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第0話 Bad Ending……?

「あ。あっ、あああああああ!!」


 ヴィンセントは従兄妹で、幼馴染みだった。嫌がらせばかりされたけれど、それでも私の母が亡くなった時、優しくしてくれた。

 私が婚約破棄をしても、この未来は変わらないのね。


 ──現在が確定し、未来が更新されました──


 それは詩を述べるように美しい声音で、誰かがささやいた。

 私には忌まわしい呪いの言葉だ。

 ふと、私の目の前に、血濡れた黒い背表紙の本が目に入る。宙に浮いた本は突風が吹いたかのように、勝手にページがめくれ──赤い糸が文字となって紡がれる。

 絶望という名の死神が、大鎌を手に近づいて来るようだ。

 迫りくる刻限こくげん。覆らない現実。

 《審赦の預言書》の結末は止まらない。

 駄目、駄目、駄目──! その未来を確定させてしまったら──ッ!


 手を伸ばす。いくつもの赤い糸が紡がれていくのを阻止しようとするが、鎖で繋がれた腕はすでに自由を失っていた。

 涙が零れ落ち、視界が歪んだ。

 なんと無様なのだろう。今更なにが変わるというのか。

 こんなにも私は諦めが悪くて、無力だ。紡がれていく赤い文字は、まるでそうあるべきだったかのように、すらすらと書き足されていく。

 私は見ていることしか出来ない。


「次はお前の番だ、アイシャ=キャベンディッシュ」


 低い男の声が私の耳に届いた。

 深緑色の長い髪、逆光で顔は見えなかったが、猛禽類もうきんるいのような鋭い視線で私を見つめる。

 目が慣れると、その顔に見覚えがあった。


「貴方は……?」

「俺の名を忘れたのか? 魔物討伐大連合軍総督、ルーク=グレイ・イグレシアスだ」


 ルーク? ああ、魔法学院で一緒だった……。チェスが得意で成績は学内一位。その程度の認識しかなかった。


「……悪いな。魔物を統べる存在悪役が必要なんだ。かつての魔王のように──」


 耳元で囁かれた声は、少しだけ憐憫れんびんの色を帯びていた。私は視線だけ彼を見つめると、冷めた緋色の瞳とぶつかる。感情を削ぎ落したかのようなその顔は、冷酷さも、憎悪もなにもない──無だった。


「吊るされた者たちは、自分たちが助かるため魔神王に与した──故に、苦痛の中で死に絶える。そして埋葬されず骨になるまで曝す。……だがお前は、一瞬で終わる」

「!?」


 私はようやく自分の状況を理解して、歯噛はがみした。


「また……を押し付けられたのね。学園では悪女、そしてここでは《裏切りの大魔女》……ッツ! どれだけ私をおとしめて、大事なものを奪えば気が済むの!」

「お前がそういう立ち位置に居たのが悪い」


 たまたま都合のいい人間がいたから、埋め合わせをした。そう彼は感情もなく淡々と答えた。

 長い灰色の髪を鷲掴みにされて、私は処刑台に押し付けられる。足掻いてもそれ以上の力で頭を押さえられて、抜け出せなかった。


 女神ブリガンティア。これも試練だというのですか……! こんなことになるなら……!

 もっと自由に、我儘わがままに生きればよかった。息を殺して、耐え続けた人生。もっと公爵令嬢として、聖女として縛り付けられた運命と戦っていれば──! 

 都合のいい願いだと分かっていても、願わずにはいられなかった。

 もし時間が巻き戻るなら──今度こそ全ての運命の糸フラグを叩き折って見せる。

 私の意識が途絶える瞬間、赤い糸が嘲笑あざわらうかのように揺らいだ気がした。


 帝国暦二〇七七年八月三一日。

 処刑されたのはアイシャ、二十一歳。

 キャベンディッシュ公爵の長女。しかし魔法学院卒業の際、キャベンディッシュ家から追い出され平民となる。そののち、辺境の地で生きるも聖女の力を失った彼女は《裏切りの大魔女》として生涯を終える。

 ──はずだった。



 ***



「………っあ!」


 勢いよく瞼を開くと、薄暗い天井が飛び込んできた。

 夜明け前だろうか、やけに薄暗い。

 心臓の鼓動が未だ激しく、全身が汗ばんでいた。

 悪夢──と言い切れない生々しい光景。


「はぁ……はぁ……」


 落ち着いて呼吸を整える。

 よく周りを見ると牢屋ではなく、かといって自分が住んでいる屋敷でもない。

 布を引いたテントの中だ。絨毯じゅうたんの上に、クッションが置かれており、体には獣の皮で作った毛布が掛けられていた。野宿とはいえ、かなり高待遇だ。


(ここは……? 私は処刑されたんじゃ?)


 ゆっくり起き上がりと、後頭部に鈍痛どんつうが走った。

 頭を押さえているうちに、痛みは引いていく。改めて自分の両手を見つめると、思いのほか縮んだ気がする。幼い子どもの手。ふと視線を下に落とすと胸が──ない。元々は双丘があったはずだ。


(胸……というか、全体的に縮んでいる!?)


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