俺はみうから聞いた情報を早速九頭竜プロへとメールで送信する。
それとは別に熊谷さんにも情報の共有をした。
こういったことは素人が闇雲に探し回っても正解に辿りつかない。
だからと言って超一流の九頭竜プロはスケジュールが埋まりすぎて手が空いてない。確かに権限はあるのだろうが、本人の手が空いてないのでは意味がない。
そこでダンジョンセンターが浮上する。
素人ほど無知ではなく、そこそこにダンジョンへの知識があり、医療関係とも連携が取れている組織。
その上で熊谷さんとは秘密を共有し合う仲だ。
「成功報酬は属性の極大魔石結晶、または上級ポーション。どちらでもいいよ」
「なんでお前は100か0かなんだ。間の10や50でも喜んで引き受けてくれる業者はいるぞ?」
「熊谷さん、俺はね。別に妹を実験動物にしたいわけじゃないんですよ」
「その成功報酬は口止め料も入っていると?」
「話が早くて助かります」
「と、なると極大魔石結晶が遺品という話はデマか?」
「どうでしょうね」
「お前さんと話をしてると調子が狂うな。だが、お互いに表に出せない秘密を扱う同士だ。報酬分の仕事はするさ。期日はのほどは?」
「そこまで急ぎませんが、妹の体調次第ですね」
「まぁな。命の危機だって話じゃないか。以前の撮影を見る限りでは元気一杯だったがな」
「あいつは昔からダンジョンに入ると何故か元気になるんですよ」
「一般人の無許可でのダンジョンの出入りは法律上禁止されてるぞ?」
「ああ、生きてるダンジョンじゃありませんよ。廃棄されたダンジョンです。ただの穴蔵です。そこに入ったら、なんか元気になったんですよ。それからですね、妹がここでならたくさん運動できるって言い出したのは」
「昔からダンジョンに深い縁があると?」
「もしかしたら、妹がダンジョンで生まれたからかもしれません」
「ダンジョンで?」
「俺が小さい頃の話ですので、詳しくは不明ですが。母さんが産気づいたのがダンジョン内だったとか。それからダンジョンに異様に興味を示すようになってましたね。俺としては元気で過ごしてくれるだけでよかったんですが」
「なるほどなぁ。そこら辺も合わせて探っとくわ。で、今日はアタックしてかないんだな?」
「みうの検査次第ですからね。今は食欲が良くなったそうなので、もしかしたら週あたりのアタック日数は増えるかもしれません」
「そりゃ結構だ。本当に今ダンジョンは人が来ないからな」
「いっそ、ポーションが出土したって言いふらせばいいんじゃないですか?」
「馬鹿野郎。俺の手が空かなくなるわ。妹さんの症例を調べるのが後回しになってもいいってんなら俺は構わねぇぜ?」
「やっぱやめましょう。ここは多少暇なくらいで十分だ」
「そういうことだ。ただでさえ、ここは左遷先みたいなもんだしな。忙しいのは春先だけで十分だ」
駆け出し探索者の登竜門として、いくつか残しとかなくちゃいけない一つがそのダンジョンだという。
なんというか、活力に満ちてない理由はそこか。
みうが違うダンジョンに行きたいとか言ったら泣くかもしれない。
ダンジョンセンターを後にして、最寄りの総合病院へとやってくる。
みうが入院してるのがここの4階なのだ。
看護センターで面会の申し込みをしつつお風呂の予約も入れておく。
普段はそんなに動かないからお風呂の予約もそこまで入れないんだが、どうもいっぱい食べてるようなので念の為だ。
元気になると動き回るし、汗もかくからな。
「おにいたーん! 見て見て見て見て見て見て見て見て見て」
「おうおう、どうしたどうした。今日はいつになく元気だな」
元気すぎて周囲に迷惑をかけてないか心配になる程だった。
「あたしね、お腹がすごく空くって言ったじゃん?」
「ああ。聞いたな。すごく食べると」
「それでね、お腹いっぱい食べさせてもらえたの!」
「ああ」
「そしたらね、『満腹ポイント』が1貯まったの! この【満腹スキル】、どうやらあたしに授けられた新しい力みたいなんだー」
「誰が言ってたんだ?」
「え? かみさまだよ。食べ物の神様」
夢の世界から話しかけてきた住人は、どうやらみうの中に住み着いているようだ。
住み着く、というより一心同体になっているのかな?
何やら頭の中へ呼びかけているらしい。
それにしたって神様がたった一人に居着くものか?
