それから数日。
私は少し熱を出してしまったこともあり、ずっと部屋に引きこもっていた。
今は……誰かに会える気力がない。
お兄様とお姉様は大丈夫だったかしら? あれからお会いできてないけれど。
私が先に帰ってしまったことで、心配しなかったり、咎められたりしなかったかしら……。
ジョエルにそれを聞いても、「存じ上げません」としか言われないし。
調べてきてくれそうもないし、侍女に何か聞こうとしても、阻止される。何故。ちょっと不安だわ。
お父さまが一度訪ねて来られて、あの日の事情を聞かれたけど、知らない令息に襲われたことだけ伝えて、なんとかお姉様たちのことは、隠した。
おじゃま虫だったのは私だし、いくら傷ついたからといって、私は……彼らの恋路を邪魔することはしたくない。
――今まで、姉妹ですこしトラブルが起こるようなことは、なかったわけではなくて。幼い頃は普通に喧嘩したこともある。
でも、お姉様は冷静な方で、引ける時は引いてくださるし、譲ってくださる。そして私も――。
私はいつも、トラウマの原因となった迷子の日に、テレジアお姉様が見つかった私に抱きついて大泣きしたことを思い出す。
今回もそう。
私の恋心(エゴ)は、彼女のあの涙に勝てない。
それに私のエゴを通した所で、なんの幸せも生まれない。
「チェックメイト」
「あ、また負けたー。もう1回やりたい!」
「いいですよ。でも少し休憩したほうがいいです」
「えー、大丈夫なのに」
暇つぶしにジョエルとチェスをして連続連敗。
ジョエルはあの日から、引きこもっている私に付き添ってくれている。
不思議なのは、ジョエルが私に優しくなり、辛辣な言葉を向けられなくなったし、眼差しも柔らかくなった。
労ってくれてるんだろう。
まさかジョエルからこんな優しさをもらえるとは思わなかった私は、落ち込んでいるにも関わらず、この怪我の功名が嬉しかった。
私はずっとジョエルとこんな風に、憎まれ口ではない普通の会話をしたかった。
こんな普通の幸せがあるならそれで十分だな。
ああでも、ジョエルも恋人作りたいんだったっけ。
しばらくは私に付き合ってもらうだろうけど……トラウマも早く解消しないとね。
彼も解放してあげないと。
実は、夜会も怖くなってしまい、思い出すと吐き気がする。
ひょっとしたらもう夜会へは行けないかも。
臆病者だな、私……。
「失礼します」
ノック音がして侍女が入ってきた。
「ミルティアお嬢様、旦那様がお呼びです。応接室へいらしてください。絶対に来るように、とのことです」
「え……、なんだろう」
不安だ。
でも、絶対のお呼び出しなら行かないわけにはいかない。
「お嬢様、私も参ります。そして傍におります」
ジョエルが笑顔でそう言ってくれた。
「う……うん」
今のジョエルがそう言ってくれると、とても安心できた。
そうだね、ジョエルがいるなら大丈夫だ。
◆
応接室につくと、レイブンお兄様と彼のお父さまであるファルストン辺境伯、そしてお姉様と、私達のお父様がいた。
お兄様は落ち込んだ顔で、お姉様は青い顔でたまに涙を流されていた。
「(お二人共、やつれていらっしゃる……)」
私は着席し、ジョエルはその直ぐ側に控えてくれた。
「さて、今後についての話し合いだ」
お父さまが口を開かれ、起こった出来事をすべて述べられた。
それで知ったけど、私が隠したお姉さまたちのことは、すべて調べあげられたいた。
「――すまない、ミルティア。うちの愚息がとんでもないことを……!!」
ファルストン辺境伯が私に頭を下げられた。
「あ、頭をお上げください。私も悪かったのです、お兄様とお姉様の気持ちも知らず、1人で、浮かれて……」
「それは、関係のないことだ。お前たちの結婚は私達の同意によって決定されたもの。家門同士の約束だ。ミルティア、お前は何も悪いことはしていない」
「そうだよ、ミルティア。レイブン達のやったことは、君へ裏切りであり、家門への裏切りだ。しかも君を放置して……危ない目に合わせたなど」
「いえ、私もパーティ会場で待っていればよかったのです……」
「待っていても、帰ってこなかったですよ」
そこでジョエルが口を挟んだ。
護衛が家門会議に口をはさんだ!?
さすがに驚愕よ!!
お姉様が顔を赤くしてうつむき、お兄様もとてもバツが悪そうな顔になった。
「……うむ。そうだ。ジョエルが今言った通りだ」
お父さまも、なんでジョエルの発言を許してるの!?
……ま、まあ、お父さまがお許しになるのなら良いけども……。
ジョエルはしれーっとした顔で立ってる。
心臓強いわね!?
そして、ファルストン辺境伯が口を開く。
「本当に、恥ずかしい。……はあ。そこで婚約は解消させてもらって……賠償金を払う。アシュリード伯爵家と、君個人へもだ」
「え、私にも?」
「レイブンを思って、あの夜の二人のことを黙ってくれようとしてありがとう。その御礼も兼ねてだよ。……そして、レイブン。お前は以前進めていたディラック子爵家の令嬢と婚約させる。彼女はまだお前に好意を抱いているそうだ」
「え……。ちょっと、それは! 僕は彼女を選ぶつもりはありません!」
うつむきがちだった、レイブンお兄様が顔を上げた。
お姉様もだ。
そしてすかさず、お父さまも――
「テレジア。お前が選り好みしていた本当の理由がわかった以上、婚約者は私が選ぶ。おかしいと思ってはいたが、お前を信じていたから時間がかかっても任せようと思っていたんだ。ジョエルがあの日、ミルティアの事情のついでに侍女たちに口を滑らせなかったこと、お前たちの行為を止めたことを幸運に思うことだ。 妹の婚約内定者を姉が寝取ったなど……これが知られ広まっていたら、本来なら修道院に行かせるところだ。おまけにミルティアも危ういところだった。私は娘を二人共修道院行きにしなくてはならないところだった」
白髪が混ざり始めた頭に手を充てて、心を傷められた様子だった。
しかし、お姉様は――。