事件当日の詳しい話を聞いたジャスティーヌは、怒りが込み上げてくるのを感じた。
「まあ、なんてこと……! 犯人は二人が倒れている隙に盗みを働いたのね。何て卑怯な……それでロレッタ、ケガは⁉」
「幸い、ケガは大したことありませんでした。母は疲れで眠りが深かったのか、一階の物音には全く気づかなかったそうです」
「そう……お母様が直接的な被害に遭わなくて安心したわ」
「ええ。ですが、その事件が原因で母はそのまま寝込んでしまい、だんだん衰弱していきました。……そして、母は帰らぬ人となりました」
ロレッタの声が徐々に沈んでいく。ジャスティーナは何と声をかけていいか分からず、黙っているしかなかった。
「近所の人達がささやかな葬儀を用意してくれました。葬儀の後、私は途方に暮れて一人で店の中で泣いていたんです。そこへ、ライナス様が来ました。ずっと会えなかったので、ライナス様がご無事でホッとしたんですけど、私はそれを伝える気力もなく……ライナス様も何も言わずただ立っているだけでしたが、その顔から母の死を心から悼んでくれていることは分かりました。きっと、私にかける言葉を探してくれていたんだと思います」
重い空気と静寂に包まれた二人。
しばらくしてライナスが発した言葉は──『ごめん』だったという。
「それを聞いた時、抑えていた悲しさと喪失感と悔しさが私の中で一気に込み上げてきて、感情がぐちゃぐちゃになってしまって……思わず叫んでしまったんです。……嘘つき!って」
ロレッタは肩を震わせ俯く。
「領民を守るんじゃなかったの? 守れるよう強くなるんじゃなかったの? 全然強くないじゃない!って……。他にもいろいろ言ったかもしれませんが、覚えてないんです。……心の中では分かっていたんです。ライナス様は何も悪くない、むしろ私を守ってくれた恩人だって。……でも、私は失った物ばかりに目を向けて。私は何もかも無くして独りぼっちになったのに、ライナス様にはご家族がいて、家もあって、生活に困ることもなくて……この違いは何なの、って……!」
語尾は涙声に変わり、ロレッタは顔を両手で覆った。
「私、最低です! あんなに親切にしてくださった方にお礼を言うどころか、何て酷いことを……! これでお分かりになったでしょう? 私はあの方に気にかけていただく資格なんてないんです!」
声を押し殺して泣くロレッタを見て、ジャスティーナは何とも言えない気持ちになった。
(これが、ロレッタに根付く後悔の念なのね)
ロレッタのしたことは傍から見れば酷いことなのだろう。だが、ジャスティーナは彼女を責める気にはなれなかった。
転生を繰り返す中で、身寄りがなく独りぼっちだったことは幾度か経験している。ロレッタは当時十三歳で精神も成熟しているとは言い難い。決して正しくはないが、絶望の淵に立たされた時、目に見える物へ感情を露わにしないと自分の気持ちを保てないこともある。
「……ライナスはその時何か言い返してきた?」
ジャスティーナの問いにロレッタは静かに首を横に振る。
「いいえ……。何も言わずにその場を去っていかれました。本当はすぐに追いかけて謝りたかった。でもあの方の顔を見るのが怖くて……。絶対軽蔑されたでしょうから」
「それっきり、彼とは会っていないのね?」
「はい」
ロレッタは声を絞り出すように呟く。
「もう一つ後悔していることがあって……あの日、私がお祭りに行かず家に残っていたら、一階から聞こえてくる物音に気づいて、誰か助けを呼びに行けたかもしれません。そうしたら、きっと店も被害に遭わず、母も寝込まずに済んだんじゃないかって」
「いいえ、それは違うわ」
ジャスティーナはきっぱり言うと席を立つと、ロレッタの肩にそっと手を置いた。
「外に行くためには一階に下りないといけないでしょう? その最中に犯人に見つかってあなたが命を落としていた可能性もあるわ。こんなことを言うと不謹慎かもしれないけど、私はあなたの命に別条がなくて良かったと思ってる」
椅子の傍らにしゃがむと、それに気づいたロレッタが顔から手を離す。ジャスティーナと視線が合うと、ロレッタは手で涙をぬぐった。
「……ジャスティーナ様は……私を軽蔑しないんですか?」
「軽蔑? そんな理由は見当たらないけど」
ジャスティーナは微笑む。
「確かにあなたは発言において過ちを犯したかもしれない。でもあなたはそれを悔いて、心から反省している。自分の弱い部分に向き合うのはとても勇気がいるし、それを誰かに話すのはもっと勇気のいることよ。あなたは立派だわ」
「そんな……私はただ、ライナス様に合わせる顔がなくて……」
「そう、それなのよね」
ジャスティーナは首を傾げた。
「あなたの話を聞いた上でライナスからの話を思い返してみると、何だかお互い気になってるのに合わせる顔がないって思ってる感じね。一度ちゃんと二人で話をしてみるのはどう?」
「そ、そそそんな、無理です……!」
ジャスティーナの提案にロレッタの涙は吹き飛んでしまったらしい。
「でも、あなたも本心では彼と話をしたいと思っているのではなくて?」
「え……?」
「さっき話してくれたでしょう、何が何でもこの学院に入って伯爵家から抜け出すのが希望だったって」
「え、ええ……」
「それにあなたは、ここに入ればまた会えると思ったから、と言っていたわ」
「……っ」
「会える相手というのはライナスのことでしょう? 彼は男爵家の子息。余程の理由がない限り、貴族ならこの学院に入学することは確定事項。そのことをあなたも知っていたはずよ」
「……おっしゃる通りです」
観念したようにロレッタは頷いた。
「私はただ、あの時のことをちゃんと謝りたくて……許してもらおうだなんて微塵も思ってません。でも謝った上で、それまで親切にしていただいたことのお礼を言いたいと思っていたんです。……それなのに、いざあの方の顔を見たら身体が固まったように動けなくなって……どうしたらいいか分からないんです」
「そうね……いくら決心が固くてもいざ行動に出ようとすると逃げ出したくなる気持ちは分かるわ」
「……何かきっかけでもあればいいんですけど……なかなか」
(きっかけね……言葉で励まして背中を押したところで大した効果はなさそうだし……)
ジャスティーナは立ち上がると、席には戻らずに腕組みしながら部屋の中をゆっくり歩き始めた。ぐるぐると思考を巡らせるが、すぐに良いアイデアは浮かんでこない。
その時、ふと机の上の教本の間に挟まっている一枚の用紙が目に留まった。それを取り出して目を見開く。
「ねえ、ロレッタ。今度の魔力実技試験、ペアの相手はもう決まってる?」
「いいえ……まだですけど」
「そう、だったら」
くるりと振り返りながらロレッタに言った。
「私と組んでみない?」