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第5話 思い出作り

 次の撮影に向けて、妹はネットでコーディネートで頭を悩ませていた。

 大元の悩みの原因は、探索用の服に可愛い組み合わせがないということくらいか。

 実用重視なんだよな。


 それでも有名探索者はオリジナルの衣装で着飾っている。

 九頭竜プロなんかは見た目が麗しいから、何を着ても似合うのだが、みうは自分の背丈が同年代に比べて小さいのを気にしている。

 だからサイズがー、これだと腰回りがーと煩わしい気持ちに悩まされている。


「ピクニックに行くわけじゃないんだぞ?」


 りんごをうさぎの形に剥きながら釘を刺す。

 あくまでもいつものスライム叩きの配信を一緒に見守るというだけのものだ。


「もー、お兄たんは女心がわかってないんだから!」


 シャリ、もぐもぐと切ったリンゴを頬張りつつ。

 でも視線はタブレットに向けている。


「そんなに焦って食べるとむせるぞ?」

「ゲホ、ごほ!」

「ほら、言わんこっちゃない。水持ってくるから待ってろ」

「ごめんね、お兄たん」

「いいってことよ。これくらいさせてくれ」


 手慣れたものだ。病室に備えられた洗面台から水をコップに注ぐ。

 基本的には見回りに来た看護師さんに頼むが、面会に来てる時くらいは俺がしてやるのだ。


 ただの水では飲み込みにくいので、ここで一つ呪いをかける。

 ポケットから取り出したポーションをひと掛け。

 ちょっとした擦り傷や腹痛を治す程度の低級ポーションだが、ほんのりとハーブの風味が効いている。

 こいつを水にちょっと混ぜて飲ませてやるのだ。


 これで治ってくれたらと何度も願うが、回復の兆しは未だ見えない。

 今はまだ意識がしっかりしてるが、普段は本当に寝たきりなのだ。

 意識の回復がしてきているのはポーションの効果であると信じたいが、あまり期待し過ぎないほうがいいと言われていた。


「ほら、水だ」


 なんて事のない水道水として飲ませる。


「お兄たんの入れてくれるお水って不思議と飲みやすいんだよね。なんでだろ?」

「早く治ってくれって祈りがたっぷり込められてるからな」

「そっか!」


 そう言ってチビチビと大切そうに飲んでくれる。


「ンフー!」

「どうした? 鼻息を荒くして」

「いつまでもこんな幸せな時間が続けばいいなって!」


 どこか苦しそうな顔色だった。

 こいつ、無理してるんじゃないか?

 それを俺に悟らせないようにしているのではないか?


 不思議とそんな不安が込み上げてくる。


「何言ってんだ。病気を治して探索者になるんだろ? 次の撮影はみうの配信者としての箔付けにもなる。あの九頭竜プロとのコラボ回だ。こんなところでくたばってられないぞ?」


