あれからスライムを使った採掘はうまいこといかなくなった。
というか、ルビーにリソースを食わせ過ぎてたんじゃないかと思うくらい、青銅石すら発掘しなくなってやんの。
いや、なんとか5個は取れたけど、これじゃあ大して稼ぎにならないという感覚はあった。
代わりにモンスターはいっぱい襲ってきた。
よもやルビーを奪われるとは思ってなかったのかもしれない。
「お兄たん!」
「数が多い、分担作業だ。バットは俺とスライムが受け持つ。スライムの方は数が多いがやれるか?」
「あたしには九頭竜プロがついててくれるもん!」
それにスキルもあるから大丈夫!
すっかり数匹のスライムをしばいていい気になっていた。
「モンスター合成! ジャイアントスライム!」
俺は四匹同時使役中のスライムを合体させて体積を倍化させていく。
これの旨みは純粋に枠が余るのだ。
「お兄たんのスライム、おっきくなってるよ!」
「これで間違えずに済むだろ? ジャイアントスライム、バットを蹴散らしてやれ」
「ピギー!」
巨大なスライムは天井と地面を繋ぐスライムの柱となった。
上空を飛ぶことで優位性を保つバットも、このダンジョンにいないスライムとの邂逅にうまく対応できずにバタバタとスライムの中でもがいている。
「これでバットからの邪魔はされない、みう!」
「スラッシュ!」
ビシッと格好をつけてから、スキルに体を任せるように、一突きで三体のスライムを串刺しに。
続いて横に薙いでフィニッシュした。
スキルを使ったので、今のみうには一撃必殺である。
「すごいぞ、みう!」
「なんか、狙ったらできちゃった! 木の棒より全然使いやすくて、これがあたしの武器だって、イメージがビビッときちゃったんだよね」
そのイメージは大切だ。
コツを掴んだらみうのスライム討伐速度は格段に上がっていく。
ただ、速度はあがれど全くと言っていいほど魔石が落ちない。
みうもどんどんとやる気が落ち込んでいくのがわかった。
そこで俺が補足を入れる。
それがダンジョンによってのモンスターの強さに上下があることを説明する。
「どうやらこのダンジョンのスライムは、前のダンジョンのスライムに比べて随分とリソースを注いでないみたいだ」
「リソースって、さっきのルビーみたいなもの?」
「ああ。これはダンジョンに限った話じゃないが、みうだって生活するときに運動に力を入れてたり、勉強に力を入れてたりその時々で違うことをしているだろ?」
「うん。今日はリハビリで体を動かしてるよね? 普段はベッドの上でお薬飲んで安静にしてるよ?」
「そうだな。これはダンジョンも同じで、生成するモンスターがまばらな時に起きやすいんだ。例えばドロップなんかが顕著でな。以前のダンジョンはスライムしか出なかったが、絶対に魔石が出たろ?」
「うん。けどこのダンジョンは?」
「モンスターにドロップさせるアイテムにリソースがうまく割けていないのかもしれない」
「つまり?」
「普段からお薬の日、リハビリの日、手術の日と分けてやってるのを、いっぺんにやろうとしてしまってるんだ」
「うわ、それは大変だね」
「みうだって全部のことをいっぺんにやろうとしたらどれかがおざなりになっちゃうだろ?」
「うん、あれもこれもはいっぺんには無理。今日も今から手術あるって言われたら、気持ちの整理がつかないし」
「そうだな。このダンジョンはモンスターを多く出すタイプのダンジョンで、ドロップアイテムはそこまで期待できないのかもしれない。その代わり、採掘やら採取品を幅広く取り扱ってるみたいだ。ほら、早速うちのスライムが何か見つけたみたいだ」
「よくわかんないけど、ダンジョンも大変なんだね」
「ダンジョンごとに特色が違うんだよ。ここはここ。前のは前ので」
「行く度に変わるんだね! わかった!」
今回は特にリハビリがメインだ。
それに比べて少しわくわくイベントが多すぎたな。
もう少し分配を考えなきゃ。
今後はここに通うのだ。
二、三回行ってすぐ制覇できてしまったら意味がないのだ。
ここが家から最も近いダンジョンなのも事実なので、体が治るまでは通うつもりでいる。
それから何個か宝箱を見つけて、ポーションなんかを持ち帰る。
当然、その宝箱は空っぽだったが、俺が後出しでポーションを入れた。
ポーションを見つけたぞ、と言えばみうは喜んでくれた。
熊谷さんにはこれくらい多めに見てもらわないとな。
属性付き極大魔石結晶よりマシだろう。
「クマおじちゃん! ただいま」
「おかえり、みうちゃん。坊主も、もういいのか?」
「無事に帰宅してこそ探索者ですからね。今日はこの後お風呂の予約入れてるんで、今日はもう帰ります。いっぱい動いて汗かいたもんな?」
「うん! それと、これー!」
みうが鞄から戦利品を取り出した。
「おお、随分とまた持ってきたな」
「ハズレばっかりだったの! これ、お金になりますか?」
「一個あたりでの価値はつかないけど、これがこれくらい集まったら価値がつくよ」
熊谷さんは青銅石を5個掴んでようやく500円になるという。
実際に随分と割増の価値設定をしてもらってる。
10個で500円でもありがたいくらいなのに、子供に甘いんだろうな。
それとも極大魔石結晶を持ち込まれなくてよかったって安堵してたんだろうか?
