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第29話 国際問題の回避方法


 時間は私が家を出る前の、昼ほどまでさかのぼる。

 疲れもあったのかぐっすりと眠ってしまい、私が目を覚ましたのは十時過ぎだった。継母とリリーはすでに朝食を済ませており、馬車で買い物に出かけたそうだ。

 キャベンディッシュ公は職務のため、家に帰ることはあまりない。特に今は次の社交界シーズンまでに、継母とリリーの買い物が出来るよう資金集めに躍起やっきになっているからだ。もっとも資金集めをしても、私が魔物退治でもらえる報酬に比べれば微々びびたるものだろうが。

 すでに今後の活動資金から報酬の受け取り手は、伯父であるルイス皇帝に変更済みだ。もうキャベンディッシュ家には銅貨一枚も入らない。


(陛下への金銭を、ちょろまかそうとする馬鹿な真似なんかはしないと思うけど)


 私はロロの運んできてくれた朝食──もはや昼食だが、パンと野菜スープを平らげた。公爵令嬢とも思えぬメニューだが、私はあまり気にしていない。この辺は魔物討伐で野宿を経験することが、多かったからだろう。


 食事を終えるとロロが用意してくれた水桶みずおけで顔を洗い、湯あみは昨日の夜に済ませているので、自分一人で着替える。お茶会や社交界などの場合はロロに着付けなどを手伝ってもらうが、そうでなければ割と自分で着替える。

 今日は引っ越しもあるので動きやすい地味目じみめで、長袖のワンピースを選んだ。色は紺、スカートは膝下、黒のソックスに革のブーツ。髪は赤いリボンで一つにくくった。

 ロロも今日は引っ越しやら諸々の準備で忙しい。私が極東の男と話をするといった時も、同席するといった感じはなかった。昨日は彼をかなり警戒していたが、何か心境の変化でもあったのだろうか。私としては有難ありがたいけれど。


 改めて今日の予定を確認する。まずは極東の男との交渉、レオンハルトから詳しい話を聞く。そして家を出る、だ。なかなかなに忙しい。


 さてまずは彼との交渉だが、極東の人間は一騎当千の力を持つという。多少話を盛っているとしても、戦力になるのであれば傭兵ようへいとしてやといたい。近くに置くことで死にたがりをなんとか出来れば、理想的ではある。


 極東の人間は身分を表すため、刀や持ち物に必ず家紋かもんを入れている。特に国外であれば自身の身分を表すために必須らしい。アイシャは昨日のうちに男の持ち物に目を通しておいたのだが、分かりやすく刀のつばに見覚えのある家紋かもんがあった。

 《|山桜紋《やまざくらもん》》。

 忘れもしない家紋。

 前回、協定を結ぶための使者として来た者が、腰に印籠いんろうを下げていた。そこには山桜紋が描かれていたのだ。恐らく男と同じ一族だったのだろう。


「お前のせいで、お館様やかたさまは死んだんだ!」


 そう言って泣き崩れた青年の声が頭から離れない。処刑台に登る時も、同じような罵声ばせいも投げかけられた。

 前回でも預言書はあったのだが、それでも回避し切れなかったし、私の味方は年を重ねるごとに減る一方だった。その原因は預言書の出来事ばかりに注視して、周囲の人たちの観察をおこったことだ。

 気づけば、私の周りに味方はいなかった。

 なまじ預言書があったから、過信してしまったのだろう。一人で何とかしようと思いあがった結果──処刑へと繋がったのだ。

 なんとしても交渉は成立させる。私は自分を鼓舞こぶする。


 男の部屋に向かう前にレオンハルトの部屋を訪れたのだが、返事はない。

 昨日、私と家族のやり取りを聞いていて憤慨ふんがいしていた彼は、そのままロロが用意してくれた空き部屋に入ったきり出てこなかった。下手に接触すると危なさそうだったので、翌日に話を聞くことにしたのだ。


(この沈黙が怖い……)


 まだ寝ているのかもしれないと楽観的にとらえることにして、極東の男がいる部屋に向かった。──といってもロロの部屋の隣なので数秒で扉の前に立つ。ドアの前でノックをするが、返事はない。


(こっちもまだ寝ている? それとも意識が戻ってないとか?)


 数分悩んだ結果。男の容態が不安になり、私は遠慮えんりょがちにドアを開いた。

 部屋に人影は二つ。

 一人は昨日ベッドに寝かせた壮年そうねんの男。もう一人は姿が見えなかったレオンハルトだ。

 そして恐らく口論から取っ組み合い喧嘩けんかに発展。二人とも床に倒れており──レオンハルが馬乗りのまま大剣を振り下ろし、押し倒された壮年の男は、真剣白刃取しんけんしらはどりで刃を押さえている。


(え?)


 カチカチと大剣の刃が震えているのは、壮年の男が膂力りょりょくで抑え込んでいるからだろう。予想外の現場に居合わせてしまい、私の思考回路と体は硬直こうちょくする。


「お嬢様に害なす虫は駆除するのも私の役目。貴方はなにやら、お強いようですし、お嬢様が来る前に仕留めさせていただきます」

(いや、私もういるんですけど……)

「いやいやー。そういう君こそ、あの姫さんの何なのかな? ことと次第によっては拙者も本気で相手することも、やぶさかじゃないないよ」

「未来の伴侶はんりょです」

(違います)


 中の二人は私に気づいていないのか、攻防を続けている。このままいくと、どちらかが死ぬまで終わらなさそうだ。

 なにより二人の笑顔が怖い。


(夢かもしれない……)


 私は現実逃避げんじつとうひをするように、そっと一度ドアを閉めた。


(いやいやいや、ここは逃げたらだめでしょう!)


 自分をいさめて、改めてドアを開くと──。


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