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第9話 陰謀を英雄譚に

「それなら副団長の言うように、潜伏先は中立国リーベの方がいいだろうな」と、騎士団の一人、魔法剣士のルーが意見を出す。

「ドラーク竜王国は国境を越える前に、常人だと半数が死ぬ。仲介人がいれば別だが……」

「今からは無理だろう。魔法国アストラはどうだ?」

「遠すぎるだろう。中立国と共和国を越えていくメリットがない」と魔人族の一人、牛の角を生やした彼女が、言い切った。

「確かに」

 騎士団と魔人族の何人かはうなずく。

「では、このまま帝国領内に潜伏するのは?」

「自国にいては、帝国軍の包囲網に引っかかるのでは?」と空気を読みそうな魔人族の青年も話に加わった。いつの間にか輪になって彼らはそれぞれに意見を出していく。

 うん、いい傾向のようだ。できれば私もその輪に入りたいのだけれど、レオンハルトは私を離す気はない……ないわね。

 チラリと彼の横顔を覗いてみた。彼も騎士団と魔人族が話し合っている姿を、感慨深かんがいく眺めているようだった。


「商売をするのはどうだ? いろんな国を旅するのは、情報収集になるだろう」

「面白いな。しかし体がなまらないか?」

「それなら冒険者ギルドに、登録するのはどうだ?」

「あーエルドラド帝国うちは皇帝の国軍としての警備、教皇は魔物討伐に特化した魔導士と騎士団うちらがいるから、冒険者ギルドはあまり繁盛してなかったもんな……」

「中立国リーベ周辺、特に国境付近では魔物討伐に賞金をかけているそうだ。確かその制度を可決させたのは、宰相さいしょうの息子だって聞いたぞ」

「そりゃあ凄いな」

「よし、なら中立国リーベで決まりだ」

「そうなってくると問題は、魔人族の我らが国を越えられるかだな。この地を離れるには許可がいる」

「許可?」とイリーナがいぶかしげに尋ねた。

「ああ。皇族であり聖職者である者の許可がなければ、魔人族は帝国領地から出られないらしい」


 その話を聞いて私は「ん?」と小首を傾げた。

 皇族で、聖職者でもある人物。

「そんな都合のいい人間なんているわけ──」と騎士団の全員が瞬時に気づき、私へと視線を向けた。うん、私も気づいた。

 母が皇族で、聖職者──聖女である私ならばその条件に当てはまる。傍に居たレオンハルトは「やはり貴女は私の光であり、愛しの君」と熱い抱擁ほうようをしてきた。心臓に悪い。免疫ないのに……。ここは抱擁だけですんだと思うべきか……。

 パンパン、とローワンが手を叩いてみなの会話を打ち切る。


「結論は出たようだな」


 騎士団たちは頷き、すぐさま迎撃の準備を進めていた。

 私は魔人族たちに他国の地を踏む事を「許可」した。しかし言葉だけだとなんとも頼りない。


(教皇聖下から叙任式じょにんしきの時に頂いたものだけど……いいわよね)


 私はロザリオと真珠のネックレスをポケットから取り出すと、千切って真珠一粒一粒を魔人族一人一人に手渡した。お守り、いや気休めのようなものだが、無いよりは幾分かマシだろう。もし国を越えることが出来なかった場合、魔人族は辺境の地で身を隠してもらうことになった。というのもローワンの親族に、辺境に領土を持っている者がいるらしい。


 すべての準備を終え──果ての山脈から朝日が顔を出す。それと同時に、殺気が満ちる。


「アイシャ、幻狼騎士団はお前に賭ける。いつものように、好きなようにやるといい」

「……はい!」


 剣を構えたローワンは、武装を整えていなかったが最高に格好いい騎士団長様だ。

 魔物の雄たけびと共に、戦いの火蓋ひぶたは切られた。



 ***



 結果から言って私の目論見もくろみおおむね成功した。


『早朝、霧が濃くなり連携もとれぬまま、魔物の襲撃によって幻狼騎士団は石化により全滅。

 女神の加護が強かった聖女であるアイシャだけは生き残った』

 ──というのが領主および、帝国軍が提出した報告書の内容だ。


 教会の上層部はそれを受けて、私を保護して教会本部へと帰還きかん

 上層部が「騎士団と魔人族は共闘していた」という噂よりも先に、「幻狼騎士団は聖女を魔物から守って死んだ」という情報が帝国中に広がった。


 なぜ教会上層部よりも早く情報が流れたのか?

 それは幻狼騎士団の使っていた伝書鳩でんしょばとが各教会、領主の元に届けたからだ。血文字と団長のクラーク家の印。そしてその血文字には「魔物、魔人族と遭遇そうぐうし交戦中。聖女だけは死守。救援求む」と簡潔だが、その文面からは鬼気迫ききせまるものがあったのだろう。

 元々貴族、庶民を含めた幻狼騎士団は、帝国で人気があった。故に今回の一件で、一気に《悲嘆の英雄》として人々の心を掴んだ。


 これによって魔人族と騎士団が内通していたという噂を封殺ふうさつすることに成功。仮に「国家転覆を狙っていた」などの噂を新たに流したところで、騎士団を疎んだ連中の戯言として受け取られるからだ。

 事実がどうであれ情報の出し方次第で、一つの武器になりえる。それこそが私とローワンたち幻狼騎士団の反撃の狼煙のろしとなったのだった。

 そして──教会本部に保護された私は、牢獄に放り込まれていた。

 そう、牢獄に。


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