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第3話 魔人族の求愛って……。

「聖女様は、比翼乃鳥ひよくのとりをご存知でしょうか?」

「……ええっと、極東きょくとうに生息している、一つの翼と一つの目しか持たない雄と雌の鳥ですよね。互いに飛行を支えあわなければ、飛ぶことのできない……珍しい吉鳥とか」

「その通りです。私たち魔人族は、戦いを崇高なるものと考える遊牧民族でした」

(戦闘民族じゃなかったのね……)

「しかし数百年ほど前、南の領土を巡って人間と魔人族の間で争いが起こりました。それ以降、我らの存在は帝国中で否定され、悪の代名詞となり──我らは生きる意義を見失ったのです」

「本来魔人族は、魔物と戦う貴重な戦力として、南の守護を頼む形で領土を与えたというのに……。ごめんなさい」

「聖女様が謝られることはありませんよ。もうずっと前のことです」


 私はかける言葉が見つからず、声が詰まってしまった。

 南の果ては魔物が出現する霧が生じやすい。魔物の侵攻を防ぐためにも、戦闘力が高い魔人族に任せていたのだ。数百年前までは。


「我らは古の契約により、帝国を離れる事はできません。ゆえに霧と共に森を彷徨い、つがいを見つけて静かに暮らすのもありかと、片翼となる強者を探していたのです」

(え、静かに? 森の中でドンパチしてたけど……。というか出会いを求めているという割に、たいして活動してない気がするような。あ、でもそれは幻術を掛けられていたから? ……って思ったけど、出会った二年前も血気盛んで好戦的な感じだったわ)


 当時は正式な挨拶もしておらず、団長とレオンハルトが戦いの中で名乗ったぐらいだ。その時に私は彼の名を聞いたけれど、私は挨拶もしていない。

 今後の交渉も考えて、改めて名乗るべきか考えていたのだが、レオンハルトが先に沈黙を破った。


「話をまとめますと、聖女様。貴女は私にとっての片翼なのです」

「え、違いますよ」


 目を輝かせている美丈夫に私は即答する。だが、さすがは魔人族の長。全く動じていないどころか、そっと私の頬に彼の手が触れた。いつの間に!?


 すでに距離感が可笑しいのだけれど、私の冷めた視線など気にもしていない。いや気にしてください。お願いします。


「私の渾身こんしんの一撃を二度も止めたのです。間違いありません」

つがいを選ぶ理由がおかしいのでは………? あと、気安く触れるのは、やめて下さい」

「私に死ねと……」

(触れられないイコール死なの!?)


 私の反応に気づいて、レオンハルトは苦渋に満ちた顔で見つめ返す。


「わかりました……。ならばいっそこれで……私の命を捧げ」

「捧げなくていいから!」


 次は十五センチほどの銀の短剣を私に膝の上に置きかけたので、彼に短剣を突き返した。いくつ短剣を持っているのか言及しようとしたが──。


「では触れてもいいのですね! なんとお優しい」

「違う!」


 否定するが、もう遅い。

 再び頬に触れるレオンハルトの手は壊れ物を扱うように優しい。剣ダコ、皮膚の固さ、ゴツゴツとした手は私とは全然違う。さりげなく出来るのは、こういった扱いに慣れているからなのだろう。それはもう自然でした。これだから美形は……。

 彼にとって私はきっと物珍しい感じなのだろうと、彼の告白を私は本気にしなかった。


(あ。そういえば……)


 数時間前のことがやけに昔のよう感じ、思い出すのに少し時間がかかった。死に戻りしたからか、記憶がどうにもゴチャゴチャしてしまっている。


(えーっと、過去では私が浄化魔法で解除出来たけれど、攻撃の余波で私は気を失ったはず……。それで気づけば、教会に護送されていたのよね。でも、レオンハルトの話から察するに……)


 レオンハルトの手首や足先へ視線を向ける。思った通り、拘束具こうそくぐのようなものはつけていない。もっとも教会に捕縛されているとしたら、彼が私を訪ねることなど出来なかっただろう。


(意識を失っていた私が早く目覚めたことで、過去と状況が変わってきている?)

「貴女の許可も出たので、ここで婚姻の儀を──」

「しません」


 即答してしまったが、レオンハルトは別段目くじらは立てなかった。むしろ「素っ気ないところもいい」と呟いたのが聞こえてしまい、冷や汗が流れた。


(……ええっと、レオンハルトってこんな感じの性格だった? もっと人間を憎んでいて、好戦的で残虐、冷徹なイメージが強かったんだけど……)


 私の記憶にある彼と現状の彼が、どうにも一致しない。よくよく考えてみれば、彼と二人でこんなに長く話す事もなかった。

 兎にも角にも、今がいつなのか確認が必要だという結論に至る。


「レオンハルト、今は帝国暦何年かわかりますか?」

「答えたら婚姻の儀を──」

「だからしません」


 私は自分の笑みが引きるのを抑える。正直「それどころじゃない」と一蹴したかったが、言葉を飲み込んだ。


「そうですね。聖女様はまだ成人していないのですから、いきなり婚儀では戸惑っているのでしょう。でしたら添い寝から──」

「わ、私ではなく他の方に頼んでは? その顔ですのでモテるでしょう」

「魔人族は強さこそが全てです。強さこそ愛」


「うん。戦闘大好きさんだものね」と私は心の中で思った。もはや私の笑みが引きっているのを隠しきれていないだろう。それなのにレオンハルトはまったく気にしていない。いや、気にしてほしいのだけれど。空気を読んで!


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