「……って、レオンハルト!」
「こちらの方が早いでしょう」
「それ以前に恥ずかしいわ! 降ろしてください!」
鍛え抜かれた両腕で抱き上げられてしまい、必死に抵抗するもびくともしなかった。よく考えれば十二歳の少女と、大人のレオンハルトではそもそも体格差があるのだ。もはや
「その前に貴女に報告があります」
そこには先ほどのような甘い雰囲気など欠片もなく、耳をそばだてないと聞こえないほど小さな声で囁いた。距離が近いし、急な低い声はやめてほしい。心臓に悪い……。
「報告……?」
「恐らく私たちは《何らかの計画》の駒として、ここにおびき出されてたのでしょう」
「!?」
「というのも、私たちは中立国リーベを目指していたのですが、いつの間にか霧で視界が悪くなり
「中立国リーベを? 海辺のリヴァ諸島を目指すなら分かるけれど正反対よね……」
中立国リーベはドラーク竜王国、ロザ・クラーロ共和国、そしてエルドラド帝国、この三ヶ国に囲まれた商業国家だ。領土そのものはさほど広くないが他国の貿易の拠点ともなり、国力は三ヶ国とも引けを取らない。
「あれ? でもさっき古の契約で帝国から出られないんじゃ?」
「ええ……、でしたので賭のようなものです。このまま目的もなくただ生きているだけなら、外に飛び出すことで何かが変わるかもしれない──と」
耳元で囁く声は低く、切実なものだった。つい先ほどまで「添い寝云々」を言っていた彼とは別人である。しかし彼らの試みはある種、
永遠に続く果てのない旅。確かにそれは地獄のようなものだ。
「けれど私の提案とは別のアプローチで、この状況を打破しようとした同胞がいたようです。それが同胞を差し出して教会の
レオンハルトの言葉尻に、私は眉を寄せた。
「今となっては知る由もない」というセリフは、もう聞き出すことが出来ないという意味で使うものだが──。私は振り返りレオンハルトを間近で見つめた。返り血は見られないが、彼からはわずかに鉄の匂いが
「まさか……」
「そのまさかですよ。夜半過ぎに逃げ出そうとした者たちが数名いましたからね。「聖女の解除魔法で当初の予定が狂った」と報告しに行く予定だったのかもしれません。私を前にして剣を抜いたのですから、まあ、黒とみるべきでしょう」
そこには同胞に対しての
「同胞を……。その、悲しくなかったのですか?」
「一族の長として離反者には死を。これは
レオンハルトは困ったように私に微笑んだ。
私は言葉に
焦れば焦るほど言葉は出てこず、こうしている間にも刻々と状況は進んでいく。
「……やはり、すごく傷つきましたので、貴女と一緒に寝ればきっと回復するはずです」
「却下です!」
「……この手でもダメですか」
シリアスな彼はどこへ。残念なセリフを吐く彼に、私はため息を落とした。
気づけばごちゃごちゃ悩んでいた事が、嘘のように消え去った。レオンハルトに今かけるべき言葉は、同情でも哀れみでもない。
「レオンハルト、夜明け前に魔物が来るの。……だからローワンに作戦を伝える必要があるので、離して貰えませんか? 貴方の先走った求愛は、無かった事にしますから!」
「無かったことにしないで下さい。そちらの方が傷つく。……それに私はこの程度で、うやむやにすることも諦めもしませんよ」
(どうあっても、求婚は諦めてくれないのですね……)
「私の一族では、想い人と枕を三日共にすれば夫婦になる風習がありますので、あと二日は通わせて頂きます。
(なんですかその風習!? あとカウント数が可笑しいし、既成事実って……。なんだかとんでもない人に目をつけられてしまった………)
「さて」
彼と再び視線がぶつかる。研ぎ澄まされた
「魔物が来るのであれば、仕方ありませんね。本当に」
「ん?」
感情を削ぎ落とした──いや、猛り狂うような獣のような闘気。
「まずは皆を起こすところからですね」
「え、ちょ?」
レオンハルトは私を片腕で抱き寄せると、もう片方の手に身の丈程もある巨大な剣を生み出した。見るからに武器召喚できる類いの
出現した刃は全長百八十センチはあるだろうか、オリハルコンによって生成されたに
邪竜すら屠れるレベルといっても差し支えないはずだ。
そんな彼が大剣を掲げた瞬間、剣圧だけで天井の布ごと軽く切り裂いた。
濃霧に覆われた森は、どこか幻想的で世界そのものが白んでいるように見える。木々の輪郭がぼんやりする中、テントが宙に舞い、小鳥たちが脅えるように空へ逃げ去っていく。
起こすってまさか──!?
「