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第8話 人を動かす言葉

「この場で倒れても魔物を倒す。魔人族らしい戦い方だと思います──が、本当にそんな事をしてもよいのですか?」

「何が言いたいのですか?」


 私は出来るだけ、魔人族の心を荒立てるような言い回しを選ぶ。


「たかが小物の魔物との勝負にこだわって、数年後に現れる魔物の大群とのお楽しみを潰すなんて、本当に残念だと言ったのです」

「な……」


 レオンハルトを含め、魔人族が息を飲んだ。

 魔人族は戦闘大好き集団だ。彼らにとって霧の中ではない「魔物との大戦争」と言うのは、夢や憧れに近いだろう。彼らの闘志に火をつけるべく、私は言葉を付け足す。


「ちなみに私は聖女ですが皇族でもあるので、それなりに身分も持っています。この先、成果をあげて上の立場になったあかつきには、魔人族部隊の編成を考えています」


「おお!」と魔人族たちから声が上がった。彼らは戦うことは大好きだが、戦いの名誉がなによりも好物だ。金や富ではなく、たったそれだけを求めてやまない。そしてそれがもう手に入らないと思っていたからこそ、自暴自棄やけになって他国に渡ろうと試みたのだ。ならば、本来の承認欲求を満たす方がいいだろう。


「古の歴史学者たちに思い知らせてやりましょう。今を生きる者たちに、真実を知らせたくはないのですか? 魔人族は魔物と戦うほまれ高い戦士だと、大陸全土に知らしめるチャンスを貴方たちは棒に振って、今日ここで犬死にするのですか?」


「いやだ」と小さな声からそれは大きく──力強い思いとなって言葉になっていく。

 彼らの熱気を受けて私は唇を開く。


「なら! 今日を生き抜いて本来の栄光を取り戻しましょう! 最終目的は南の領土の奪還! それでどうです? ワクワクしませんか?」


 彼らの悲願を叶えると私は豪語ごうごする。その想いが伝わったのか、魔人族の全員の目が、まるで子どもの夢物語を信じるようにキラキラと輝いていた。

 どうせならレオンハルトに抱き上げられた状態じゃなければ最高だったけれど……。本当にそこだけは残念だった。


「さすが私の聖女。ならば私は貴女の盾となり刃となり──夫となりましょう」

「最後のは丁重にお断りいたします」


 素っ気なくあしらっても、レオンハルトはめげなかった。むしろ火に油を注いだようだ。


「ああ、婚約者が居るのなら問題ありませんよ。人間社会の紳士的ルールに則って、手袋を投げて決闘を申し込むので」

「政治的側面で色々問題になるので、やめてくださいね。……実行に移したら、貴方の名前を一生呼びませんから」

「ぐっ……」


 思いのほか「名前呼び禁止」は効果があったようだ。というかよく決闘のことを知っていたわね。

 黙っていたローワンが口を開く。


「大業を吐いたようだけれど、今回の一件で表向き幻狼騎士団は全滅。お前を擁護ようごする騎士団がなくなれば──」

「聖女として活動を制限させられるでしょうね。けれど私がこの座から降りる前に、現在の勢力図を大きく書き換えます」

「ほう……。それは頼もしい事だが、オレはお前一人で何とか出来るほど、簡単な事ではないと思っている」


 今回の一件をしのいだとしても、教会上層と戦うのに私はあまりにも非力だ。権力の前には泣き寝入りするしかない。それは前回、二十一歳まで生きて、嫌と言うほど経験した。次々と親しい者たちは消され、あっという間に盤上には自分だけが残る。

 既に戦いは始まっており、私たちは後手に回っている状態なのも事実だ。


 ローワンの言いたい事は、ただの十二歳の少女過去の私では理解できなかっただろう。当時の私は正義が存在することを信じていた。不正をする者は必ず裁かれる──と。あまりにも楽観的で幼稚な発想だと今なら言える。それこそ夢物語だ。

 自分が動かないで、誰かが助けに来るような奇跡など絶対に起こらない。だからこそ、人は出来る事を積み重ね成し得ないことを努力によって奇跡に近づけるのだ。

 過去の私は気づかずに、そしてその努力を、研鑽けんさんを怠った。

 私は怠惰たいだ傲慢ごうまんだったのだ。しかし今は──今ならまだ盤上の駒は、欠けていない。


「ローワンの言う通り、私一人でしたら何か動く前に封じられて終わりです。ですので、私はこの一件の後、皇帝陛下と教皇聖下に会って今後の話をつけます。聖下は恐らく幽閉ゆうへいされているでしょうから、まずは救出からになりますが」

「……それも未来視によるものか?」

「そうです。ここ数年、聖下が表舞台に出てきていないのも、枢機卿の策略だと思われます。だから何があっても聖下の直属の騎士団は、ここで潰れたら絶対にダメなのです」


 私の必死さにローワンは、頭をガリガリと掻いた。これは彼が何か決断する時のくせだ。私の話を信じてくれる。アイシャという少女にとって、頼れる身近な大人がローワンだった。


「ならオレたち騎士団は絶対に生き残り、アイシャと教皇聖下の役に立つその時まで、身を隠せと言うことか」

「その通りです。出来れば即戦力かつ動けると文句なしです」

「それなら国内は難しいわね。いっそ中立国に向かう方がいいかもしれないわ」


 ローワンとアイシャの会話に割り込んだのはイリーナだった。聡明な彼女に私は首肯した。

 騎士団は全員で二十五人いるが、その誰もが各々の考えを持って最適解を探っている。剣や魔法の腕だけではなく、彼らの柔軟性に私は感動を覚えた。

 そして改めて過去の私は、彼らの素晴らしさを半分も理解していなかったことが、少しだけ恥ずかしかった。



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