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第27話 加害者と被害者の視点 後編

「それで、本当に何しに来たのですか?」

「……普通、る前に聞くことだよな。絶対に斬った後で言うセリフじゃないだろう」

「黙りなさい。それもこれも、キャベンディッシュ家の連中を殺したい気持ちを抑えていた反動です」

「それ完全に八つ当たりだよな! ……まあ、いい。拙者がここに来たのは、帝国できな臭い動きがあると耳に入ったからだ」


 ロロは男の情報網に戦慄せんりつした。

 確かに帝国内で不穏な空気が漂っていることは、ロロも情報屋から伝わってきている。


(お嬢様にもしものことがあった場合を考えて、情報収集を行っていたけれど……。この男は遥か極東からそれらの情報を入手したというの?)


 この男はロロと同等、いやそれ以上の情報網を持っているのだろう。娘を心配してきたというなら、アイシャに危機が迫った場合、避難場所として使えるのではないかとロロは思案を巡らせる。


「……教皇聖下の救出。いよいよこの国も歪み傾いているな。教会、帝国軍いずれも腐敗政治は進む一方。あの子の立ち位置は極めて重要であり、この国の未来にも大きく影響を表す。かつてのトリシャのように」

「…………」


 トリシャもまたアイシャと同じく聖女だった。その宿命に翻弄され、結局その業からは逃れられなかった。アイシャよりも優しすぎた人。


(自分を犠牲にして、命をなげうった──どうしようもない愚かで優しい方。お嬢様も……優しい。だからこそ、いざという時に自分の命を優先するかどうか不安だった)

「安心しろ」


 男はにい、と笑った。翡翠色ひすいいろ双眸そうぼうが、挑発的にロロを射抜く。

 アイシャと同じ瞳、けれどその瞳はより深い哀愁あいしゅうが入り混じっていた。両手で救い上げる事が出来なかった愚かな男。


「だから、拙者が来た。拙者と御庭番拙者の部下ごと、お前の下に付こうじゃないか」

「お嬢様に一騎当千の剣士モノノフと、その部下が味方になると言わないつもり?」

「言わんさ。それに拙者が別部隊をもっていると、お主も怪しむだろう。なに父親とは名乗らないが、影から娘の力になるなら本望だ」


 嬉しそうに微笑んだ。その瞳の色にロロは少しばかり警戒が緩む。


「自国に戻らないつもりですか? 後継者をとして、お嬢様を連れ戻すつもりなのかと思っていましたが……」


 眼前の男も極東ではそれなりの権力を有する家柄だ。しかしエルドラド帝国との距離も遠く、どうあっても聖女であったトリシャを他国に嫁がせるわけにはいかなかった。男が帝国に住むのならば話は解決したのだが、折り悪く極東では内乱が続き男はトリシャを残して国に戻った。

 男が内乱を治めて、エルドラド帝国に戻ったのは──トリシャが亡くなった年。全ては遅すぎた。愛娘だけでも引き取ろうと考えたが、翌年に彼女が聖印を宿すことで難しくなる。


「極東に戻るつもりはない。その辺りも全部片づけて、ここに来たからな」


 男はがしがしと頭を掻いた。少なからず親子の情というものはあるのだろう。キャベンディッシュ家の連中よりは幾分かマシかもしれないとロロは思った。


(少なからず私も、この男も大切な人を守れなかった愚者に違いは無いわね)


 ロロはかつて守れなかった事を悔いるからこそ、今を生きるアイシャを全力で守ろうと心に決めた。しかしその結果、あまりにも自分が近くにいすぎたせいで、自分を犠牲にすることが出来なくなってしまった。ロロにとって、アイシャは大切な──誰よりも大切な主だ。

 結論は出た。


「いいわ。それなら明日までに、お嬢様に名乗る名前を考えておきなさい」

「ん、ああ。さすがに本名を名乗るわけにもいかないしな」

「あと、絶対にお嬢様に余計な事を話さないで下さいね。話したら殺します」

「わかっている」

「不用意に抱き着くのも、スキンシップをしたら殺します」

「……拙者を何だと思っているのだ」

「でしたら、明日からはお嬢様専用の傭兵ようへいになる方向で話を進めてください」

「ああ。……ところで、アイシャの傍に居た燕尾服の男従者は信用できるのか?」


 話題を変えたかったというよりも、男にとってはこちらが本題と言わんばかりの真剣さだった。ロロは腕を組みながらしばし逡巡しゅんじゅんする。


「さぁ。紹介状は本物でしたが私は基本的にお嬢様以外、誰も信用していません」

「あの子だけを守ってそれ以外を排除するやり方は早々に辞めないと、最終的にあの子を孤立させるぞ」

「……ッツ! そんなこと、貴方に言われなくともわかっています!」


 ロロは身をひるがすと足音もなく部屋を出て行った。

 男は体をベッドに預けると、天井を見上げる。気配はない。時計の針が進む音が部屋に響いた。


「……聞いていた通りだ。死ぬつもりでいたが、風向きが変わったんでな。拙者は残りの人生の全てを娘のために使う。自分勝手で悪いんだが、個人契約を解除したいものは遠慮なく申し出てくれ」


 返答はない。

 御庭番おにわばん。男自身が契約した眷族けんぞくたちのことだ。

 極東では聖獣や精霊、神々と近しい存在であり、男はそういった者たちに好かれる傾向があった。その結果、男と契約した聖獣の多くはかなり高霊であり、土地が離れてもその権能けんのうは健在だった。十三の気配は黙したままだった。いやどちらかというと新たな命が下るのを今か今かと待ち望む期待が男に注がれる。

 沈黙は一時間、二時間ほど続き、先に白旗を上げたのは男の方だった。


「お前たち、本当にいいのか!? 遠い異国にまで着いてきてその上、お前たちの力を借る戦いが増えるだろう。それでも──」

「それこそ今更ではないですか、我が主よ」

「そうそう。別にボクら君が当主になって欲しいから契約したわけじゃないし」

「退屈しなくていいじゃん」

「我らの忠義を姫君にも尽くせるのなら幸いですわ」


 静寂だった部屋が急に声であふれる。けれど、部屋に居るのは男だけだ。その声も男だけしか聞こえない。老若男女様ざまな声が男についていくというのだ。


「わかった。……すまないな。いや感謝する」


 男は帝国の情報を集めるように指示を出すと、気配は一斉に散った。

 カーテンの隙間から淡い日差しが入り込んでくる。


「もし子どもが男なら蒼斗あいと、女なら藍紗あいしゃ。……覚えてくれていたんだな」


 男は腕で顔を隠すと、深く息をするように吐息を零した。

 枕元にしずくこぼれ落ちる。

 アイシャが知らぬ間に、彼女を守ろうとする存在が増えたのだった。



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