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第4話 推理と検証を重ねて

「聖女様」


 甘い声に、魅入る様な視線が痛い。私としては捕食者に狙われている小動物の気分だった。


「……私は、その、貴方たちの幻術を解いただけですよ? さっきの不意打ちも偶々たまたまでしたし……」

「いいえ。少なくとも私の一撃は勢いが殺しきれず、全力で貴女にぶつけました」

「よく生きていたわね、私……」

「ええ、本当に。……貴女は渾身こんしんの一撃を弾いたのです。恐らく無意識的に、攻撃箇所のみ防御盾をいくつも重ねていました。惚れ惚れする反応速度。何より貴女の強い眼差しに惚れました。一目惚れです」

「すみません。まったく記憶にないです」


 だから、無かった事にしてくれませんか。そう心から願ったのだが、その願いは聞き届けられなかった。ガックリと肩を落とす。それどころじゃない。

 そう思っていたのだが、彼の言葉で気になったことがあった。


「ン? 防御魔法でレオンハルトの攻撃を弾いた……と言いました?」

「その通りですよ、愛しい人」


 私がジッと見つめていると、警戒していると取られる仕草だったにもかかわらず、レオンハルトは嬉しそうに笑みを深めた。


(言葉がどんどん愛の囁きになっている。……って、そうじゃない! 今の私の状況を知る上で一番いい方法があったわ!)


 私は弾かれたかのように左手を掲げた。

 十二歳の私ならばあるはずだ。

 聖女の証である聖印。

 淡い光が手の甲に宿り、紋章を紡ぐ。柊の葉に百合の花、剣と杖が交錯する紋章は間違いなく聖女の持つ証。それを確認したのち、自分を《鑑定》する。

 鑑定は生まれた時から誰もが持つ能力スキルの一つだ。ただし、鑑定のレベルを上げる為には、知識と見る目を養わなければならない。教養はもちろん、経験も重視される。


 紋章の上に数字の羅列が浮かび上がる。

 聖女/聖印レベル41

 聖女/聖印レベル??5《???の加護》


(聖女の項目が二つ? でも、これで状況が少し分かって来たわ。レベル41。私の年齢は十二歳の頃で、幻狼騎士団と共に魔物討伐をしていた時間軸で間違いないわ)


 さらに浮かび上がる文字に、私は目を疑った。《鑑定》は全てを見通すわけではない。自身のレベルによって、見えるものも異なるのだが……。


 属性/特殊光魔法。

 使用可能な能力スキル

 《鑑定Ⅲ》《浄化魔法》《広範囲魔法防御》《広範囲物理防御》《状態回復》《治癒魔法Ⅴ》《広範囲身体能力強化》《時間魔法》《光魔法》。


 特殊能力エクストラ・スキル

 世界記アカシック録盤レコードの閲覧権限、《黒の予言書》《???の加護》《虚数空間ポケット》。


(多ッ!? 十二歳の頃の私に能力はもちろん特殊能力エクストラ・スキルなんて、無かったはず。これも時が巻き戻ったことによる影響? ……ううん、今はこれから起こる事を何とかする方が先だわ)


 十二歳の私にとって最後の魔物討伐。

 幻狼騎士団が生存している、そして魔人族であるレオンハルトも一緒に居る。

 聖女の証もあり、聖印レベル41──となれば、この先に待ち構えている出来事惨劇は、夜明けと共に魔物が襲ってくることだ。


 前回では──魔物の襲撃前日、騎士団全員と幻術にかかっていた魔人族との戦闘によって、私は気絶してしまい肝心の魔物との戦いに参戦できなかった。

 結果、襲撃に出遅れた騎士団と魔人族たちは、共闘することで辛くも魔物を退治する。

 ここまでは良かった。しかし各地を巡回していた領主と護衛の帝国軍が、魔人族と共闘している所を目撃する。

 事態を把握すべく領主は、騎士団と魔人族に事情を聴こうとしたが、一部の魔人族が暴走。領主に同伴していた帝国軍と戦闘に陥る。双方ともに大きな犠牲を出し、騎士団と魔人族は捕縛される。私の扱いは保護だったらしいが、それも怪しいだろう。


 帝都に戻るとすぐさま幻狼騎士団と魔人族が国家転覆を謀ろうとしていたという証拠が、皇帝と教皇にそれぞれ提出された。差し出し人は枢機卿数名によるものだった。

 それにより国家反逆罪という烙印らくいんを押された騎士団と魔人族は、弁明の機会もなく処刑台に送られた。改めて考えると未然に防ぐのは不可能なほど、用意周到に準備されていた。

 私だけ生き残れたのは、皇帝──伯父が健在だったのが大きいだろう。けれどそれ以降、聖女として私が活躍する場は永遠に失われた。


(前回の記憶から推察しても、この計画はだいぶ前から動いていたことがわかる。……レオンハルトたちが掛かっていた幻術も、教会側の仕込みの可能性が高い。それに領主が現れた瞬間、魔人族の一人が襲いかかったというのも都合が良すぎる。魔人族の幻術は解いたけど、解除が甘かった? それとも最初から教会側に付いていた?)

「それが聖女の証……。寝物語に出てきた三女神の印に似ているようですね」


 レオンハルトの惚れ惚れするような声に、私は現実に引き戻される。


「三女神? 女神ブリガンティアだけではなく?」

「私たちの一族では、同じ名を持つ三女神ブリードを信仰しております」

「……! その話、あとで詳しく聞かせて」

「それは構いませんが……」


 言いよどむ彼に対して、ここぞとばかりに話を切り上げる。なんたってこっちは時間がないのだ。


「今は急いでローワンと話をしに行くから、レオンハルトも一緒に来て欲しいの」


 ブーツを履いている時間も惜しくて、裸足でテントを出ようとするが──進まない。

 理由は簡単だった。

 レオンハルトが私を後ろから抱きしめたからだ。身長差もあって私の足が宙に浮いた。本当に身体能力が高い。いつの間に!

 あー! もう。はーなーしーて!


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