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第37話 微睡の出会い 


 刹那。

 世界が凍結とうけつした。

 文字通り、私の視界に映る全ての者が、停止したのだ。白黒モノクロの世界への変質。塔から飛び降りたというのに、時が止まったためそのまま浮遊した状態で身動きが取れなかった。

 意識はあるのに体は動かない。まるで金縛りにあったような感覚だ。

 レオンハルトへ視線を向けても、石造のように固まったまま。


「な、これはいったい!?」

『これは面白い。をここまで鮮明に再現するとは──此度こたびの聖女は存外楽しめそうだ』


 頭の中に直接語り変えてくる声に、私は背筋が凍り付いた。禍々まがまがしい気配と共に、空間に亀裂きれつが入り、深淵しんえんの闇が現れる。


(……この瘴気しょうき、まるで魔物が出現するときに現れるものと似ている!)

『どれ、せっかく干渉かんしょうが出来たのだ。そなたを、このまま持ち帰らせてもらうとしよう』

「なッ──!」


 深淵の奥から紫色の双眸そうぼうと目が合った。

 ずずずっ、と地響きにも似た振動と共に、深淵から浮き上がってきたのは、アメジストのような美しく長い髪、凍るような瞳、陶器にも似た白すぎる肌、精悍な顔立ちの偉丈夫が姿を見せた。黒の甲冑に、装飾を凝らした魔導具の数々を身につけたそれは指輪一つをとっても国宝級の価値があるだろう。


(この魔力の量は女神と同等……。だとすると、この方は……魔を統べる王、ううん。神話の時代にこの世界に存在していた魔神王まじんおう


 レオンハルトの服を震えながら掴んだ。だが彼は停止した世界で動くことはない。一か八かで魔法防御を展開しようとするが、聖印を失った直後だからか魔法は不発に終わる。


「くっ……」

『ほう、まだあらがうか。……面白い見せしめのため傀儡かいらいにしようかとも思ったが、やめだ。我の妃として迎えてやろう』

「結構です!」


 即答した私に、魔神王は目を大きく見開いた。思わずレオンハルトの時のように、条件反射で答えてしまった。高圧的な態度を取る異性と付き合うのはこりごりだ。


『お前の意見などどうでもいい』

「なっ……!」

『我が決定を下した。それは絶対にくつがえらぬ。なにそなたは我がこの世界に戻ってきた際に、傍らで人々が魔物に蹂躙じゅうりんされる様を見ていればいい。殲滅せんめつなどはせぬ。神々と共に我を封じたのだから、数千年かけてもてあそんでやろう』

「最低……!」


 男が近づくたびに嫌悪感が増す。傲岸不遜ごうがんふそんかつ人の話を聞かないあたりは、ヴィンセント以上だろう。なんでこういった人種と関わり合いになるのだろうか。

 私は心底うんざりした顔で相手を睨んだ。


『くくくくっ、威勢のいい聖女だ』


 嫌悪感と、恐怖。

 先ほどから頭の中で警報けいほうが、けたたましく鳴り続いている。

 抗おうとするが、指一本動かせない。

 伸びる白い手が私に触れようとした瞬間、強固な結界が魔神王を弾いた。強力な魔力は私のそれとは異なる。


「預言書──が、どうして?」


 突如、私と魔神王との間に古ぼけた本が現れた。パラパラとページをめくるたびに魔力が膨れ上がり、白い光が闇を払う。さしもの魔神王も眩い光に後退する。


(温かな光。太陽のように優しくて、懐かしい?)

『チッ、もう来たのか。此度の聖女はよほど三女神に愛されているのだな。ますます欲しくなった』

『────』


 聞きとれない発音に、私は眉をひそめた。しかし魔神王は理解したのか、白い手を下した。


『ふん。今日は引き下がるが、そちらの世界への帰還は近々叶いそうだ。それもこれも三女神の力が弱まったからこそ。そちらの世界の住人に感謝しなければな』

(三女神の力が弱まった? それって信仰が廃れたから? だから年々魔物が増えてきている?)

『ではな聖女。次に会うときは夢ではなく、現実であると面白みがあるのだが』


 眩い光によって、私は強制的に夢から追い出された。



 ***



「──ッあ!」


 私は弾かれたように目が覚めた。窓の外は土砂降りの雨が降り続けている。地面に叩きつけるような豪雨だが、私には自分の鼓動が煩く聞こえた。

 全身汗だくで、それが自分の血ではないかと錯覚するほど肌にまとわりつく。


(夢……?)


 そう思うにはあまりにもリアルすぎた。私は「大丈夫」と自分に言い聞かせて、私は何度も言葉を反芻はんすうする。


(途中までは予知夢に近かったけれど、最後の方は夢そのものに介入された感覚があった。魂だけの接触? 感覚が未だに残っている)


 数分が経つと少しずつ心臓が落ち着いていく。

 心の余裕が出てきたからだろうか。何か飲み物でも飲もうと、ベッドから上半身を起こす。ふと机のあたりから光が漏れている。赤紫色の光は徐々じょじょに弱まっていった。


 身がすくみそうになるが、私は勇気を振り絞って預言書を手にする。

 前回でも垣間見かいまみた予知夢。

 それに合わせて、預言書のページも新たに更新される。分厚く辞典に見えるかもしれないが、それは日記だ。ページのいたるところに赤黒いインクがこびりついている。

 私は明かりもつけず、赤紫の光を放つページをめくった。未来に起こりうる出来事が薄っすらと浮かび上がる。


「祭りの日に、教皇が殺される」と書かれていた。

 教皇を殺した犯人は「聖女アイシャと魔人族」とあり、殺害動機は「幻狼騎士団を見殺しにしたから」だとか。可能性の未来だというのに、夢で見たそれは現実のように生々しい。


(祭りの日は確かに警備が薄いはずなのだけれど、当日は塔の入り口付近には兵士は多かった。最上階には見張りも居なかったのは、教皇暗殺のため……? そして私たちが居合わせたことで、レオンハルトや私を罪人に仕立て上げるつもりだとしたら……。前回と同じようにレオンハルトは処刑台に送られる)


 一つの運命を変えた所で、その糸は簡単に断ち切れない。むしろ複雑に絡み合い、より残酷な死神が歩み寄るようだ。私は預言書を閉じると、体が冷えてしまったのか寒い。噴き出した汗が体温を下げたのだろう。時計に視線を向けると、午前三時を過ぎた頃だ。だいぶ汗をかいてしまったので、着替えることにした。



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