可愛い、黒猫ちゃんに怒られた……。
いや、それよりも。
「……ね、ね」
「ね?」
「猫が人の言葉をしゃべったぁ!」
「あなたは知らないのですか? 猫、動物だって言葉くらい話しますよ」
――おお、さすが異世界!
今度、お隣のカトリーナお姉さんが飼っている"チビドラゴン"と、ナナばぁーの"子トラ"に話しかけてみよう。
「(ボソッ)……まあ、嘘ですけど」
「ん? なにか言った?」
黒猫ちゃんは目を細め。
「いいえ、何も言っておりません。……ところで、あなたのお腹の具合はどうなんですか?」
「私のお腹の具合?」
意味がわからず首を傾げると、黒猫ちゃんは長い尻尾をパシパシ地面に叩きつけて。
「気持ち悪くないか? お腹は痛くないか? 聞いているのです。そんな得体の知れない"シュワシュワ"する不思議な物を飲んで、お腹が痛くないかを伺っているのです」
――得体の知れないシュワシュワ?
あ、そうか……この黒猫ちゃんは私の心配してくれているんだ。――なんて優しい黒猫ちゃんなんだ。
「ありがとう、黒猫ちゃん。この赤い実は食用だから食べても平気なんだよ。……そうだ、あなたも気になるのなら"シュワシュワ"飲んでみる? ぜったい、びっくりすると思うよ」
と、私は黒猫ちゃんの返事を待たず。マジックバッグからコップを取り出し、シュワシュワをそそいで目の前に置いた。
地面に置いた、シュワシュワ音がなるコップの中身を、黒猫ちゃんはいぶがしげに見つめた。
「ふぅ、未知なる体験――(ゴクッ)大丈夫、僕に毒は効きにくい、なにごとも体験あるのみです! ……摩訶不思議(まかふしぎ)なシュワシュワ……いただきます」
オズオズ、ピンク色の舌でシュワシュワをペロリ舐めた。そのとたん、頭から猫ちゃんの毛が"ぶわあっ"とふくらむと、それはいっきに尻尾まで走り抜けた。
猫ちゃんは瞳を大きくして。
「お、おお!こんなの初めてです! 面白い、舌と喉がシュワシュワいたします!」
(おお、いい反応!)
気に入ったのか、黒猫ちゃんはシュワシュワを一気に飲んでくれた。そして、ペロペ口舌で口の周りを舐め、毛繕いをはじめた。
(可愛い、スマホに撮りたい! 猫の仕草って可愛いなぁ。前世、猫を飼いたかった……鳴き声も、もふもふも、見ているだけて癒される)
この子を撫で回したい。
家に連れて帰って一緒のベッドで眠りたい。
朝になったら、ぷにぷにの肉球で起こしてもらいたい。
――されたら、どんなに幸せだろう。
「フフ。……エルバ様、えんりょせず僕を撫でてもいいのですよ」
――え、今、私の名前を呼んだ?
「どうして、私の名前を知っているの?」
「名前? エルバ様は知らないのですか? 今、この魔法都市サングリアであなたの事を、知らない人はいません。なにせ、エルバ様はコメ草の食べ方をみつけた有名人です」
――私が有名人? コメ草の食べ方はみつけとというか……博士が教えてくれたんだけど。
「ちまたで"エルバコメ"と名前のついた商品が配られました」
「え、エルバコメ!」
だから、さいきん外出するとみんなが……優しい瞳でみてきたんだ。
おむすび食べる? とか、お団子どう? とかもあった。
「……でも、そのネーミングは照れちゃうなぁ」
「フフ、実に面白い……エルバ様、僕は"かれこれ"暇を持て余しておりました。実によい暇つぶ……いいえ、エルバ様とお知り合いになりたいです」
今、私のことを"よい暇つぶし"と言ったな。
まあ、黒猫ちゃんは可愛いから、いいけど。
「そうです! 手始めに僕に名前をつけてみませんか?」
「黒猫ちゃんに名前?」
――僕に名前をつけてみませんか?
黒猫はそんな事を私に言った。
「私が黒猫ちゃんに名前つける? あなたは名前がないの?」
「はい、いまの僕には名前がありません」
いまは名前がない? と、なると猫ちゃんには昔は名前があったけど……いまは訳があって、その名前が使えないとか?
はっ! 亡くなってしまった、元の飼い主にしか呼ばせたくないとか?
重大じゃない、私が名前をしっかりつけてあげないと。
――このときの私は、この名前付けがいかに重要で、大切なものなのか勉強不足で知らなかった。
「君の名前は……」
心地よい風が頬をなでるエルブ原っぱで、私は黒猫ちゃんの名前を真剣に考えていた。
「よし、決めた。見た目が黒いから、黒ちゃんなんてどう?」
「却下で!」
「え、お断りありなの?」
「はい。自分の名前ですので、よい名前がいいです」
そんな、きらきらな瞳で見ないで……元の飼い主さんよりいい名前なんて――プレッシャーが。
「うぬぬ……」
トム、却下。
ぽぽ、却下。
しげぞー、却下。
「エルバ様は名付けの、センスがありませんね」
「ひどい、これでも……真剣に考えてるのに!」
まめ吉、ココ、またゴロー、モチ太郎……全部ダメ?
だんだん黒猫ちゃんの額の、模様が"ローマ字のR"に見えてきた。
「アール君はどう?」
「アール……いい名前です」
アール君の名前を、黒猫ちゃんは喜んでくれた。
「つぎに人差し指を、僕の前に出してください」
「人差し指? はい」
何も考えず人差し指をだすと、猫ちゃんはその指をガブリと噛み付き、指から流れた私の血をペリッと舐めた。
「え、ええ――私の血を舐めた? な、なんで?」
驚く私とアール君の真下に、赤黒な魔法陣が現れて消えた。