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第31話 都合の良すぎる交渉

「で、拙者の役回りはなんだ?」

「そう、ナナシさんにお願いしたいのは傭兵ようへいとして……。え?」


 私は思わず口を開閉かいへいする。


「姫さんの護衛なら喜んで」

「え? ちょ、あの……なんで?」


 あまりにも都合のいい流れに、私は驚愕きょうがくの声を漏らした。他国の面倒ごとに関わろうという物好きはいない。だからこそ大義名分とそれに見合う報酬または情報を提示することで、交渉成立を狙ったのだが、ナナシは白紙の小切手を差し出したのだ。あまりにも無謀むぼう。無計画すぎる。「これ罠なのでは?」と思わずかんぐってしまった。


「そりゃあ、命の恩人だからな。それに、まあ姫さんを気に入ったというのが一番の理由だ」


 なんともシンプルな理由だった。極東の「一宿一飯いっしゅくいっぱん恩義おんぎ」という教訓にあるように、なかなか義理堅い一族のようだ。それとも気に入る理由は、母との関係があるからだろうか。深入りするかどうか悩んでいると、レオンハルトが口をはさんだ。


「お嬢様の魅力に惹かれたというのは、わからなくてもないのですが……それはお嬢様にほれれたという意味でしょうか?」

「レオンハルト、殺意を振りまかないで」

「はい、お嬢様」


 何とかレオンハルトを牽制けんせいしているが、手にはいつの間にか大剣を握り締めている。「執事がそんな物騒なものを持たないで」と言いかけるものの、話が脱線だっせんしそうなので私は言葉を飲み込んだ。


「姫さんは見ず知らずの拙者に、治癒魔法を使って助けてくれた命の恩人だ。それに従者の不始末ふしまつを姫さんが代わりに謝罪したふところの深さ。国の情勢など諸々もろもろを何とかしようと足掻いている姿も好感度が持てた。なにより──」

「なにより?」

「可愛らしい。帝国いや大陸全土を見回してもこんなに可愛らしい子はいないだろう!」

(えええええええ!?)

「フッ、なるほど。なかなかの洞察力と美的センスを持っているようですね。少しだけ見直しました」

「事実を言ったまでさ」


 なぜか急に意気投合いきとうごうをするナナシとレオンハルト。なんだろうこの二人。ついさっきまでどちらかが死ぬまで殺しあう雰囲気だったのに、今は戦友のような妙な友情が芽生えている。


(私は何を見せつけられているのでしょう……。あといつの間に大剣をしまったのかしら)


 とにもかくにも、この二人は怖いぐらいに私の評価が高い。過大評価に対して反論しようとしたが、ナナシによってさえぎられた。


「それと、拙者には内縁の妻と娘がいたので、貴殿のいう恋愛感情で動いている訳ではない。なに、……娘と重ねているだけだ。生きていれば姫さんと同じぐらいだったからな」


 ライバルが減ったと思ったのか、レオンハルトはかなりご機嫌なようだ。


「お嬢様、彼は信用に値する人物だと思います。護衛としてよい人選かと」

「すごい手のひら返し。……まあいいけれど」


「妻と娘がいた」という過去形、そして昨日の深手をから見て死ぬ気だったのだろう。この国で何らかの形で妻と娘を失った彼は、自暴自棄ヤケになって死を望んだ。私の話に応じたのは、死に場所を探してなのだろうか。

 今更ながら彼を助けたことによって、新たな面倒ごとが増えたのではないかと私は頭を抱えた。一つの未来を変えることによって、水面下だった問題が浮き上がる可能性だってゼロではない。

 色々考えた結果、ジッとナナシを凝視ぎょうしする。


「ン? 姫さん。睨んでいるけど、なんだ?」


 視線を返すナナシは口調こそ軽いが、言外から発する重圧プレッシャーは凄まじい。普通なら目が合うだけで、身がすくむだろう。だが私はおくさずには口を開いた。


「ナナシ=ランスイさん。手伝ってくれるのは嬉しいですが、私からの守って欲しいことがあります」

「というと?」

「勝手に死なないで下さいね」

「…………!」

「貴方のような初対面でも義理堅い人が父親なら、きっと娘さんは誇りに思っていますし、きっと生きて欲しいと思います。……その勝手かもしれませんが、私を娘さんと重なると言ってくれたのなら、自分の命もちゃんと守ってください」


 死なれたら困る。そう思って説得するために選んだ単語はだった。私を娘と重ねていると言ってくれたので使ってみたのだ。でも本当は親子の情が羨ましくて、口にしたかっただけなのだけれど。子どものために奔走ほんそうする親。


(もっとも私には一生縁のないものね)


 一蹴いっしゅうされるのを覚悟していたが、ナナシの反応は違った。嬉しさと困惑が入り混じった顔で微笑む。


「ああ。……善処しよう」

(思ったよりも反応はよさそう。言ってみるものね!)


 こうして極東の重鎮じゅうちんであるナナシは、驚くほどあっさりと私の味方となったのだった。


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