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第14話 目的の為なら(レオンハルトの視点4)

 ***



 次に目を覚ましたのは毒霧が消え去り、帝国軍が去った二日後だった。肌の表面上に張り付いていた石が蛇の脱皮のようにがれると、私は大きく息を吸った。

 彼女の張り巡らせていた魔法によって、騎士団と魔人族共に被害は少ない。


 私が目覚めて、真っ先に飛び込んできたのは、白銀の甲冑を着た大男だった。彼女がいるはずもないのに、それでも無意識に彼女を探してしまう。

 森は霧に覆われ鬱蒼うっそうとしている。これならば、人目に付かず隣国へ亡命ぼうめいできるだろう。


「目が覚めたようで何よりだ」

「…………」


 彼女が信頼していた男。人間の中では強者と認めてもいいだろう。竹を割ったような性格は嫌いではないが、彼女と親しいというだけで苛立いらだちが増す。それを知ってか知らずか、男は気軽に声をかけてきた。


「オレたちは甲冑かっちゅうを脱ぎ捨てて、予定通り中立国リーベに向かう。で、お前たちはどうする?」


 食事を誘うような軽いノリに、私は返答にきゅうした。


「アイシャのやつその辺を詰めていなかっただろう。せっかくだ、一緒に来るか?」

「…………」

「兄上、まさか彼らの面倒まで見るつもりですか!?」


 次いで横から口をはさんだのは、女騎士イリーナーだった。ピーピーと感情的な声はかんさわる。聖女も割と騒ぐ方だったが、心地よいさえずりだった。彼女ならばずっと聞いていても飽きないだろう。


 彼女の凛々りりしい姿を思い出すたびに、すぐにでも抱きしめたい気持ちがうずく。


(ああ、そういえば三女神ブリードの伝承を伝えていない。それに婚儀の返事ももらえていなかった……)


 十二歳なら少なくとも五、六年待つことを伝えるべきだろうか。しかし私の求婚に対して、彼女の反応はよくなかった。魔人族は強奪婚ごうだつこんというのもあるのだが、それは本気で抵抗されそうなので諦める。本気で拒絶されたら数週間は、へこむ自信があった。それほど私は彼女が愛おしくて、しょうがない。一秒でも離れたくない。


「私は彼女──聖女の元に戻る。まだ話していないこともあったのでな。……一族の者を頼めるだろうか」

「それは構わないが……。その姿では帝都に辿り着く前に、帝国軍に捕まるぞ」

「…………!」


 それはそうだ。魔人族が帝都に現れれば、帝国兵と即戦闘となるだろう。そんな当たり前のことに気づかないほど私は、周りが見えていなかったようだ。

 少しでも彼女と離れることが苦痛でならない。真剣に考えた末、一つの解決方法を見出した。


「この角を折ったらどうだろうか?」

「折……って、駄目だろ! ……というか、その角は魔人族にとって象徴的なものじゃなかったか!?」

「まあ、そうだが」

「それを軽々と折っていいのか!?」

「二本の角を折るだけで、聖女の傍に居られるのなら安いものだ」


 男は呆気にとられたのか数秒固まり、そして豪快ごうかいに笑いだし──横にいる女イリーナに殴られていた。人間の女は、何とも野蛮なのだろうか。むろん、聖女なら可愛く見えるだろう。


「兄上! 隠密に動くのですから、大声とか出さないでください!」

(この女の声もかなりでかいが……)

「すまん。つい、可笑しくてな」

「私は面白いことを、言ったつもりないんだが……」

「いいや。なんというか、今のお前さんは人らしいと思っただけだ。あと滅茶苦茶惚むちゃくちゃほれれているのが笑える」


 男の言葉は半分以上、意味不明だったが、あの聖女の名が「アイシャ」と知る事が出来たのは吉兆だった。いやずっと聞こえていたが、意識したのは最近だ。次に会った時に名を呼ぶのも悪くない。

 そう呑気のんきに捉えていたのだ。

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