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【16】ずっとあなたのお傍に

 実は、お父さまは数年前からジョエルと私を結婚させようと思っていたらしく、ジョエルをファルストン辺境伯に養子にいれてくれないかと打診していたらしい。


 原因は私のトラウマだ。

 私の様子を12歳まで見て、それでもトラウマが解消されないようなら、ジョエルを結婚相手として仕立てようと決めていたらしい。


 けれどその計画は、今になって私がレイブンお兄様と婚約したい、と言い出したため変更することにしたそうだ。


 お父さまとしても、正統な貴族の血筋であるレイブンお兄様と婚約したほうが良縁なので、ファルストン閣下にお願いしなおしたそうだ。


 レイブンお兄様は、私のトラウマを知っていてジョエルの役割や内情もご存知だし、さらに身分も格上。

 お父さまにとっても本当に都合の良い相手だったようだ。



「オレは、あなたとの結婚を夢見ていたのに、がっかりでしたね。しかも身に余る貴族の家に養子になったことと闇属性を持ってることで、親戚の娘との縁談を進められそうにもなりましたし」


 私に貧民街から無理矢理つれてこられて、ずっと眠る時に手を繋ぎつづけ、恋人もできない……。

 勝手に望まない縁談は進められる……。


 貴族に弄ばれる人生だ……。

 ジョエル、本当にごめん……。


「聞いてない!? え、でもジョエルと私が結婚してどうするの!? 家門的になんの得も」


「なんて酷い言い方するんですか。オレの口の悪さを指摘するわりに、あなたも結構素直に物を言い過ぎなのでは? そっちがその気なら私も言葉の剣を抜きましょう。あなたね。オレがいないと眠れない令嬢が、普通にどこかの家門に嫁げるとでも思ってたんですか?」


「ホントに歯に衣着せなくなった……! だって治すつもりだったし!」


「優しい親心ですよ。騎士に仕立てた私に領地を一部分け与えて、そこに嫁がせるつもりだったんですよ。そうしたら、怖い相手のいない社交界にも出ないでいいし、華やかではないけどあなたの性格に合った生涯を送れるだろうと」


「お父さま……」


「まあ、それにあなたを無理にどこかへ嫁がせたとして、護衛が傍にいないと夜寝れない令嬢なんて苦情の元にしかならないですし……いくら治療のためとはいえ、オレに寝かしつけされてるなんて場合によってはそれ以上の想像されても普通ですしねー……はっきりいって傷物令嬢といっても過言ではないですよ」


 傷物……うすうす感じていたことを!!

 はっきり言わないで!!


「うあああ。言葉の剣、収めてくれるかな!? 私が悪かったから!!」


 私は頭を抱えた。

 ホントにそうだ。今はそれが表沙汰になってなくて、秘密裏に治療が完了した状態で結婚しても、のちのち発覚した場合、そういう噂がたって離縁ともなりかねない……。

 結局それは家門の傷になる。


 「ジョエルは知ってたの?」


「知ってたもなにも。昔怖い物知らずだったオレが、お嬢様と結婚させてくれって旦那様に言ったわけですよ。そうしたら貴族令息に見劣りしない男になるなら認めてやらないでもない……と、騎士になる羽目になりましたよね。おまけに影でめちゃくちゃ勉強させられました。貴族のことやらなんやら……。なのに、お嬢様はレイブンが好き好きと……。オレは、かなり拗ねてましたね。……おかげでとても言葉の悪い男に成長できました」


「拗ねてた!? ていうか、拗ねてたから言葉悪かったの? 無理矢理雇ってしまったからではなく!?」


「はい。オレが必要だといって、ここに連れてきて、おまけにオレがいないと眠れない……。そりゃ、可愛いに決まってるし、オレのこと好きなのかと思いましたよね。しかし現実は皮肉でした。でもまあ、あなたは伯爵令嬢ですので、平民男子の気持ちを振り回そうとも咎められることはないですよ、ええ。私は非常に気分を害してましたがね……フフフ」


「う!?」


 最低だ。

 無理矢理連れてきてしまった、とは思っていたが、給料も待遇も良いし、実際のところ本当に嫌だったらでていくだろう……と。

 でも、彼の慕情を利用していたのだと思うと、知らなかったとは言え……。

 ああ。私は、また人の気も知らないで傷つけていたのか……。


 「すみません、言い過ぎました」


 黙りこくった私にジョエルが態度をやわらげて謝った。


「あ……いや、いいのよ。そんなに長年鬱憤を貯めてたのだったら、逆にもっと言っていいよ……。本当のこと、言ってくれてありがとう。でもそんなに怒ってたのに、私のことずっと好きでいてくれたの?」


 私は先程受け取った花束を、軽く抱きしめた。


 良く見れば、オレンジ色と青色の薔薇の花で彩られていた。

 ……私の色だ。


「はい。他の人を好きになろうと恋人を作ろうともしましたが、以前お話したとおりです。……それで、今日このタイミングであなたに告白しようと思ったのは、結婚式であなたの様子を見た所、レイブンにもう未練がなさそうだったので……。オレはあなたの中からレイブンへの気持ちが消えたら告白しよう、と決めていたんです」


