「お父さま、私、レイブンお兄様と婚約したいの!」
15歳の誕生日が近づいてきたある日の晩餐で、私はお父さまにそう伝えた。
誕生日プレゼントをせがんだわけではないけど、そろそろ婚約者を探そうと、お父さまが仰っていたので、自分の希望をまず言う事にしたのだった。
――カシャン。
私の発言のあと、向かいに座っていたテレジアお姉様がスプーンを取り落とした。
侍女がすかさず、スプーンを拾い、新しいものをお姉様に用意した。
「――あ、ごめんなさい。どうぞ続けて」
「いいえ、お姉様、大丈夫ですよ! それで、お父さまどうでしょうか?」
「ん~……。レイブン君か。ああ、そうだね。幼い頃からの仲良しだし、悪くないんじゃないか。ちょうど1週間後に辺境伯を訪ねる予定だったから、聞いてみよう。先方が承諾するようなら、すぐにでも話を進めよう」
「やった!」
私は椅子からガタンと立ち上がり、祈るように手を組んだ。
伯爵令嬢としてあるまじき喜び方だが、我が家内では許されている。
「こらこら。まだ向こうが承諾するとはかぎらないよ?」
「はい、でも話をしてくださるだけで嬉しくて! 思い切って言ってよかったあ!」
「まあまあ、ミルティア。いい加減はしたないわよ? 社交界デビューも間近に控えているのに」
お母様が口では窘めているものの、困ったように笑っている。
お父さまもそうだ。
まだ返事ももらっていないのに、私の気持ちは舞い上がるばかりだった。
「……ごちそうさま」
テレジアお姉様が、席を立った。
「え……お姉様、まだお食事がたくさん残ってますよ?」
「実は、今日は食欲がなくて」
そういえば、顔色が悪いような……。
やっぱり風邪がまだ調子よくないのね。
「大丈夫ですか? お部屋までご一緒します!」
「いえ、大丈夫よ。侍女についてきてもらうから。ミルティアは大事な婚約のお話があるでしょう? 私にもあとで聞かせてね」
テレジアお姉様はそう言って優しく微笑み、ダイニングを後にされた。
……大丈夫かな。
「さ、ミルティア座りなさい。食事が途中だ」
お父さまに言われて再度、着席する。
「それにしてもミルティアったら。お母様はやっぱりそういい出すと思っていたわ。もし決まったら辺境伯夫人ね。……あなたが辺境に住むなんてできるかしら?」
お母様に心配される。
「え、大丈夫ですよ! だって愛してるレイブンお兄様の妻になれるのでしたら、どこにだって……行きます!」
「ははは。実は私もレイブン君がいいんじゃないかと思っていたんだ。彼ももう17歳なのに婚約していないからね。勉強に励みたいからと婚約を遅らせていると聞いてる。でもミルティアなら受け入れてくれるんじゃないかな。おまえなら今までと生活はほぼ変わらず、彼のペースを乱すことはないだろうからね」
「はい!! もし決まっても私……絶対お兄様の邪魔にはなりません!!」
うん、絶対邪魔しない。
それに、レイブンお兄様も私なら、自分のやりたいことを話しやすいだろうからきっと気楽だと思って頂けるに違いないわ。
◆
婚約の話はトントン拍子に進み、ファルストン辺境伯もミルティアちゃんなら、と乗り気だった。
今まで婚約を断ってきたレイブンお兄様にも、ミルティアちゃんとの婚約は受けなさいと推してくださり、まとまったと聞かされた。
わーい!
そして今日は、形式上のお見合いを兼ねたレイブンお兄様と2人だけのティータイムだ。
見知った顔だけに、なんだか恥ずかしい。
私は張り切ってお兄様の好きなものを取り寄せ、準備した。
お菓子だって茶葉だってお兄様の好きなものは、熟知している。
「ミルティア、今日はお招きありがとう」
「はい!」
「――僕の好きなものばかり用意してくれたんだね、さすが幼馴染だ。わかってる」
優しく微笑んでくれるお兄様。――喜んで頂けた!
「レイブンお兄様のことは何でも知ってますから! ……あの、あのそれで」
私は、レイブンお兄様にお願いしたかった。
婚約パーティの日取りが決まった暁には、名前で呼びたいと。
でも、恥ずかしくてなかなか、その言葉が出てこない。
こうなるまえは、気兼ねなく話せた仲なのに、変なの。
「あのさ、ミルティア。……その、婚約のことなんだけど」
「はい! 私、お兄様の勉強の邪魔にはなりません! 今はまだ未熟ですが、婚約者としてふさわしい振る舞いを頑張っていきます……!」
うあ!
お兄様がなにか言いかけたところで、自分が話そうと思っていた言葉を重ねてしまった。
緊張して……私ったら駄目ね。
「いや、そうじゃなくて。お願い、聞いてほしいんだけど……」
「あ、はい! なんでしょう」
レイブンお兄様が、コホン、と咳払いをして口を再び開こうとしたところに、
「まさかあなた達が婚約するとはね。おめでとう」
日傘をさしたテレジアお姉様が通りかかった。