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第12話 世界を変えた少女(レオンハルトの視点2)

 硝子がらすが砕けるような音と共に、幻術が消え去った。


「全員、刃を収めてください」


 りんとした声に、私は正気を取り戻す。

 戦っているのが魔物ではなく白銀の騎士団だと気づき、私たちの剣戟けんげきが一瞬、困惑により消える。

 刹那せつな──私の目には鮮明に世界が移り込む。灰色の戦場が色鮮やかに見え、心臓の鼓動が脈動する。


「!?」


 眩い光に包まれた聖印は二重に連なって見えたが、間違いなく《三女神ブリード》の紋章。しかし私を本当に驚かせたのは、その後だった。

 幻術が解けたとはいえ、私が振りかざした一撃はすでに自分では止められない。

 唐突に割って入った少女。

 高速の刃は、少女の喉元のどもとを貫き鮮血をまき散らす──はずだった。

 そう誰もが見えたのだが、そうはならなかった。


 ギィイイイン!


 火花が美しく散る。

 私の剛剣ごうけんを、邪竜を一刀両断するほどの威力を──防御魔法が弾いたのだ。本来、防御魔法シールドは体を軸に球体の形へと展開するのだが、彼女は光の障壁を剣先だけに限定して、二重、三重と部分展開させたのだ。

 一つ砕かれても、次の障壁が刃の威力を削り時間を稼ぐ。そうやって新たな障壁が出現しては砕かれ──最後には刃を弾いたのだ。

 咄嗟とっさの判断力。

 戦陣に突っ込んでくる度胸。

 何より土壇場どたんばでの思い切りの良さ。

 それはもう私の知る弱者ではなかった。強く気高い瞳に、勇敢さを兼ね備えた戦乙女。

 それを見て思い出すのは、叔父を愛した女騎士だ。


(美しい……)


 気づけば、聖女を目で追っていた。

 何度か顔を合わせたが、名も知らぬ子ども。

 強さこそ魔人族にとって全て。強さを証明した者に対して敬意を称するのは当然であり、それが掟でもあった。


 私は夜も空けないうちに、彼女の眠るテントに向かった。

 今すぐにでも彼女に会いたい。その衝動が抑えられないのだ。この形容しがたい感情はなんなのだろう。


(見張りには悪いが、少し眠っていてもらおう)


 騎士団の見張りを気絶させたのち、悠々ゆうゆうと聖女のテントに足を踏み入れた。目を覚ました彼女は驚くものの、拒絶する様子はなかった。たったそれだけだというのに、なぜかホッとする自分が少しだけおかしかった。


(……未遂とはいえ彼女を殺しかけたのは事実。怯えられたら、多少なりとも傷ついただろう。……ン? 傷つく……私が?)

「レオンハルト!?」


 名を呼ばれたその瞬間、世界が華やいだ。心臓が高鳴り、全身が一気に熱くなる。

 彼女の言動に、私の感情は振り回されて暴走した。


(私は彼女の名前など、憶えてもいないというのに……)


 どう接すればいいか分からないものの、体は正直なようで、さりげなく彼女の頬に触れた。温かい肌のぬくもりに鼓動が早まる。


(小動物のような愛らしさ、抱きしめたらどんな反応をするのだろう。傍に居たら新しい一面が見れるかもしれない)


 胸の奥から形容しがたい感情が溢れ出す。温もりがこんなにも心地よい。彼女とは片時も離れたくない──そんな気持ちだけが先走ってしまう。


「レオンハルト、今は帝国暦何年かわかりますか?」

「答えたら婚姻の儀を──」

「しません」


 素っ気なく返す言葉、その表情も面白くてついからかってしまう。


「そうですね。聖女様はまだ成人していなのですから、いきなり婚儀では戸惑っているのでしょう。でしたら添い寝から──」

「私ではなく他の方に頼んでは? その顔ですのでモテるでしょう」

「魔人族は強さこそが全てです。強さこそ愛」


 自分でそう言いつつ、妙に引っかかった。

 貴女の強さは力とは異なる。けれど私を魅了して──心をかき乱す。一方的な気持ちではなく、傍に居て欲しいと願ってしまう。

 この感情を何というのだろう?

 強敵を前にした高揚感こうようかんとは異なる。獲物を狩る征服感せいふくかんとも違う。


 いつだったか、若草色の草原の上で寝ころんだ時の心地よさ。陽だまりの温かさに似た、緩やかで優しいなにか。

 戦いとは真逆の穏やかな日々。

 忘れてしまった、置き去りにしてしまった想い。戦うだけではなかった生き方。

 大地と共に生き、風となって草原を駆け、命を尊び、大地を巡り、笑いあった。気づかぬうちに落としてきた全てを、彼女が抱きかかえて私の元に現れたのだ。

 命を救われ、魂を呼び戻され──気づけば私は口元が緩んでいた。


 彼女は私との会話よりも。それが腹立たしくて、ムキになる自分が滑稽こっけいだった。どうしてこうも我慢が出来ないのだろうか。彼女の力になりたいのに、彼女を困らせてしまっている。

 愛しい人。

 何度も口にしていたことに自分でも驚いた。

 その言葉はストンとに落ちた。彼女が愛おしくて、愛おしくて──ドロドロに甘やかしてしまいたくなる。彼女の温もりも、サラサラな灰色の髪も、透き通るような柔らかな肌も、強い意志を感じる翡翠色ひすいいろの瞳も全て愛おしい。

 彼女でないとダメなのだ。

 なんと幼稚ようちで、独占欲のかたまりだろうか。魔人族同族が彼女に惚れないように、抱きしめて自分の匂いをつけておく。これで多少なりとも牽制けんせいぐらいは出来ただろう。

 そう考える自分がなんとも女々しい。

 彼女への想いは急速に育ち──その果てに私は絶望することとなる。



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