「よく、未練がなくなったってわかったわね」

「……傍でいつも見てますから、わかります」


 そう言ったジョエルの顔はもう優しかった。


「そ、そっか」


 ジョエルという人の見え方がかなり変わってしまった。

 これから一緒にいるのが気恥ずかしくなりそう。


「さて。スッキリしたところで、これからオレは、本気であなたを落としにかかります。覚悟してくださいね」


「……な、なんですって」


「まあ……オレから逃げようったってもう、無理ですよね。あなたは結局オレがいないと眠れないし……外堀はもう埋まってるようなものですから。旦那様的にも、もとの予定に戻っただけですので、オレはお墨付きの相手。それともプロポーズの返事はすぐもらえたりするのですか?」


 薄笑みを浮かべるジョエル。あの、怖いんですけど?


「告白する態度じゃなくない!? ……えっと、とりあえずタイミング的に返事はちょっとお待ちいただけたらと……。それに、こんな状態……例えOKだったとしてもOKできないわよ……」


「わかりました、プロポーズはいずれ折をみてやり直させてください。オレももう少し立ち振舞を勉強し直してきます」


「やりなおすんだ!? ……でも私がプロポーズをOKする意味あるの? お父さまはもう決定事項にされてるのでしょう?」


「オレがいやなんです。あなたが納得しないで結婚することは。今日も急すぎたと自分でも思いますし――」


 ジョエルはひと呼吸おいたあと、


「――ミルティア」


 私を名前で呼んだ。


「な、なに」


「あの時……オレを必要と言ってくれて、ありがとう」


「――あの時?」


「初めて会った時です」


 聞けばジョエルはあの貧民街で、もともと母親と二人暮らしだったらしいが、その時は、すでに1人で暮らしていたという。

 母親は、ある日、恋人ができた途端、ジョエルを孤児院にいれて姿を消したらしい。


 彼がそっけなかったから、聞けなかったというのもあるけど――私ったらそんなことも彼に聞いていなかった。ずっと傍にいたのに。


 「頑張って働くから、そのうちその恋人より稼いで、楽に暮らせるようにすると、泣きついたんですけどね。無駄でした」


 もう、あんたは必要ないの、と言われたのが最後の言葉だったらしい。


 だから、私が「あなたが必要」と言ったことは、彼にとっては救われた言葉だった、と言われた。


 あと、驚いたことに彼の母親は、ジョエルを身ごもった時、上位貴族の愛人だったらしく、一応貴族の血も引いているんだとか。

 なるほど、それなら闇属性を持っていても不思議じゃない。


「オレにもあなたが必要だ。だからオレとのこと、考えてください。ただ、オレ以外にまた好きな人ができても、オレはあなたの騎士はやめませんから」


「ジョエル……」


 長い付き合いのはずなのに、知らなかった彼の側面、そしてその誠実な言葉に胸がいっぱいになっていく。


「オレは、ずっとあなたのお傍に」


 そう言ってニコリと微笑んだジョエルに、こんな笑い方する人だったっけ……、と私は初めて、心が大きく揺れた。




 ――それからというもの。


 ジョエルの「落としにかかる」という言葉は、本気だった。


 今までの辛辣さはどこへやら。

 どうしたんだ、ジョエルじゃないんじゃないかしら? 中身が違うんじゃないかしら……? と疑いたくなるくらい、ジョエルは私の心を暖かく包み込むように接してくれた。


 ただ、「好きな男性ができたらあきらめます」と口では言いながらも、周囲の男性を排除していたのを知り、やっぱジョエルだわ、と思った。


 そのように、たまに呆れることはあるものの、私は次第に彼に惹かれていった。

 なにより、彼の傍が今ではとても居心地が良いのだ。


 ――ずっと傍にいて欲しい。


 そんな風に、私にとって無くてはならない存在だと確信したころ、ジョエルは私に再びプロポーズをしてくれた。


 私の心の準備ができたことを、気がついてくれた。

 驚くほど、私のことをわかってくれている。



 ――季節は春。

 呼び出された貸し切りの庭園は、花が咲き乱れていた。

 エスコートする彼のその洗練された態度は、今やレイブンお兄様にも劣らない貴族令息のようだ。


 ジョエルがはめてくれた指輪の存在を、ずっと感じながら、庭園を歩く。


「ミルテ。今日は来てくれて、本当にありがとうございます」


 ――あ。


 いつか、レイブンお兄様に考えてとお願いして叶わなかった、愛する人だけが呼ぶ私の愛称。

 お願いしたわけじゃないのに、この時ジョエルは自然と私をそう呼んでくれた。


「その呼び方……」

「あ……駄目でしたか?」

「ちがう、とても嬉しいの……どうしてあなたは、私のしてほしいことがわかるの?」


「……きっと、ずっと傍にいたからですよ」


 ジョエルのその優しい声に、私の心は温かいもので包みこまれ、涙があふれてしまった。


 抱き寄せてくれたジョエルの腕のなかで、私は何度も思った。



 ――ジョエル、これからも、ずっと一緒にいてね。



                ■FIN■



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