「そんな……! お願いです。気持ちを知られた以上は私も言います、レイブン以外の人はいやです!」
テレジアお姉様は、お父さまの決定に抵抗した。
そしてレイブンお兄様もファルストン閣下に訴える。
「お願いです! ミルティアとの婚約が解消されるなら、僕とテレジアを婚約させてください……!」
頭で理解していても、胸がズキリ、と傷んだ。
あの日、覚悟を決められたレイブンお兄様の中には、私は存在しない人間のように感じられた。
耳を塞ぎたい。
しかし、その時、彼らを叱りつける怒りを含んだ声が聞こえた。
「ふざけるな。ミルティアお嬢様にまだ謝罪もしてないのに、自分の要望を通そうなんて思うな」
ジョエルー!?
ジョエルの発言に私は目が点になって胸の痛みが引っ込んだ。
「ジョエルの言う通りだ。慎め、レイブン」
ファルストン閣下ー!?
いや、なんで私の護衛はこんなに発言を許されているの……!?
見れば、レイブンお兄様もびっくりした顔でジョエルを見ている。
そこに、ぐす……とお姉様の鼻をすする音が聞こえた。
「そうよ、レイブン。私達まだ、ミルティアに謝っていないわ。……ごめんなさい、ミルティア。私、本当にこんなつもりじゃなかったの、我慢を通すつもりだったの……許してとは言わないわ。あなたが望むなら家督をあなたに譲って、私は修道院へ行くわ」
お姉様が真摯な瞳で、私を見て、謝られた。
「お姉様……」
「テレジア……。そうだね。僕もずっといくじなしだった。テレジアのことが好きなら好きと言って、君と婚約する前に父たちに相談すればよかったんだ。全部僕が……悪い。すべてを受け入れるよ……。ミルティア、君に期待させたあげく傷つけたこと……本当にすまなかった」
そう言って、観念したかのように、レイブンお兄様も私に謝られた。
「……」
私はそこでふと思った。
確かに私は傷ついた。
けれど、お兄様たちに罪があるかというと……彼らは恋をして、その思いを通そうとしただけなのだ。
私だって、正統な手順を踏んで婚約をお願いしたとはいえ、彼らの気持ちなどつゆしらずの有頂天だった。
お姉様は、浮かれている私をどんな気持ちで見ていただろう。
お互い様とは言わないが、私だってお姉様を傷つけてはいたのだ。
お兄様だって、私と婚約すれば大好きなテレジアお姉様が、違う誰かと結婚して暮らしていく姿を間近で見なくてはならなかっただろう。
それに、この先、二人が別の人と婚約したところで、この二人はきっとその相手を愛せないだろう。
少なくとも愛することに時間はかなり要する、やはり不幸しか生まれない。
――なら。
私は、ぐ……とお腹に力を入れ、笑顔を作った。
「あはは! やだな! みんなひっかかっちゃって! 実はね、ぜーんぶ私の悪戯でした! 変な令息に部屋に連れ込まれたのは誤算だったけど!!」
私はいたずらっ子の顔をして笑顔で立ち上がった。
「お嬢様!?」
「ミルティア!?」
その場にいる全員が度肝を抜かれた感じで私を見た。
「もーう。私が二人の思いに気がついてないとでも思った? いつまでもくっつかないし、じれったいからひと芝居うつことにしたのよ! やっと思いが通じたのよね! 二人とも。でも夜会で個室にはいっちゃうのは思い詰めすぎだよー!?」
気を抜くと涙がでそうだ。
「いや、お嬢様そんなわけ……ぶ!」
私はジョエルの口を乱暴に片手で塞いだ。
「だから、お父さまたち! 二人を婚約させてあげてくださいよ! で、お姉様はファルストン家に嫁いで、とっとと私に家督を譲ってくださいな! 多分、私は嫁ぐよりこの家にいるほうが向いてますし! ほら、トラウマもありますから! この屋敷で暮らせたほうが、絶対私は幸せですし。――ね? お父さまたち」
私は、あっけにとられた顔の当主たちを見た。
私がどんな理由をつけようとも、
それに、こんなのバレバレだし――とんだ、茶番だ。
でも、バカバカしくても……お願いだから――ノッて欲しい。お願い!!
私は必死の表情でお父さまたちを交互に見た。
「――は」
「ハハ、なんだ。ミルティア。なんて酷い悪戯をするのだ」
「ミルティア、酷いじゃないか。すっかり騙されたよ。それなら最初から相談してくれたまえ」
――よかった、ありがとう……!!
お父さまの言葉も棒読みだった。
「「えっ」」
お兄様とお姉様も、同時に驚いた。
家門の当主たちが、乾いた笑いでバレバレの私の芝居に乗ったのだ。
「えへへ。ですから辺境伯の使用人たちにも私の計画のせいで、婚約内定者が変わってごめんねって伝えてくださいね!」
「これは一杯くわされたなあ」
やはり、彼らも人の子。
厳しい裁定など、ホントはしたくないのだ。
お父さまが近づいてきて、私に小声で言った。
「ミルティア。本当にいいのだね、それで」
「やだ、お父さま。こんな悪戯した私が家督ついでもいいのですか?」
私は笑顔を張り付かせて父に言った。
父は私の頭を撫でて、耳元に顔を近づけ小声で『お前は……いい子だね』と褒めてくださった。
「ミルティア、お前にはお仕置きが必要だな。しばらく謹慎で海外の別荘にでも行ってきなさい。帰ってきたらみっちりと領主教育するぞ」
「えー。はあーい」
ふふ。私の好きな別荘だ。
謹慎と言う名の、リフレッシュ旅行ね。ありがとう、お父さま。
「ミルティア、ひどいじゃないか。まんまと騙されたよ。だがそんな余興を考えた君に代金を支払おう。先ほど言っていた金額と同じだ」
「ありがとう! おじさま! 許してくれて」
「……とんでもない」
他の3人を置いてきぼりにして、父たちと私で話が進む。
お兄様とお姉様はあっけにとられ、ジョエルの顔は今までにない憤怒の形相だった。塞いでる手が噛まれるのではないかと思うくらい。
「では、話もまとまってことだし、私は部屋に戻ります! あとはお若いお二人とお父さまたちで式の日取りでも決めてくださいよー! ジョエル、部屋に帰ってチェスの続きしましょ!」
私はジョエルの手を引っ張って、部屋をでていこうとした。しかし、
「ミルティア、待ってくれ」
「待って、ミルティア!」
レイブンお兄様と、テレジアお姉様が、同時に私を呼び止めた。