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第9話

 可愛い、黒猫ちゃんに怒られた……。


 いや、それよりも。


「……ね、ね」

「ね?」


「猫が人の言葉をしゃべったぁ!」

「あなたは知らないのですか? 猫、動物だって言葉くらい話しますよ」


 ――おお、さすが異世界!


 今度、お隣のカトリーナお姉さんが飼っている"チビドラゴン"と、ナナばぁーの"子トラ"に話しかけてみよう。


「(ボソッ)……まあ、嘘ですけど」

「ん? なにか言った?」


 黒猫ちゃんは目を細め。


「いいえ、何も言っておりません。……ところで、あなたのお腹の具合はどうなんですか?」


「私のお腹の具合?」


 意味がわからず首を傾げると、黒猫ちゃんは長い尻尾をパシパシ地面に叩きつけて。


「気持ち悪くないか? お腹は痛くないか? 聞いているのです。そんな得体の知れない"シュワシュワ"する不思議な物を飲んで、お腹が痛くないかを伺っているのです」


 ――得体の知れないシュワシュワ?


 あ、そうか……この黒猫ちゃんは私の心配してくれているんだ。――なんて優しい黒猫ちゃんなんだ。


「ありがとう、黒猫ちゃん。この赤い実は食用だから食べても平気なんだよ。……そうだ、あなたも気になるのなら"シュワシュワ"飲んでみる? ぜったい、びっくりすると思うよ」


 と、私は黒猫ちゃんの返事を待たず。マジックバッグからコップを取り出し、シュワシュワをそそいで目の前に置いた。


 地面に置いた、シュワシュワ音がなるコップの中身を、黒猫ちゃんはいぶがしげに見つめた。


「ふぅ、未知なる体験――(ゴクッ)大丈夫、僕に毒は効きにくい、なにごとも体験あるのみです! ……摩訶不思議(まかふしぎ)なシュワシュワ……いただきます」


 オズオズ、ピンク色の舌でシュワシュワをペロリ舐めた。そのとたん、頭から猫ちゃんの毛が"ぶわあっ"とふくらむと、それはいっきに尻尾まで走り抜けた。


 猫ちゃんは瞳を大きくして。


「お、おお!こんなの初めてです! 面白い、舌と喉がシュワシュワいたします!」


(おお、いい反応!)


 気に入ったのか、黒猫ちゃんはシュワシュワを一気に飲んでくれた。そして、ペロペ口舌で口の周りを舐め、毛繕いをはじめた。


(可愛い、スマホに撮りたい! 猫の仕草って可愛いなぁ。前世、猫を飼いたかった……鳴き声も、もふもふも、見ているだけて癒される)


 この子を撫で回したい。

 家に連れて帰って一緒のベッドで眠りたい。

 朝になったら、ぷにぷにの肉球で起こしてもらいたい。


 ――されたら、どんなに幸せだろう。


「フフ。……エルバ様、えんりょせず僕を撫でてもいいのですよ」


 ――え、今、私の名前を呼んだ?


「どうして、私の名前を知っているの?」


「名前? エルバ様は知らないのですか? 今、この魔法都市サングリアであなたの事を、知らない人はいません。なにせ、エルバ様はコメ草の食べ方をみつけた有名人です」


 ――私が有名人? コメ草の食べ方はみつけとというか……博士が教えてくれたんだけど。


「ちまたで"エルバコメ"と名前のついた商品が配られました」


「え、エルバコメ!」


 だから、さいきん外出するとみんなが……優しい瞳でみてきたんだ。

 おむすび食べる? とか、お団子どう? とかもあった。


「……でも、そのネーミングは照れちゃうなぁ」


「フフ、実に面白い……エルバ様、僕は"かれこれ"暇を持て余しておりました。実によい暇つぶ……いいえ、エルバ様とお知り合いになりたいです」


 今、私のことを"よい暇つぶし"と言ったな。

 まあ、黒猫ちゃんは可愛いから、いいけど。


「そうです! 手始めに僕に名前をつけてみませんか?」


「黒猫ちゃんに名前?」



  ――僕に名前をつけてみませんか?


 黒猫はそんな事を私に言った。


「私が黒猫ちゃんに名前つける? あなたは名前がないの?」


「はい、いまの僕には名前がありません」


 いまは名前がない? と、なると猫ちゃんには昔は名前があったけど……いまは訳があって、その名前が使えないとか?


 はっ! 亡くなってしまった、元の飼い主にしか呼ばせたくないとか?


 重大じゃない、私が名前をしっかりつけてあげないと。


 ――このときの私は、この名前付けがいかに重要で、大切なものなのか勉強不足で知らなかった。




「君の名前は……」


 心地よい風が頬をなでるエルブ原っぱで、私は黒猫ちゃんの名前を真剣に考えていた。


「よし、決めた。見た目が黒いから、黒ちゃんなんてどう?」


「却下で!」


「え、お断りありなの?」

「はい。自分の名前ですので、よい名前がいいです」


 そんな、きらきらな瞳で見ないで……元の飼い主さんよりいい名前なんて――プレッシャーが。


「うぬぬ……」


 トム、却下。

 ぽぽ、却下。

 しげぞー、却下。


「エルバ様は名付けの、センスがありませんね」

「ひどい、これでも……真剣に考えてるのに!」


 まめ吉、ココ、またゴロー、モチ太郎……全部ダメ?

 だんだん黒猫ちゃんの額の、模様が"ローマ字のR"に見えてきた。


「アール君はどう?」

「アール……いい名前です」


 アール君の名前を、黒猫ちゃんは喜んでくれた。


「つぎに人差し指を、僕の前に出してください」


「人差し指? はい」


 何も考えず人差し指をだすと、猫ちゃんはその指をガブリと噛み付き、指から流れた私の血をペリッと舐めた。


「え、ええ――私の血を舐めた? な、なんで?」


 驚く私とアール君の真下に、赤黒な魔法陣が現れて消えた。



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