それから1ヶ月後、私の社交界デビューの日がやってきた。
今日行く夜会は国主催の大きなもので、たくさんの貴族がやってくる。
この夜会をデビュタントとして参加する令嬢令息は多い。
「いいですか、お嬢様」
「なによ」
支度が仕上がって、うん、今日の私上出来☆とか思ってるところにジョエルがまたいつの間にか現れた。
「すでにご存知かと思いますが、夜会は危ない場所がいくつかあります。護衛の私は控室で待機しなくてはなりませんのでお嬢様だけで行動することになります。レイブン様から離れて迷子にならないように、気を付けてください」
「わ、わかってるわよ。レイブンお兄様からは絶対離れないわよ!」
「本当ですかね~?」
なんだその疑いの眼は。
「まあ、もし万が一、迷子になったり危ないことがあったら、オレを呼ぶんですよ」
そういうと、ブレスレットを取り出し、私の手首に勝手に付けた。
「ちょっと、勝手に!」
「風魔法の呪符が組み込まれてるアミュレットです。オレのこのピアスと連動してますので。お嬢様の声でジョエルって言葉だけに反応するように術式を組んでもらってますので、何かあったら呼んでください」
「でも、会話ずっとあなたに聞こえたりしない?」
「心配いりません。このアミュレットは貴女がジョエルと呼ぶ声をオレに届けるためだけのもの。アミュレットの珠の中に、オレの闇も潜ませてますので、それを辿りどこにいても、オレが一瞬で察知し駆けつけます」
「……ひょっとして、普段もそれやってる? 良く何故ここに現れたの!? とかあるんだけど」
「……なんのことだか(にっこり)」
おい!?
◆
準備が整ってエントランス抜けポーチへ向かうと、テレジアお姉様とすでに迎えに来てくださっていたレイブンお兄様がいた。
お兄様にまず挨拶すべきなのだけど、お姉様があまりにも美しすぎて私は見とれてしまった。
「わ……お姉様。お美しい!」
「やだ。いつもどおりよ」
「ううん、とっても綺麗! そのドレスどうされたのですか?」
「お父さまがね、そろそろ本当に婚約者決めなさいって勝負ドレスを作られちゃって。今まで来た釣書が全部気に入らないなら、今日の夜会でできるだけ釣書をかき集められるように着飾って行って来いですって」
勝負ドレス。
お姉様の美しさにすべてがマッチするように作られたかのような、特注品だ。
「テレジア……」
見れば、お兄様もすっかり見とれていらっしゃる。
う……。確かにお姉様は美しいからしかたないか……。
レベルが違う……。
「ふん、どうせじゃじゃ馬には似合わない、とかいうんでしょ」
「……いや、綺麗だよ。本当だ」
「お兄様の言う通りですよ、お姉様! まるで女神様です」
「な、なによ。調子が狂うわね! ミルティアのほうが可愛いわよ! さすが社交界デビューのドレスだわ! お父さまも奮発したわね! ……あ、パートナーの方が迎えにこられたわ。じゃあ二人共また会場にね!」
お姉様はやたら早口でそう言って、ご自分のパートナーの馬車へと向かわれた。
「ああ、テレジア。また」
――まただ。お兄様がせつなそうに、去るお姉様を見つめている。
「……お兄様、えっと私達もそろそろ」
「あ、そうだね。ミルティア、行こうか。お手をどうぞ」
……気の所為だといいんだけど……。
私は自分のなかのその疑惑が当たらなければいい……と祈るように思った。
◆
会場につくと、初々しい令嬢・令息たちが目についた。
今日は同じ年代の子たちが一斉に社交界デビューする子が多いだろうと思ったけど、こんなにいるとは。
したがって本日は保護者のエスコートも多い。
もちろん、婚約者と来ている子もいる。
「あら、こんばんは。ミルティア! まあ、こんばんは、レイブン先輩!」
学院の同級生が話しかけてきた。
「ミルティアのエスコートはやっぱり、『保護者』だったのね、ふふ。でも大好きなレイブンお兄様でよかったわね! じゃああっちに婚約者が待ってるから、またね!」
私はカーっと赤くなった。
余計なこと言わないでー! それに……。
「あ……ちがうの、保護者じゃなくて――って! 」
しかし、彼女はあっという間に人混みに姿を消した。
「うう……」
「ふふ、せわしなかったね。初めての夜会でテンションが上がってるんだろうね。さて、とりあえず踊ろうか?」
「! はいっ」
私達は、ダンスフロアへと進んだ。
……うれしい。
デビューダンスがレイブンお兄様とだなんて、夢のよう。
私は最初恥ずかしくてうつむいていた。
それでもお兄様はクスッと笑って、ちゃんとリードしてくれた。
「デビューおめでとう。これからは大人として見られるから、色々と大変だよ」
「ですよね……ちょっと不安ですが、頑張ります!!」
お兄様の婚約者……そして将来の妻として! とは言えなかった。
照れくさくて。
そのうち状況に慣れてきた私がやっと顔を上げ、お兄様の目を見ようとしたら――
「(え……)」
――お兄様が、私を見ていない。
リードはちゃんとしてくださってる。
見なくてもできるなんて、さすがだ……だけど。
どこを見ているのかと彼の視線の先を探ると――すこし遠くでパートナーと踊っているテレジアお姉様だった。
……姉を見る彼の目が熱を帯びているように見える。
その目線がせつなくて、心が締め付けられる気がした。
「あ……お姉様も踊ってらっしゃいますね」
「あ。うん、そうだね」
声をそうやってかけると、一瞬ハッとして、私の方を見てくださった。
「レイブンお兄様はいつもリードがお上手です、とても踊りやすいです」
「ありがとう。そう言ってくれるのはさすがミルティアだね。僕の足も踏まないし。テレジアなんて、わざと踏んでくるんだよ」
……お姉様の話。
でても当たり前なのに、今日はとても気になる。
「まあ、お姉様ったら」
そうやって会話しながら彼の瞳をみると、先程お姉様を見ていたような熱い視線ではなかった。
いつも私を見守るような……やさしい瞳。
今までこんな事は気にして比べたことはなかった。
平等な彼はいつも私達を分け隔てしない。
むしろ私に特別に優しくお姉様とは喧嘩ばかりで……。
「どうしたの? ミルティア。顔色が優れないようだけど」
「き、緊張してるのかも、です」
「そうか。それじゃあ、休憩しようか」
「! はい」
私は、ずっと憧れていたことがある。
夜会で、レイブンお兄様とバルコニーでお酒を飲むことだ。
そして愛を語らい、寄り添う……と。
今はまだ愛を語らうなんて、そんな段階ではないけど、でも……形だけでもそんな恋人らしいことができるかも、と思うとすこし元気がでた。