呼び止められ二人の方を向くと、テレジアお姉様の目からは大粒の涙がこぼれ落ち、レイブンお兄様も罪悪感でいっぱいの顔をされていた。
「ありがとう……。ミルティア、この恩は絶対に忘れないわ」
ああ、私はやっぱり彼女のこの涙に弱い。
私はハンカチを出して、彼女の涙を拭った。
「ふふふ。大きな貸しですよ! 二人共じれったいんですから!」
「ミルティア、本当にすまなかった。……ありがとう」
「な、何言ってるんですか! 騙したのは私のほうですよー! でも役にたったなら良かったです! では、失礼しますね。ジョエル、行こう!」
さすがに、長く言葉を交わす気にはなれなかった。
彼らの気持ちをわかっていなかったとはいえ、1人で盛り上がっていた自分が馬鹿みたいに思えたのもあった。
せめて、私が婚約したいと言い始めた時に、本当の気持ちを教えてもらえたなら……と思うところもあった。
彼らも私を傷つけたくなかった上でのこととはいえ……、そっちのほうが、どれだけ良かっただろう。
「……はい」
ジョエルは不機嫌な声を出したものの、私に従った。
部屋に戻ってきて、さっきやりかけだったチェス盤を眺める。
さすがに続きをやる気にはならない。
「お嬢様、あれでは聞いた使用人によっては、お嬢様の印象を悪くする者もいるでしょう。今回のこと、あなたが被害者なのに、なんでさらに責任を負ってしまったんですか」
ジョエルはとても不服そうだ。
「でも……二人の間に割り込んでしまったのは私だもの」
「それは違います。あなたが割り込まなくても、あの二人はいずれ問題を起こしていましたよ」
「うん。そして結局私が領主になることでしか解決しなかっただろうから……。ふふ、私に領主が務まるかなぁ……ん?」
ソファに座ろうとしたところ、ぎゅ、とジョエルに抱き寄せられた。
「ちょ、ちょっとジョエル……あ」
さらに、頭を撫でられる。
まるで、小さな子供になってあやされている気分だ。
「護衛がすることじゃないわよ……? なに? 今はまた侍女なのかしら?」
涙がにじんだ。
やめてほしい、泣くのを我慢しているのに。
「そうです、侍女です。そして今日は特別です。私は今回の結果、非常に不満がありますが――ミルティアお嬢様にしては上出来です。……よく頑張りました」
「護衛……じゃなかった侍女のくせに、……ほんと、失礼なんだから……」
でも、ジョエルが優しい気持ちで慰めてくれていることがわかる。
嬉しい。でも結局、目頭を抑えてしまったじゃないの。
せっかく自分にできる限りのかっこいいことをやってきたあとなのに。
「あなたは、無邪気なようでいて、自分を抑えて人のために動ける。なかなかできることではありません。ですが、今後は自分の心ももっと大切にしてください。ただでさえトラウマ持ちなんですから」
「ありがとう。でも、ジョエルに慰められるなんて変なの」
「それは、心外です」
「ふふ。そうだ、トラウマも引き続き治療、がんばらないとね」
「無理に頑張らなくていいです」
「え?」
「これからも、オレがずっと傍にいますから。治らなくても問題ありません」
「だって、それだと、あなたが恋人できないじゃない」
あれだけ苦情を言っていたのに。
「あなたがこれから領主として頑張るみたいですので、オレもあなたの護衛騎士として真面目に頑張るとします。――ミルティアお嬢様」
ジョエルが膝を折って、私の手をとり、キスをした。
「私、ジョエル=ラングレイは、あなたを主とし、あなたの騎士として、生涯守り支えることを誓います」
「ジョエル……。やだ、ちょっと感動しちゃうわ、あなたからそんな誓いを聞けるなんて。ありがとう……。頼りにするわ、これからも」
まさかジョエルから騎士の誓いを聞けるなんて夢にも思わなかった。
私にはこんな心強い護衛がいるのね。
思い返せば……。
ジョエルはいつも私が、心の闇に囚われそうになると、それを邪魔しにきていた。
慰め方はストレートじゃなく、邪魔しに来るのがジョエルらしいとも言える。
ひねくれものの彼だから、意図的ではないかもしれない。
でも、確かに彼の存在は私の心も護衛してくれてたのだと、思った。