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第11話 運命を変える出会い(レオンハルトの視点1)

 遊牧と狩人の民。

 元々はドラーク竜王国の竜の血も引いており、大地を駆ける地竜ちりゅうの背に乗って、魔物の狩りをしつつ常に移動する。それが魔人族たちの生き方だった。

 エルドラド帝国の南にある平野、それが皇帝と教皇の両名によって賜った領土である。人を侵略せず、争いは一対一の決闘で決着をつける。強さこそが全て。

 強さがあって初めて交渉のテーブルにつくことが許される。雄弁ゆうべんな弱者などは認めない。それが魔人族であり、私の生き方そのものでもあった。


 今から数百年前、南の領土を広げようとした没落貴族ぼつらくきぞくがいた。ゼロム=、当時は男爵だんしゃくだっただろうか。狡猾こうかつ残虐非道ざんぎゃくひどうな男は、領地を得るのに手段は選ばなかった。ゼロムは魔物討伐として派遣された女騎士を英雄に祭り上げ、私の叔父を魔王に仕立てたのだ。


 女騎士と叔父は互いに愛し合い、夫婦の契りを交わした仲だった。叔父は魔人族にしては珍しく争いを嫌う人だったが、族長である私の父よりも膨大ぼうだいな魔力と戦いのセンスを兼ね備えていた。

 魔物との戦闘は昔からあったけれど、それでも帰る場所があった。夕暮れ時にコテージから飯炊きの湯気が上がる──その光景が、たまらなく好きだった。


 私は空を見上げるのが好きだ。

 なだらかな丘に、青々とした草原。大空には悠々とした雲が流れていく。風は心地よく頬をなででる。魔物が出没しなければ、霧は発生せず、どこまでも草原が広がっていた。


 私と叔父は剣の稽古けいこの後、草原に寝転がって空を仰ぎ見る。白い鳥が自由気ままに飛んでいく姿が見えた。


「レオンハルト、比翼乃鳥ひよくのとりというのを知っているかい?」

「一つの翼しか持たないから、片翼がいないと飛べないという鳥のこと?」

「そうだよ。……僕と彼女はどちらかが欠けたら、きっと生きていけない。それぐらい大事で、愛しい。彼女と出会って初めて世界が愛おしく、色鮮いろあざやかに思えたんだ」


 叔父はいつも謙虚けんきょな人だったから、その言葉がとても印象深かった。

 そしてその言葉は真実となる。女騎士を殺された叔父は──生きてはいけなかった。絶望と憎悪が叔父を魔王復讐者へと変えた。

 キャベンディッシュ男爵は、魔王討伐という大義名分を得て、帝国軍をけしかけた。「魔人族が魔物を使役している」という大嘘を真実として人間社会に広めたゼロム=キャベンディッシュの手腕しゅわんは恐るべきものだった。人の心を読み取り、意のままに操る。

 理性を失った魔王は、当時の教皇、皇帝、そして当時の聖女によって殺された。


 彼らは私たち魔人族の存在が、魔物の抑止力になっていることを知っていたため、捕縛された私たち生き残りを、滅ぼそうとはしなかった。しかし一度火がついてしまった人々の恐怖心を簡単にぬぐい去る事は出来ず、また私たちも人間を、キャベンディッシュ家を許すことなど出来なかった。


 教皇は自身の能力を使って、霧と共に帝国中を巡り歩けるように魔法をかけてくれた。「時と共に安住の地を得るだろう」と予言をして。

 それが嘘だったのか、本気だったのか。私には──よくわからない。

 自分たちの帰る場所を失い、人間から隠れるように霧と魔物が出没する森を転々と移動する日々。数百年という時間は、復讐という怒りを摩耗まもうさせるには十分だった。

 そうやって生きてきた──そんな時、私の前に白銀の騎士団が現れた。


 騎士団と遭遇すれば十中八九じゅっちゅうはっく戦いになる事は、火を見るよりも明らかだった。たとえ怒りが摩耗していたととしても、胸に燻る憤りが一気に噴き出す。血みどろの戦いになる──そう誰もが思い覚悟したのだが、両方の戦闘を止める者がいた。

 おろかにも戦闘中に飛び出して来たのは、白い外套がいとうを羽織った少女だった。

 細い首を折れば死んでしまう弱者が、強者のような瞳で私の心を射抜いた。彼女は人間だというのに「魔人族は魔物を使役していない」と叫び、「人同士で争うのはよくない」と説き伏せたのだ。


 それが彼女との出会い。

 魔物討伐に同行していた、この国に一人しかいない聖女。

 彼女は防御魔法と治癒魔法しか使えない弱者だ。けれど弱々しい目をしていない。私をさげすみ、非難するような視線もない。かといっておびえてもいない。


 それから、魔物討伐で騎士団と遭遇することが増えた。そのたびに聖女は、殺し合わないようにどちらにも防御魔法をかけて、怪我をすれば治療魔法で私たちも癒した。


 変な人間。

 いや愚かな生き物だ。

 かつての女騎士のように、だまされて死ぬタイプだろう。

 彼女が信仰するのは《女神ブリガンティア》だけ。魔人族は有史以前から天と地と海、そして過去と現在と未来を司る《三女神ブリード》を信仰していた。

 信仰的な意味でも帝国と相いれなかったことが、戦争の火種にもなっていた。《三女神ブリード》の存在は帝国にとって葬りたい信仰だったのだろう。故にその教えも、伝承も全て焼き払った。

 あの聖女もすぐに死ぬ。


 それから、どのぐらいの時が経っただろうか。

 鬱蒼うっそうと生い茂る森。

 彷徨さまよい続けて疲れ果てた魂は、魔物を狩ることだけを望み、それ以外の感情が麻痺まひしていた。気が狂った者もいれば、魔物との戦いで終わる者もいた。


 百はいた同胞も三十もいないだろう。追悼ついとうを捧げる事すら出来ず、魔物を見つけては剣を振るう。そこに誇りも、生の実感もなく、ただそうしなければ自分たちが狂ってしまいそうになったからだ。

 帝国領の外には出られない。

 皇族であり聖職者のゆるしが必要だからだ。なぜそんなことをしたのか。彼らは最初から魔人族を緩やかに殺すため、霧の魔法をかけたのではないだろうか。

 何一つ道を切り開く希望など見出せなかった。私は無様に、ただ生きるために必死で足掻いてきた。もはや戦士としての誇りが砕かれかける寸前だっただろう。

 魔人族の寿命は長い。だからこそ、気を紛らわせるために魔物を狩って、狩って狩りつくしていった。


 思えばこの時からすでに、私たちは幻術によって視野が狭く、思考が停滞ていたいしていたのだろう。

 喉が渇き、視界が狭く──暗い。

 心が満たされない。霧と闇の世界など悪夢だ。

 いつしか私たちは比翼乃鳥ひよくのとりという片翼との出会いを、切望するようになった。

 かつて叔父が望んだ生き方。対象となるのは同族ではなく多種族で強き者。何より番を得れば、一族から離れ、番と共に生きる事ができるのではないか?

 この地獄から救われる──なんとも安直な方法。

 そんな夢物語を胸に、霧の中を彷徨い狂う寸前だった。人も魔物も同じに見えて来た時に、そう思った。

 私たち魔人族だけが、おかしくて、狂っている。何もかもめちゃくちゃにしたいという衝動に支配されつつあった。

 けれど最後の最後で《三女神ブリード》は、希望を残してくれていた。

 霧に導かれて──私たちは再び出会った。

 私の一撃を弾くほど強くなった聖女と。


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