(今が魔物討伐の遠征中だと仮定して、最良なのは魔人族と出会わずに魔物討伐を完遂する。最悪なのは魔人族と既に合流し、共闘しているところを巡回していた領主に見られる、よね……)
魔人族という種族は、魔物とは異なるのだが、角と褐色の肌が特徴的な一族だ。竜の血を引いているという話も聞くが、帝国では魔物を使役する上位種という認識が強い。というのも数百年前に魔人族が魔王と名乗って、大規模な侵略行為を行った歴史があるからだ。事実は不明だが。
魔人族の敗北。そのせいで彼らは南の草原を追われ、今では霧と共に帝国内を巡っているという。数はそこまで多くはないが、一人一人が一騎当千の将軍並みに強い。
今回の魔物討伐は教会上層部が、幻狼騎士団を貶める為、魔人族と鉢合うように仕組んだのだ。その上、魔人族たちに幻術をかけて、私たちを魔物と思わせて襲わせる計画だった。
(あの時は気づけなかったけれど、今ならまだ最悪の事態は防げるかもしれないわ!)
十歳の頃から幻狼騎士団の遠征に同行していたが、その時に巻角の魔人族を、何度か見たことがあった。
好戦的な彼らだが、少なくとも話は通じるし、交渉次第で切り抜けられるかもしれない。僅かな希望を胸に、私は寝床から起き上がる。
薄暗かったテントの中も次第に目が慣れてきた。
まずは団長のローワンに話をしに行こう。そう思って動こうとした瞬間、テントに入り込んできた人物に私は目を見開いた。
「目が覚めましたか、聖女」
バリトンのよく響く声。
黒い鹿の巻角、褐色の肌に、目鼻立ちが整った顔。宝石のような紫の瞳、淡い金髪は片目を隠すように左前髪が長く、後ろ髪は基本的に三つ編みで一つにまとめていた。かなり美形で、
そして彼は魔人族でもある。朱色の入れ墨は上半身に彫っており、黒のズボンに、竜の鱗で作られた甲冑は腰回りと足のブーツのみだ。豪華な毛皮付きのマントは、一族の身分を表すらしい。
「レオンハルト……!」
レオンハルト=サンチェス。
それが魔人族の長の名だ。かつて騎士団と共に、救えなかった一人。
黙っていれば、かなりいい男なのだが、一に戦闘。二に戦闘という戦闘狂で、近接戦闘が特に得意だ。その昔、邪竜を倒したこともあるとか。
「……貴女が目を覚ますのを、ずっと待っていたのですよ」
「え?」
聞き間違いだろうか。流暢な言葉遣いに私は小首を傾げた。
刹那。膨れ上がった殺気に、私は反射的に防御魔法を展開する。無詠唱、予備動作なしでの即時防御壁が出現する。
キィン、と魔法防御に弾かれた金属音が響いた。目にもとまらぬ速さだったが、攻撃をした相手はハッキリと分かっている。
(え、なに、なに? こわい!?)
「やはり、貴女が……」
(全然話が見えないのですけど……)
人の命を狙っておいて、彼は一人勝手に納得しているようだった。
レオンハルトと視線がぶつかると、彼は満面の笑みを浮かべた。
(なになに!? どういうこと!?)
反応に困っていると、彼は片膝ついて、恭しく頭を下げたのだ。さらに私が困惑したのは言うまでもない。
本当に死に戻ったのだろうか?
私の記憶に、このような展開はなかった。
「レオンハルト?」
「重ね重ね非礼をお許しください。あることを確認するために必要なことだったのです……」
「あること? 私への攻撃が?」
「はい。……それでも貴女の気が済まないというならばこちらを」
「え?」
手渡されたのは、二十センチほどの短剣だった。やけに重くズッシリとしたそれを両手で受け取る。
「これで私の首を
「しないわよ!」
思わず声を上げてしまった。顔を上げた彼は目を輝かせる。
「……! ご慈悲を与えていただき感謝いたします」
(え、本当にあの戦闘狂のレオンハルト……なの?)