「うん、そだね! 頑張って病気に立ち向かわなきゃ!」

「いつもスライムにしてやるように叩いてやれ! 今のみうならできるさ」

「うん!」


 俺がみうを連れ出してスライム叩きをさせたのはこういう背景があったからだった。


 昔から家と病院を往復した生活を送っていたみう。

 病気をやっつけるというイメージが湧かない妹に、戦うという事、争うということをスライムを通じて教えたのだ。


 苦しい病気も、スライムに見立てて殴って討伐してしまえ。

 俺のそんな気持ちが、スライム叩きを始めてから日に日に強くなっていった。


 最初は朧げな夢でしか無かった探索者という職業。

 それが日を追うごとに「もしかしたらなれるかも?」という手応えに変わりつつあった。


 ここまで希望を持たせるのには本当に苦労した。

 俺が探索者学園に通ってる時の妹は、人生に絶望していたからだ。


 たまにしか見舞いに行けてなかった。

 時間通りにしか見回りに来ない看護師。

 お医者様も手の施しようがないと言っていた。


 定期診察にはくるが、二、三質問して終わり。

 病気を治す気がない投げやりな診察だというのは子供のみうにもわかったという。

 何かにつけて何も気にもなれなかったみうを、俺はなんとかしてやりたかった。


「お兄たん」

「んー?」

「ありがとうね、あたしにこんなに良くしてくれて」

「何言ってんだ。兄ちゃんなんだから当たり前だろ?」

「でも漫画のお兄ちゃんてどこかぶっきらぼうで妹には冷たいのが普通みたいだよ?」

「ヨソはヨソ。ウチはウチだ。他の家庭を見て、無理に自分もと合わせてやる必要はないんだぞ? お前はお前だ、みう」

「うん……」


 どこか自信なさげにしている妹の自信を持たせてやる。


「それに、今からキャラチェンジをしてもリスナーさんは困惑してしまうぞ?」

「そっか」


 自分に迷ったら、すでに始めてしまった配信業を盾に言葉を投げる。

 一定の人数に受けいられたという事実は、友達が一人もいない、たった一人の家族しかいないみうにとってこれ以上ないくらいの心の拠り所になるから。


「今のうちから告知しとくから、次の配信までのコンディション整えとけよ? まだまだこれからだぞ? お前の人生はこれからだ。 全力で楽しまなくてどうする?」


 ここでおしまいにしてやるかよ。

 俺が、お前を導いてやるんだ。

 お前の命はこれからなんだって、言い聞かせてやる。

 まだ死ねない。プロとコラボだ。

 その前に死ぬなんて言わせないぞ?


「えへへ、そうだね。ありがとう、おにーたん」

「どういたしましてだ。それに、ここで一人だけ1抜けされたら、兄ちゃんだけ準備してて恥ずかしくなっちゃうだろ?」


 病気を治して、一緒に探索者をするんだろ?

 なんでもいい、なんでもいいから妹に生きる希望を持たせたい。

 もう何をしたって無駄だなんて思ってほしくない。


「えへへ、じゃあお兄たんのためにも頑張るとしますか」

「その意気だぞ。兄ちゃんもみうの着飾る姿を何枚も写真に収める気でいるんだからな!」

「それはやめて!」


 過剰なまでに反応する。

 それぐらい嫌なことなのかもしれない。

 けど、余計なことを考える余裕がないくらい、頭の中を楽しいことで埋めてやる。


 俺には妹の痛みを肩代わりすることができない。

 水や点滴にポーションを差し込んでズルすることしかできない。

 根本的な解決をしてやれることはない。


 だから、体が悲鳴をあげそうなほどの痛みと向き合う妹に、希望を与えてやりたかったんだ。


 そして運命の日。

 妹は変わらず笑顔を俺の前に見せてくれた。


 よかった、生き延びてくれた。

 そのことに感動で打ち震えている。

 思わず抱きしめた腕に力が入り過ぎてしまった。


「お兄たん、痛いよ」

「ご、ごめんな。兄ちゃん感極まって」

「今日は、おめかしさせてくれるって約束だったでしょ? あたし、お兄たんのために頑張ったんだよ?」

「よーし、今日はいっぱい買ってやるからなー。どんどん言いなさい!」


 結果、両手で抱えきれないほどの大荷物になった。

 これ、どうしようか。


 とりあえず配送で実家に送った。

 あとで何着か取り寄せてお着替え会をする。

 それがまた希望になってくれたらいい。


 だから過剰に買った。

 せっかく買った服に袖を通さないまま死んでいいのか?


 そんな姑息な戦法だ。

 姑息な俺にはそういう姑息な戦法しか思いつかなかった。


 そして着替えを終えて緊張する妹を連れて、いつものダンジョンへ。

 会場にはすでに九頭竜プロが到着していた。

 他の人は極力連れてこないでくれと言った。


 人見知りする妹に、余計な負担をかけたくなかったからだ。

 立会人として、バイトの配達先のダンジョンの受付のおっちゃんが来ていた。

 妹が知らない大人を前にすくんでいたので、知り合いだと聞かせた。


 むしろ今回九頭竜プロとの会談の席を設けてくれた立役者として紹介すると、妹の疑いは払拭された。

 世界的に活躍しているプロがどうやって俺と繋がりを持てたのか不本当に不思議がってたからな。

 点と点がつながってようやく線になった!と納得してくれた。


「今日は立会人としてやってきた熊谷だ」

「くまさん!」

「くまさん、今日はお願いします。あ、カチューシャ入ります?」

「普段からこんなのをつけているのか?」

「少しでも緊張をほぐすためのアイテムですよ。妹は人見知りしますから」

「少しは良くなったんだろ? まぁつけるが」


 熊谷さんは熊耳をつけた。

 みうのいうとおり、体格と耳で熊さんとなった。


「私はウサギの耳でもつけようかしら?」


 俺の小道具箱からウサギの耳を受け取る九頭竜プロ。


「それは解釈違いなの! 九頭竜プロはこっち!」

「龍のツノ?」

「うん、名前とお揃い」

「ありがとう、みうさん」

「えへへ」

「みうー、そろそろ配信始めるぞー」


 全員がつけ耳カチューシャをつけた。

 みうはウサギの耳、俺は犬耳。九頭竜プロは龍の角。熊谷さんは熊耳だ。


 こうやって思い出に残る配信は始まった。

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