「500円か。よかったな」
「うん、もうちょっと稼げるようになりたいな」
「うちのお金の心配ならしなくていいって言ったろ?」
「そういうのじゃなくて、自分で稼いだお金でお兄たんにプレゼントしたいの!」
いつももらってばかりだから、お返しがしたいのだそうだ。
そういうのは無事に笑顔を見せてくれるだけでいいと言ってるのに。
誰に似たんだか、妙に頑固なところがある。
「それとこれも」
あえて俺から手渡したのは、ポーションとルビーだ。
「おいおい、こんなのが出てきたとなったらうちのダンジョンに人が殺到するぞ?」
「どうにかできませんか?」
「買取ってことなら上に通達しなくていい」
みうがなんのお話? って顔で俺を見上げている。
ポーションとは、ダンジョンの中層以降に行かなければ滅多に出て来ないタイプの秘薬を指す。
医療関係が喉から手を出すほどに求めている品であり一本当たり数十万円出す医者もいる。
最低ランクのポーションですらそうなのだ。
それが出土したという広報は瞬く間に探索者のコミュニティに広がり、ここにも人が殺到するだろうことを恐れている。
しかしそれは自分のポケットに入れるならば話は別だと言ってきた。
「随分と杜撰な管理体制ですね」
「表に出すと困ることの方が多いものもあるのさ」
特にポーションがその代表みたいなもの。
特に加工せず、封を着れば誰でも扱える手軽さが魅力。
魔石なんかは研究所に回さないとエネルギーに変換されないことから、個人間で取引してもほとんど価値がつけられない。
その中間代行サービスをダンジョンセンターが買って出てくれている。
ちなみにダンジョンセンターを間に入れるとマージンを何割か持っていかれるので、独自の販売ルートを持ってる人は寄りつかないらしい。
とは言え、二束三文の石ころが数百万から数億になるのだから夢のある話だ。
魔石そのものがいまだに謎が解明されてないオーパーツみたいなところあるしな。
「じゃあ、買取で」
「毎度。額が額だからすぐには口座に入れられないがいいか?」
「別にそこに生活費求めてるわけじゃないからいいですよ」
「そりゃ助かる。そしてこっちだが、うちじゃ扱えないな」
熊谷さんはポーションを懐に入れ、ルビーを突き返してきた。
「これってただのルビーじゃないんですか?」
「これはダンジョンコアだ。だいぶ古いものだがな。とっくに廃棄されたコアだろう。こういうのは一部のコレクターは欲しがるが一切値がつかないもんなんだよ。だってそいつがダンジョンの元になってるんだぜ?」
「だってさ、みう。お金にならないらしいぞ?」
「えー、こんなに綺麗なのに?」
「綺麗さより危険さが上回るかららしいな」
ダンジョンコアの話は俺も聞いたことがある。
それを持ち帰った探索者が、自宅ごと第二のダンジョン発生に巻き込まれたって教科書に載る事件になった。
だから見つけ次第破壊するのが正解とされている。
それに伴う危険もつきまとうが。
「破棄するならウチで預かるぜ」
「そういうサービスもしてくれるんならありがたいな」
「もちろん、別料金だ」
絶対にそれ、お高い金額ふっかけられるやつでしょ。
俺は詳しいんだ。
「ケチ」
「ケチー」
俺とみうの言葉がハモる。
「なら、破棄の件はなかったことになるな。まぁこれくらい力が弱いんならすぐにどうこうはされないだろ」
「大人がそんな適当でいいのかよ」
「何言ってんだ。探索者ってのはダンジョンなんていうよくわかってないものを取り扱ってんだぜ? これくらいの感性でなきゃやってけんのよ」
「ごもっとも」
「なぁに、こうやって見てる分にはただの綺麗な石ころさ」
「適当だなぁ」
その日の探索は青銅石の500円と、ポーションの30万円。
価値のつかないダンジョンコアで決済となった。
みうにはポーションの値段は1000円ぐらいだと言っておいた。
あんまり高い金額が手に入ったとなると、パニックを起こすからな。
今はこれでいい、これでいいんだ。