマーが持ってるわけないやつですよね?」
「威高さんは知ってると思うけど、俺のジョブはユニークテイマーだぞ?」
「在学中に見せてくれませんでしたよね?」
おっと、藪蛇を突いた。
確かに在学中に、クラスメイトの前でモンスター合成は見せたことがない。
せいぜいが同時にテイムして使役させたくらいか。
「実は、モンスター同士を掛け合わせて全く新しいモンスターを生み出すことができる」
「信じられない! それを証明すれば学園を退学しなくたってよかったんではないですか?」
俺は過去に学園を自主退学させられている。
彼女はそのことを言っているんだろう。
みうが聞いてないぞって顔で見てくる。
「いやだよ、面倒臭い。それに守銭奴の理事長に利用されるのがオチだろ?」
「それは否めませんね。だから隠した?」
「そういうこと。ちょっと同時に扱えるテイム数が多いくらいだったらそこまで狙われないだろ?」
「ええ、でしょうね。ですから理事長はあなたを邪魔者と判断した」
「例の末娘の件か」
「ひかりさんを知っていたんですか?」
「何かにつけて連れ回せば自ずと勘繰るものさ。確か学年2位で俺のすぐ下についていたな。一位がそんなに羨ましかったか?」
「なんでもトップの方が箔がつくというお考えなのでしょう」
「それでお兄たんが邪魔になって退学だったの?」
「いや、その頃にはもうダンジョンになんの魅力もなかったし、頃合いだったんだよ。稼ぐだけ稼いだしな」
「うちにお金あったの?」
「稼ぎってのは何もお金だけのことじゃないんだぞ?」
「よくわかんない」
稼いだのは秘薬。ポーションや仙桃、エリクサーなんかがそれらだ。
お金に換算すればそれこそ数千万はくだらないだろうが、別に金にするのが目的じゃない。
みうが元気になってくれたらそれでよかった。
「そうですか、随分とあっさり辞めたと思ったら。学園になんの未練も持ち合わせていなかったと?」
「面倒ごとは嫌いなんだ」
「空海くんは昔からそうでしたね」
「だっけ?」
俺の何かを知っているぞ、と匂わせる威高さん。
ちょっと不機嫌そうにみうが俺の裾を掴んでくる。
「と、まぁそんな感じだ。それと、これは俺からの警告なんだが」
軽く後方へ警戒を飛ばす。
伊高さんの取り巻きが、あまり良くない視線を俺たちに向けていたからだ。
「警告、ですか?」
「ああ、俺たちのバッグには九頭龍プロがついている。妹のバトルスーツを見てくれればわかると思うが」
チラリと視線誘導。
色合いこそピンクと女の子らしいが、意匠は確かに九頭竜プロの専属バトルスーツのものである。
「妹に手を出せばどれだけの被害が出るか考えておいてほしい。あと、俺も容赦しない。俺の実力は威高さんもよく知っているよな?」
「もちろんしませんよ。なんでそんなことをすると?」
「女配信者のリスナーってのはとにかく周囲に男の気配があるだけで感情を昂らせるところがある。伊高さんのリスナーも例に漏れずってやつだ」
「ごめんなさい、少し気を緩めてしまって」
まるで恋人に接するような態度であったとここに至って反省してくれたようだ。
困るんだよな、そういうの。
みうがやたらと聞いてくるからさ。
女子ってなんで恋バナが大好きなんだろうか。
「俺のことは元クラスメイトとでも話してくれ。そうだな、その学園の主席で、憧れの対象だったでもいいぜ?」
「盛りすぎじゃないですか?」
「事実だろ?」
「それで空海くんが困らないのであればそうしますが」
「じゃあ、頼んだぜ」
それっきり、一切連絡を取らないまま別れた。
はてさて、彼女はどうやって俺を弁明してくれるのか、楽しみだ。
なお、依頼は無事失敗して200円の違約金を払った。
話が長いんだよなぁ、昔から。
まぁやる気だけはあったから、彼女。