目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報

第27話

「側近の一人が……?」

 初めて知る内容に、ジャスティーナは一瞬戸惑う。

「ええ。言葉にするのも憚られますが、メイザネラ様に邪な感情を抱き、あなた様を自分のものにしたいという不届き者がいたということです!」

 ヴィムは憤慨したようにフンと鼻息を荒くした。

「近くに控えていた私は、その者を遠ざけるように恐れ多くも幾度となくメイザネラ様に進言したのですが、聞き入れてもらえず……。確かにその者は側近の中でも抜きん出て能力が高く、メイザネラ様の信頼も厚いようでした。そのような部下がまさかご自分に対してあらぬ感情を抱いているなどお考えにはならなかったのでしょう」

「それが、ヴィムにはどうしてわかったの?」

「目です、目! あの者の目は濁っていました! メイザネラ様が聞き入れてくださらないのなら、私があの者を葬ってやろうと幾度となく思ったことか……。しかし、私では奴の力に及ばず……それが無念でなりません! 」

 よほど悔しかったのだろう、ヴィムは小さな足で岩の表面を踏み鳴らした。


 ヴィムは決して弱くない。今は体を小さく変化させているが、元の大きさのヴィムの威力はすさまじかった。

(それを凌駕するほどの力を持った側近……)

 ジャスティーナは思い出そうとしたが、相変わらず記憶の壁は厚い。


「ただし、私が常に見張っていましたから、あの者はメイザネラ様に手出ししていないはずです!」

「そうなのね……だけど、ごめんなさい。まだ思い出せないことが多いの。でも、ヴィムが私のことを心配くれているのはわかったわ。ありがとう」

 ヴィムの頭を優しく撫でた。

「でも、ルシアンはあなたが心配するような人じゃないわ。会えばわかるはずよ」

「ええ。このヴィム、今度こそあなた様に近づく不埒な輩を排除してみせます!」

 だめだ。ヴィムの目が意気込みで輝いている。

 ジャスティーナはこの話題を諦め、小さくため息をついた。


「そうだわ、ヴィム。私、闇の炎も自在に出せるようになったのよ」

 ジャスティーナは話を変えることにした。

「ほら、見て」

 手から小さな赤紫の炎を出す。最近では以前のように心の中で念じなくても、出現させたい時ならばいつでも炎を出せるようになってきた。

 ちなみに、大きさもイメージしただけで自在に変化可能だ。


 ジャスティーナの手のひらの上で大きさを変える赤紫の炎を、ヴィムはしばらく目を細めて眺めていた。もしかしたら魔王と時を共にした遠い過去に、思いを馳せているのかもしれない。

「……やはりあなた様の炎はとても美しいですな。では、他の力もお使いに?」

「他の力って……?」

「火の他、つまり風、土、水ですが……」

「風魔法はもともと私の属性だけど……待って」

 ジャスティーナは手から炎を消す。

「メイザネラはいろいろ力を使えたの?」

「……もしや、そのことはお忘れなのですか?」

 ヴィムがきょとんとした顔で逆に尋ねてくる。 

 それを見て、ジャスティーナは自分の質問が肯定されたことを理解した。

(信じられない。全ての魔法を使えていたなんて)

 人間なら基本的に魔法属性は一つだ。二つ兼ね備えた人間はいるらしいが、十年に一人か二人と言われていて、その存在はごく稀だ。

(でも、魔王なら全てを使えていても納得だわ)

 自分の中に、まだ目覚めていない力があるなんて、想像もできないけれど。

(それに、思い出せていないことが多すぎる)

 魔王の力のことといい、ヴィムの話の中に出てきた側近のことといい、なぜ自分は記憶を完全に取り戻せていないのだろう。

 何か特別な力が働いているのではないかと、つい疑いたくなる。


(でも……もしかしたら一番それを阻んでいるのは〝私〟なのかも)

 もちろんジャスティーナ本人ではない。中に眠る『魔王』のことだ。

 語り継がれていない歴史の中で、何があったのだろう。


(思い出すのが少し怖い気もするけど……。でも、何かきっかけでもあれば思い出すかもしれないわ)


 そうすれば、残りの力も戻ってくるかもしれない。

(でも、それは今まで以上に、魔王の力の影響を表に出さないように訓練しないといけないということになるわ。……本当に私に出来るの?)

 心もとなく両手をじっと見つめていると、ヴィムが羽ばたいて肩に乗ってきた。

「余計なことを申し上げました。お許しを。ですが、ご安心ください。必ず私がお守りしますので……!」

 どうやら、側近の話が主人を不安にさせてしまったと気にしている様子だ。 

(気にしてるのは、そこじゃないんだけど……)

 でも、彼の気遣いが嬉しくて、ジャスティーナは口元を綻ばせた。

「ありがとう、ヴィム」

 ヴィムの体にそっと手を添えて立ち上がる。

「せっかくだし、少しこの辺りを散歩でもしましょうか」

 まもなく夕食の時間になる。それまでジャスティーナはヴィムと一緒にいることにした。

 散歩と言っても見渡す限り、生い茂った森で目新しい物はない。

 それでもなるべく歩きやすい場所を見つけ、進んでいく。

「私が召喚するまで、辛抱強く待っていてくれたのね。ありがとう。」

「あなた様のお言葉を信じておりましたので」

「でも、待たせてしまって本当に申し訳ないわ。お詫びに今度はお菓子でも──」

 その時だった。


【……しい】


 どこからか声が聞こえたような気がして、ふと立ち止まる。


「ヴィム、今何か言った?」

「いえ」

「そう……」


 ジャスティーナは耳をすませてみたが、風が葉を揺らす音と小鳥のさえずり以外、何も聞こえなかった。


この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?