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第40話

「……魔力技能試験って昨日告知された、十日後に行われる試験のことですよね?」


「ええ。二人一組で対戦方式の。組むペアの申請期間は一週間前まで受け付けるから、ロレッタさえよければ明日にでも出しにいけるわ」

「それは構いませんけど……むしろジャスティーナ様の相方が私でいいんですか?」

「もちろんよ。あなたと一緒に試験を受けられるのなら本望だわ」


 ジャスティーナはロレッタの傍へ戻ると、彼女の手をぎゅっと握った。


「わ、私の方こそ光栄です。ペアを組む相方と一緒に申請、または相方を決められない場合はその旨を申し出でれば先生が能力を見て組む相手を決める、とのことでしたよね。私は絶対後者だと思っていたので、お声がけいただいて嬉しいです」

「実は私も同じなの」


 クラスの中にはお茶会などを通してすでに出来上がっているグループもあるので、実のところ誰に声をかければいいのか戸惑っていたのだ。


 ジャスティーナが微笑むとロレッタもつられて笑顔になる。

「そうなんですね、意外です。……いえ、そうじゃなくて」


 しかしロレッタの方はすぐに真顔に戻ってしまった。


「すみません、今の話の流れでなぜ試験のことを突然ジャスティーナ様が持ち出されたのか、教えていただいてもいいでしょうか……?」

「あ……そうね。唐突にごめんなさい」


 組む相手が決まりやや浮かれ気味だったジャスティーナは自分の席に戻ると、小さく咳払いして姿勢を正した。


「ロレッタ、魔力に目覚めたのはいつ頃?」

「ええと……五歳頃でしょうか。小さな庭がついていた家に住んでいたことがあって、私が土いじりをしていた時に。母が血相を変えて飛んで来たのでよく覚えています。その力は二度と使ってはいけない、と厳しく言い聞かされました。その時はなぜだか分からなかったんですが、きっと母は私が貴族の血を引いていることを誰かに知られて騒がれるのが嫌だったんだと思います。それから庭がない家ばかりに住むようになって。私もずっと自分が魔力持ちだということは忘れていました」


 なぜそんな質問をされるのかジャスティーナの意図がわからない様子のまま、ロレッタは答える。


「じゃあ、ライナスはあなたの魔力を見たことがないのね?」

「ええ。伯爵家に引き取られた後、貴族としてこの学院に入るために魔力は必須だということで、伯爵の指示で専門の教師がやってきて、力を引き出すよう厳しく指導されました。それにライナス様とは属性も違いますし」

「……確か、ライナスは火属性だったかしら」 


 これまで幾度か実技の授業はあったが属性に分かれて行われていたため、ライナスがロレッタの土魔力を見たことはまずない。


「じゃあ、この試験でライナスは初めてロレッタの魔力を目にするのね」

「はい……」


 自分の出番でない時間は、生徒は周囲で見学することが可能だ。


「あの、それが何か?」

「幼い頃に無理やり身体の中に押し込めた魔力を年数が経ったあとに引き出そうとするのは、なかなか容易ではないと聞いたことがあるわ。でもあなたはたった一年で見事にそれをこなした。もちろん、伯爵家に留まりたくない気持ちから入学を強く意識して努力した結果ではあるけど、同時にライナスに会いたいという思いもあったからでしょう? 今度は彼の前で結果を出して、あなたが大きく成長した姿を見てもらうのよ。そうすれば、あなたも自信がついて、彼に向き合おうと思えるんじゃないかしら。つまりこの試験をきっかけにするの」

「え⁉」


 ロレッタは驚いた表情で、椅子から少し飛び上がった。


「そんな、無理ですよ!」

「どうして?」

「だ、だって……ジャスティーナ様も森でご覧になったでしょう? 私の魔力はポンコツなんです。そんなものをライナス様にお見せしたところで何も変わらないんじゃ……」


「……そうね、今のままじゃ変わらないかも。でも試験まで少し日数があるわ。完璧じゃなくてもいいじゃない。まだ私たちは一年生なのよ。何もしないまま試験の日を迎えるか、魔力の練習をやるだけやって当日に臨むか。それ次第で結果は変わると思うわ」

「練習……ですか?」

「ええ、私も手伝うから一緒に頑張ってみない?」

「で、でも……」


 口ごもるロレッタの目をジャスティーナは真っすぐ見つめた。

「実は私も魔力を上手く扱えなくて、ずっと練習していたの。そうしたら、今は何と扱えるようになったわ」


 闇の魔力の方だけど、と心の中で呟く。


「それに、自分にはできないと決めつけるのは早いわ。魔法のみならず勉学においてもこの学院で良い成績を残せば、良い未来も開ける。成績優秀者には男女問わず国の機関から声がかかることもあるわ」


 この国には魔法研究を主軸にした大規模な組織があり、近年女性の採用も増えている。また魔法に直接関係はないが、王太子の執務書記官をしている兄の同僚には、男性に混じり女性の書記官も名を連ねていることをジャスティーナは兄から聞いて知っている。


「希望の職に縁がなかったり、そもそもそのつもりがない生徒は学院を卒業すれば、大抵家に戻るのが慣例。女子ならば早速親から縁談を勧められるかも。それはロレッタ、あなたも例外ではないわ」

「……政略結婚の道具になる、と?」

「ええ。でもあなたがそれを望んでいないことは、私も理解している」


 ジャスティーナが真剣な眼差しで頷くと、ロレッタはきゅっと唇を引き結んだ。


「それと、これはライナスが言っていたんだけど、彼は将来騎士になるのが目標だそうよ。魔力量は少ないし剣技の方が得意だからって。近衛騎士になるのか、それともどこかの騎士団に所属するのかは分からないけど、このまま卒業したら彼と会うのは難しくなるわ」

「……」

「このままでいいのか、それとも何かが変わるよう行動するのか、決めるのはもちろんあなたよ。あとから他にもきっかけが出てくるかもしれないけど、結局大事なのは行動するかどうかだと思うわ」


 ジャスティーナは口を閉じ、ロレッタの返答を待つ。

 数分後、ロレッタはゆっくりと顔を上げた。


「……私がライナス様に謝罪したいという気持ちは変わりません。でも私は変わりたい……ライナス様に向き合う勇気を少しでも持てる自分に。なので、こんな私に力を貸していただけないでしょうか……?」


 真っすぐにジャスティーナを見つめる。もはやその瞳には、先ほどのような弱々しい光は宿っていない。


 決意に満ちたロレッタの顔は今までで一番輝いて見えた。


「ええ、もちろん!」

 嬉しさのあまりジャスティーナはテーブルの上に身を乗り出すと、満面の笑みでロレッタの手を握った。


「よ、よろしくお願いします……!」

 ロレッタが頭を下げる。


「試験に向けていろいろ考えなきゃいけないけど、まずはお腹が空いたわね。今からでもギリギリ入れると思うわ。食堂に行きましょう」

 ジャスティーナはロレッタの手を引いた。


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