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第5話 繋がりつつある陰謀の形

「……って、レオンハルト!」

「こちらの方が早いでしょう」

「それ以前に恥ずかしいわ! 降ろしてください!」


 鍛え抜かれた両腕で抱き上げられてしまい、必死に抵抗するもびくともしなかった。よく考えれば十二歳の少女と、大人のレオンハルトではそもそも体格差があるのだ。もはや実力行使魔法執行もやむなしと決断した時、レオンハルトは唇を開いた。


「その前に貴女に報告があります」


 そこには先ほどのような甘い雰囲気など欠片もなく、耳をそばだてないと聞こえないほど小さな声で囁いた。距離が近いし、急な低い声はやめてほしい。心臓に悪い……。


「報告……?」

「恐らく私たちは《何らかの計画》の駒として、ここにおびき出されてたのでしょう」

「!?」

「というのも、私たちは中立国リーベを目指していたのですが、いつの間にか霧で視界が悪くなり魔の巣窟ドリズルのキシュ村周辺を彷徨さまよっていました」

「中立国リーベを? 海辺のリヴァ諸島を目指すなら分かるけれど正反対よね……」


 中立国リーベはドラーク竜王国、ロザ・クラーロ共和国、そしてエルドラド帝国、この三ヶ国に囲まれた商業国家だ。領土そのものはさほど広くないが他国の貿易の拠点ともなり、国力は三ヶ国とも引けを取らない。


「あれ? でもさっき古の契約で帝国から出られないんじゃ?」

「ええ……、でしたので賭のようなものです。このまま目的もなくただ生きているだけなら、外に飛び出すことで何かが変わるかもしれない──と」


 耳元で囁く声は低く、切実なものだった。つい先ほどまで「添い寝云々」を言っていた彼とは別人である。しかし彼らの試みはある種、自暴自棄ヤケにも聞こえた。

 永遠に続く果てのない旅。確かにそれは地獄のようなものだ。


「けれど私の提案とは別のアプローチで、この状況を打破しようとした同胞がいたようです。それが同胞を差し出して教会の庇護下ひごかに入る──という類いのものだったのかもしれません。もっとも今となっては知るよしもないですが」


 レオンハルトの言葉尻に、私は眉を寄せた。


「今となっては知る由もない」というセリフは、もう聞き出すことが出来ないという意味で使うものだが──。私は振り返りレオンハルトを間近で見つめた。返り血は見られないが、彼からはわずかに鉄の匂いが鼻腔びくうに流れ込んできた。


「まさか……」

「そのまさかですよ。夜半過ぎに逃げ出そうとした者たちが数名いましたからね。「聖女の解除魔法で当初の予定が狂った」と報告しに行く予定だったのかもしれません。私を前にして剣を抜いたのですから、まあ、黒とみるべきでしょう」


 そこには同胞に対しての憐憫れんびの情が欠片もなかったが、嫌悪するような感じもなかった。魔人族は同胞を大切にする一族だと聞いていたのだが、レオンハルトの反応は実に素っ気ない。私にはそれが演技なのか、それともなんとも思っていないのか──よくわからなかった。


「同胞を……。その、悲しくなかったのですか?」

「一族の長として離反者には死を。これはおきてですし、他の同胞を守るためには致し方ないことです。それに最初に裏切ったのは──彼らなのですから……」


 レオンハルトは困ったように私に微笑んだ。

 私は言葉にきゅうした。結果的ではあるが、人間社会の問題に魔人族である彼らを巻き込んでしまった。何か一言言葉をかけようと思考を巡らせるものの、テントの外が明るくなっている事に気付き、私は焦った。

 焦れば焦るほど言葉は出てこず、こうしている間にも刻々と状況は進んでいく。


「……やはり、すごく傷つきましたので、貴女と一緒に寝ればきっと回復するはずです」

「却下です!」

「……この手でもダメですか」


 シリアスな彼はどこへ。残念なセリフを吐く彼に、私はため息を落とした。

 気づけばごちゃごちゃ悩んでいた事が、嘘のように消え去った。レオンハルトに今かけるべき言葉は、同情でも哀れみでもない。


「レオンハルト、夜明け前に魔物が来るの。……だからローワンに作戦を伝える必要があるので、離して貰えませんか? 貴方の先走った求愛は、無かった事にしますから!」

「無かったことにしないで下さい。そちらの方が傷つく。……それに私はこの程度で、うやむやにすることも諦めもしませんよ」

(どうあっても、求婚は諦めてくれないのですね……)

「私の一族では、想い人と枕を三日共にすれば夫婦になる風習がありますので、あと二日は通わせて頂きます。既成事実きせいじじつは大事ですからね」

(なんですかその風習!? あとカウント数が可笑しいし、既成事実って……。なんだかとんでもない人に目をつけられてしまった………)

「さて」


 彼と再び視線がぶつかる。研ぎ澄まされた双眸そうぼうは、戦士のそれだった。


「魔物が来るのであれば、仕方ありませんね。本当に」

「ん?」


 感情を削ぎ落とした──いや、猛り狂うような獣のような闘気。まとった気配はそう言った類のモノで、それこそ人々が魔人族を戦闘狂と呼ぶ所以でもあるだろう。


「まずは皆を起こすところからですね」

「え、ちょ?」


 レオンハルトは私を片腕で抱き寄せると、もう片方の手に身の丈程もある巨大な剣を生み出した。見るからに武器召喚できる類いの能力スキルを持っているのだろう。

 出現した刃は全長百八十センチはあるだろうか、オリハルコンによって生成されたに鈍色にびいろの両手持ち剣だ。その重量は私の体重よりも重いだろう。よく考えればあの剣を私は防いだということになる。記憶にないとはいえ、本当によく生きていたと思う。

 邪竜すら屠れるレベルといっても差し支えないはずだ。


 そんな彼が大剣を掲げた瞬間、剣圧だけで天井の布ごと軽く切り裂いた。

 濃霧に覆われた森は、どこか幻想的で世界そのものが白んでいるように見える。木々の輪郭がぼんやりする中、テントが宙に舞い、小鳥たちが脅えるように空へ逃げ去っていく。

 起こすってまさか──!?


歪霞ディストーション・グレイス



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