「……ええ、もちろん」
ライナスとの過去の話はロレッタにとって辛く悲しいものだと推測できる。それでも勇気を出して話そうとしてくれているのだろう。その気持ちを無下にする理由はない。
ジャスティーナが椅子に座り直すと、ロレッタは静かに口を開いた。
「私、伯爵家に引き取られる前は、ずっとステリー男爵領にいたんです」
「ステリー男爵って、もしかして……」
「はい、ライナス様のお父上です。あ、でもそこが母の故郷ではないんです。幼い頃は母と各地を転々としてまして、ようやく落ち着いたのがステリー男爵領だったんです」
母親は幼いロレッタを抱えたまま長時間働きに出ることは難しく、近所の住人から裁縫の仕事をもらって何とか食いつないでいたという。
「ささやかですが穏やかな日々でした。しばらくして、知らないおじいさんが母を訪ねてきたんです。その人は母の父親、つまり私の祖父でした」
大事な話があるから部屋で大人しく待っているように、と母親はロレッタに言い聞かせたが、気になった彼女はその部屋から出ると、母と祖父のいる台所のドアの隙間から中を覗いた。
「祖父が母に謝っている声が聞こえました。やっと見つけた、お前たちを追い出してすまなかった、後悔している、と。その時はよく分からなかったんですけど、今思うと、母は私を身ごもった状態で一度故郷に帰ったんじゃないかと。でも、世間体から未婚のまま子を孕んで戻ってきた母を祖父は許せず、勘当したのではないかと思います」
「でも数年後、そのことを悔やんだお祖父様はあなたたち親子を探し出した……」
「おそらく。今となってはもう知る術はありませんが、祖父の中で何らかの心境の変化があったことは確かだと思います」
それから祖父は、ロレッタ達と一緒に暮らし始めたそうだ。
「私は肉親が増えてとても嬉しかったんですが、当時の母はとてもしかめっ面をしていました。どうしてそんな怖い顔をしてるの、と母に尋ねても答えてはくれませんでしたが……。それもそのはずですよね、祖父は身重の母を追い出したんですから。その後どうやって母が私を生んだのかは定かではありませんが、とても苦労したんだと思います。だからこそ母は簡単に祖父を許せなかったんでしょう」
それでも、祖父はロレッタをとても可愛がってくれたらしい。
「祖父の様子を見て、母も徐々にかたくなな態度を緩めていったんだと思います。実際、祖父が私の面倒をみてくれたおかげで、母は外に働きにいくことが可能になったのですから。祖父も母を追い出したことに対する罪滅ぼしのつもりだったんだと思います。年数が経って、自然と三人で笑い合えるようになりました」
「じゃあ、お二人は和解したのね。本当に良かったわ」
「はい。その頃が一番穏やかな時だったかもしれません」
ロレッタは穏やかに微笑んだが、その表情は少し物悲しい。
「祖父が亡くなってからは、店を構えた母の手伝いをするようになりました。母にお使いを頼まれて外を歩いていたら、突然変な人に絡まれて……困っていた時に助けてくれたのがライナス様なんです」
「まあ、それが二人の出会いなのね」
「はい。貴族の方にお会いするのは人生で初めてだったので、とても恐縮してしまったんですけど……ライナス様は朗らかで気さくな方で、私もすぐに緊張を解くことができました」
そういえば中庭で初めて会った時も距離感を感じさせない人だったわ、とジャスティーナはライナスの人柄を思い出した。
「ライナス様は私を店まで送ってくださって、それ以降、時々店を訪ねてきてくれるようになりました。領主様のご子息がこんな庶民の店に出入りしていいのかどうか、私も母も気にしていたんですけど、ライナス様が『男爵なんて庶民と変わらないし、三男の自分は自由にしていても咎める人はいない』と言っていたので……私はライナス様と会って話をすることが楽しみになっていました」
ロレッタとライナスは身分違いではあるものの、良い友人関係を築いていたようだ。
「ライナス様は、自分に出来ることは少ないけれど領民を守りたい、困っている人を守るために強くなりたい、といつも語っていて……でも自分には魔力量が少ないから、日々剣の鍛錬を続けている、と言っていました。私はそんなライナス様を尊敬していましたし、応援していたんです。でも……」
慎ましくも母との幸せな暮らし。ライナスと過ごす温かく楽しい時間。
それは突然終わりを告げる。
母の店に強盗が入ったのだ。
「当日の夜は領内で三年に一度のお祭りがある日で。私はライナス様に誘われて一緒に出かけました」
「お母様もご一緒に?」
「いいえ。母は少し体調が悪いからと早めに休みました。夜が更ける前にライナス様は私を家に送り届けてくれました。店の二階が住居だったんですけど、町外れにあるので人通りもなく危ないからと。……そこで、店の前で不審な動きをしている人を見ました」
何やら扉の鍵穴をいじっているような動きだったという。
「様子がおかしいので、ライナス様が声を掛けたんです。何してるんだって」
ライナスは領主の息子だ。領民ならその顔を知っているので、身元が判明する前に慌てて逃げ出すはず。
ロレッタはそう思ったらしい。
「でも……その人は腰に下げていた木の棒のような物でライナス様にいきなり殴りかかってきたんです。ライナス様は私を庇ったことで背後から殴られて倒れてしまって、気を失ってしまいました。私が叫び声を上げる前に今度は私も殴られてしまって……気がついたら誰かに名前を呼ばれて目が覚めました」
周囲には明かりを持った大勢の住人が集まっていて、ロレッタはライナスと共に道で気を失っていたのを発見されたこと、店が何者かに荒らされていたことを聞かされたという。そしてライナスと話ができないまま、彼は家の使用人たちによって慌ただしく運ばれていった。