流れるようなプラチナブロンドと澄んだ青い瞳は、どこか儚げで、麗しい。 形の良い少し広めの額は、彼女の聡明さを証明しているように見える。実際、聡明でいらっしゃるのだけども。
けれどお姉様は見た目に反して意外と気が強い。
「お姉様!」
「あ、やあ。テレジア」
「鼻の下が伸びてるわよ、レイブン」
「な」
レイブンお兄様は、軽く口元を押さえた。
「そんなわけないだろ」
「そうかしら? 年下の可愛い可愛い婚約者をゲットして空を飛ぶ気持ちなんじゃないの?」
テレジアお姉様はクスクスと笑った。
「なんだよ、それは。テレジアなんて行き遅れじゃないか。婚約に前向きなミルティアを見習ったらどうなんだい」
「なによそれ、私は行き遅れなんじゃないの。この領地にふさわしいベターハーフを厳選しているのよ。釣書だって山のようなのだから」
テレジアお姉様は、跡取り娘なので婚約相手をずっと厳選していらっしゃる。
ただ、レイブンお兄様の言うこともあながち間違いではなく……お姉様も18歳になり、そろそろ婚約者を選ばなければ、本当に行き遅れになる。
そろそろお決めになるのかしら?
どんな方を選ばれるのかしら……そしていつかお姉様の旦那様も加わって4人でお茶したいな。
「釣書で張り合うなら僕だって山は作れるさ。ふーん。――テレジアとやってける男なんて、そうそう見つかるもんか。気が強すぎるからね」
「なんですってー!」
テレジアお姉様とレイブンお兄様は、よく口喧嘩になりやすい。
って。お姉様が日傘を放りだして腕まくりした。
「お、お姉様ー!! 落ち着いてくださいませ!! レイブンお兄様も!!」
私は立ち上がってお姉様に背後から抱きついた。
こうやって2人で喧嘩になって、私がいつも仲裁する。
それにしても、喧嘩するの久しぶりに見たなぁ。
2人がハッとして言い合いをストップした。
「やだ。つい熱くなっちゃったわ。ごめんなさい、ミルティア。厳かなお見合いの席にハプニングを運んでしまったわ」
「いえ、お姉様。お祝いの言葉が頂けてうれしいです!」
「まったくだ、テレジアはもう少し会話力を磨いたほうがいい。どんなかっこいい令息もそれじゃ逃げてくってもんだ」
「まあ! あなたの方こそ、令嬢を選り好みしていたくせに。勉強の虫で結婚しても楽しくないって思われたんじゃないかしら? ミルティアも今からでも他にもっと良い男探したほうがいいかもしれないわよ!」
「なんだって、テレジアだって――」
「もう、二人共およしになって! お姉様、私はレイブンお兄様のことが、全部大好きなんです! お勉強されてるところを眺めるのも大好きです。だから大丈夫です!」
「――ああ、ごめんなさい。ミルティア、あなたはなんて良い子なの? あなたならレイブンと結婚したって大丈夫だわ。……レイブンを、お願いね、私の可愛い妹よ。そして私達はずっと仲良しよ」
お姉様が私に向き直り、私をギュッと抱きしめた。
「お、お姉様。もちろんです!」
テレジアお姉様から良い香りがして、私はお姉様の腕のなかで安堵を覚えた。
大好き、お姉様。
そして、レイブンお兄様の手が私の頭を撫でる。
「うん、ミルティアは良い子だ。うん、そうだね。僕たちの仲良しは、変わらない。なにがあっても」
「当然よ」
「君はまた……そう言う……」
「また喧嘩するー!」
3人でそんな会話をずっとループする。
しばらくすると、あらやだ、とお姉様は言って、私を手放した。
「そろそろ行かなきゃ。ごめんなさい。婚約内定者たちのティーパーティに乱入して台無しにしてしまってたわ」
お姉様がサラサラと流れる髪を耳にかけながら、日傘を拾う。
「まったくだよ」
「べー」
お姉様はあっかんべーをして、そしてレイブンお兄様の憎まれ口は続いていた。もう2人共ったら!
でも、その顔は笑顔だ。
慣れ親しんだ者同士だけで通じる、じゃれ合いだ。
お姉様が場を離れ、去っていく。
私は、お茶会を再開しようと声をかけようとしたが。
「お兄様?」
お兄様が、お姉様が去っていくのをすこし悲しそうな瞳で、眺めていることに私は気がついた。
「あ。すまない。えっとなんだったっけ」
お兄様はすぐに笑顔になった。
「あ、えっとですね」
その様子を見るとなんだか……緊張はほぐれたものの、逆に言い出しにくくなった。
――これからは、レイブンお兄様ではなく、レイブン様とお呼びしたいということ。
「えっと、えっと……」
「うん」
しかし、こんな最初からつまづいていては駄目だと、気合をいれ、私は口を開いた。
「あの、お兄様!!」
しかし、お兄様の懐中時計がチリリ、と鳴った。
「ああ、すまない。ミルティア。もう帰らなくてはならない」
「あ……。はい! では、また!」
お兄様は勉学がお好きで、学院の高等部から大学院へと進まれる予定だ。
邪魔は……しないわ。
「なんか、いつもどおりですねー」
「わ!!」
ジョエル!!
この神出鬼没護衛が!
「ちょっと、心臓に悪いからテレポートで現れないでくれる!?」
「いい加減慣れなさいよ。ハア」
「上から目線!? そして溜息! 護衛が、主に対して!?」
信じられない!
今日こそお父さまに言ってやる!!
「それはともかく、いつものお茶会でしたね」
「え」
「お二人で話をされるのかと思いきや、すぐにいつものメンバーになりましたね」
「それがなんだってのよ。なったっておかしくないわ。3人で仲良しなんだもの」
「バ……無邪気ですね、お嬢様は」
「今何を言いかけたの!?」
「いえ……なんでも。お嬢様、レイブン様はやめておいたほうがいいですよ」
「こないだも似たようなこと言ってたわよね。なんでそんなこというの?」
「いや、だって……えっと、それより……」
「それより、なによ」
「……いえ、なんでもないです」
ジョエルが何かを言いかけて、珍しく目を逸らすと、闇を作って消えた。
「……なんなのよ」
ジョエルにしては最後、歯切れが悪かったわね。
――それにしても。
たしかにジョエルの言うとおりではあるのよね。
お茶会は楽しかったけれど、いつもの3人のやりとりになってしまったわね。
◆
そのあと、お父さまの執務室を訪ねた。
「お父さま。あの、婚約のことなのですが。レイブンお兄様は了承されてるのですよね?」
「いや、先方が乗り気でね。お父さまたち同士でまとめたよ。あちらは、おまえのトラウマも理解してくださってるし。なによりおまえが迷子になった時、レイブン君も一緒だったからね。少し気にされているのかもしれないね」
「……」
……あ、そうなんだ。
おかしな話ではない。
貴族の子供の婚約は親が決めるものだ。
我が家みたいに自分の希望を聞いてもらえる家庭は珍しい方である。
そうか、お兄様が了承されたわけではないのね。
「どうかしたかい?」
これは、普通のこと。
でも、お兄様の了承がないこと……そして、お姉様が去る時のお兄様の様子に、私の胸にはなにかが、つっかえていた。
――『やめておいたほうがいいですよ』
ジョエルの言葉が気になった。
けど……もう婚約は内定したもの。
気にしてもしょうがない……わよね。