「神様はそばにいる? 声だけ聞こえる感じか?」
「声だけだね。食べるのがどんどん楽しくなってきちゃうの!」
「へぇ、どんなのだ?」
子供は基本、話しかけてきた時は否定せずに耳を傾けてやるくらいでいい。
話がしたいというより、話を聞いてもらいたいだけだったりするからだ。
みうもその傾向にある。
昨日は頭ごなしに否定したから膨れてしまったが、本来なら自分一人だけ感じ取れて薄気味悪かった。それを突き放した形なので心細かったんだと思う。
俺から突き放されたと感じたみうは、そのよくわからない相手と距離を縮めてしまった。
今はまだ、余計なことはしていないけど。
用心するに越したことはないな。
「この【満腹スキル】、使うとお腹が減っちゃうの! その分いっぱい食べられるんだけど、注意点が一つだけあって、貯められるポイントは一日一回までなんだって!」
そりゃ、ポイント欲しさに暴飲暴食されたら俺が困るからな。
「神様もポイント欲しさに暴飲暴食するみうを見たくなかったんだろう」
「そうなのかな?」
「ああ、みうが元気になるための【満腹スキル】だ。健康を害するほど食事に夢中になって欲しいわけではないと思うぞ?」
「食べ過ぎたらダメなの?」
「ぶくぶくに太ったみうをリスナーさんたちはどう思うだろうな? それに、動きが制限されて探索配信は厳しくなるぞ?」
「ぶくぶく、嫌ー」
「だから満腹にするには一日一回でいいと神様も仰ってくれるんだ。みうに気を遣ってくれたんだな。焦らなくていい、今はしっかり味わって食べなさいと言ってくれるんだ。いい神様じゃないか」
「そっか」
「それに兄ちゃんなら、せっかく覚えた【スラッシュ】をおろそかにすることはないぞ」
「そうなの?」
「ああ、だって【スラッシュ】はいくら使ってもお腹が空かないんだ。いくらでも使えるからメリットがある」
「うん」
「でもそれだけじゃ手が間に合わない場合、そこに差し込むのが新たなスキルだ。【満腹スキル】はお腹が減るというデメリットこそあるが、きっと【スラッシュ】よりも強力なスキルになるだろう。ただお腹を空かせるためじゃなく、考えて使わないといけない制約がある。主に使い過ぎて空腹で倒れないようにするとかな」
「難しそう」
「そういう心配は覚えてからにするんだな」
俺はみうがやりたいと思っていることを否定しない。
それがよくわからない力であろうと、みうが元気になった力でもある。
否定した後にもっと悪い方向に進んだら事だ。
俺は受け入れ、その上で監視することに決めていた。
「スキルは覚えてもいいの?」
「俺はみうにたくさん食べてもらうために料理系のアルバイトをしてるんだぜ? むしろ腕の見せ所ってやつさ」
「そだね。でも、お兄たんが作ってくれるんなら安心!」
「なので飯に困ったら兄ちゃんに頼れ!」
「うん!」
「それで、満腹スキルを扱う上での懸念点はそれだけじゃないんだろ?」
「やっぱりお兄たんはわかっちゃうか」
「飯を食うだけで使用可能になるなんてスキルのデメリットが、それだけであるはずがないからな」
俺のユニークテイマーも、獲得する経験値とドロップが0になる呪いを受けてるからな。
「実はね、そのスキルでモンスターを倒すとドロップが0になっちゃうんだー」
「経験値は?」
「うん? 経験値かー。え、そっちは平気? そっちは大丈夫だって」
例の存在と話していたのだろう。
みうは虚空を見上げた後に何度か相槌をして、俺の質問に答えた。
これじゃ精神に支障をきたした患者のようじゃないか。
これは退院が難しくなるやつだぞ?
「ドロップ0になるのは痛いな。ドロップをなくすってのは稼ぎがなくなることを意味する。お前の好きな魔石も出てこないんだぞ?」
「でも得られるスキルはどれも強力なんだよ!」
みうは自慢するように教えてくれた。
話をかいつまんで聞いた限り、どうもコストパフォーマンスに優れない分、効果は大きいようだ。
「みうはどれを選択するんだ?」
「あたしはこれを選択するつもりー」
それは相手の命を消費して自身の傷を治す『良く食べる子』というスキルだった。
他にも、一日一回限定だけど、満腹時に即死ダメージ無効の『我慢できるもん』だったり、
満腹ゲージを消費して相手を癒す『おすそわけ』など、ユニークなスキルが揃ってる。
一見可愛い感じのスキル名に騙されがちだが、普通に凶悪なスキルが混ざってるのが絶妙に怖い。
特に周囲一帯から満腹ゲージを強制的に奪う『みんな平等』とかもちゃっかり混ざっている。
強いスキルほど、満消費が重い傾向にあるので連打はできないが、うっかり覚えてしまったら、どんな二次災害が起こるか分かったもんじゃない。
俺のユニークテイマーだって、俺のこれからの人生を食い潰すことが確定している。
他のテイマーから見て強いかもしれないが、俺の今後のレベルアップは絶望的だった。
まぁ、それはテイムしたモンスターに限る話なんだが。
テイムしたモンスターでモンスターを倒す分には問題ない。
経験値はまた別の制約で一切手に入んないんだけどな!